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絵を描くことが私に教えてくれた
4月が始まって最初の週末がやってきました。
4月から私も新生活が始まり、少しそわそわしています。
絵を描く工房がある作業所に通い始め、週2回工房で絵を描いています。
そんな私が感じたことを今回は文章で皆さんに感じてもらえたらと思います。
絵を描き始めたきっかけ。それは褒められたい。元々絵を描くことが好きだった私。でも特別に上手なわけではありませんでした。
中学や高校の美術の授業評価もそれほど良く
もう一度。やってやる。
そろそろ自立訓練の期限が1年を切ったので、スタッフが焦り始めた。
職の話しかしない。
そんなことわかってる。
こちらも金がないのだから、働きたいと思っているが、そうあまくはないようだ。
結局、一般雇用も障害者雇用も無理そうなので、就労継続支援B型の新たな事業所を体験中である。
その体験初日。私は予定が分からずなおかつ予定に書かれたことが何を示しているかも分からず泣いてしまった。
昼食も人が去
先生は気づいていた。
私は自分の思いを話すことが苦手です。
本当に信頼した人とネットの人にしか思いは話したことがありません
そんな私を高校3年間見守り、私の「話しづらさ」に気づいてくれた先生のお話です。
私は先生にさえ本当のことを言えなかったその先生は私の学年の先生でもなければ、担任でもありませんでした。
ただ、1年生の時の数学の先生で後に生徒会の先生としてお世話になりました。
そんな先生はいつも私が話すのを
私と先生。生きると死ぬとは。
出会いは最悪。「これから数Aの授業を担当します。よろしくお願いします。」
生徒だった私にとって、教師には拒絶感があった。
でもこの先生は…
目が…死んでる…。
そう特に教師と呼ばれる中でも目がめちゃくちゃ死んでいた。
「この先生か…。きっと赤点とるな…。」
元々の拒絶感より、増して拒絶感があった。
徐々に埋まる距離。いつしか信頼に。「あのー、ここ教えてもらえますか?」
赤点をとることだけ
諦められない夢。追いかける夢。
作業療法士を手放した今年の春私は今年作業療法士の資格を取得して3年になります。
周りはバイザーや指導者と呼ばれる立ち位置にいる中、私は今年ある決意をしていました。
それが「もう作業療法士には戻らない」という決意です。
資格を取ったにもかかわらずもう合わないなと感じていたのです。
諦めた作業療法士。でも心に残った違和感。でも何か心の奥でうずくもの、そして今まで出会った人の言葉。
「今度は絹が人
薬の副作用で震えが止まらない。
止まってくれ
https://youtu.be/14yL5ZeTWBc
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