JW586 倭彦薨去
【垂仁経綸編】エピソード8 倭彦薨去
第十一代天皇、垂仁天皇の御世。
紀元前2年、皇紀659年(垂仁天皇28)秋。
ここは、伊勢国の五十鈴宮。
二千年後の三重県伊勢市に鎮座する、伊勢神宮の内宮である。
天照大神(以下、アマ)の御杖代、倭姫(以下、ワッコ)は、ある男を呼びよせていた。
その男の名は、竹の連の吉彦と言った。
ここで、采女の忍比売(以下、おしん)が尋ねてきた。
おしん「ワッコ様? 吉彦って、誰だべ?」
ワッコ「覚えておらぬか? エピソード523にて『きさ(赤貝のこと)』を御贄として『アマ』様に捧げ奉った神様じゃ。」
おしん「あっ! 吉姫とかいう、女の神様と連れ立ってやって来た、あの神様け?」
ワッコ「その通りじゃ。」
するとそこに、吉彦が参上した。
吉彦「我が、吉彦じゃ。皇女様、久しぶりじゃな・・・。」
ワッコ「吉彦殿。お待ちしておりましたぞ。」
吉彦「して、此度は、何用じゃ?」
ワッコ「一つ、御願いが有るのです。」
吉彦「願い?」
ワッコ「前回、佐々牟江宮の地にて見つかった、稲についてです。」
吉彦「真鶴が咥えた稲じゃな?」
おしん「んだ。二千年後の地名で言うと、三重県明和町の山大淀で見つかった、稲だべ。」
吉彦「知っておる。竹佐々夫江神社が鎮座しておる地じゃな?」
おしん「んだ。」
ワッコ「して、その稲を抜き穂として、半、抜いていただきたい。その他は、根元から刈る、大刈りにて、取っていただきたく存じます。」
吉彦「半分ずつ? して、大税として『アマ』様の御前に懸け奉ると?」
ワッコ「左様にござりまする。」
こうして、なぜか、吉彦が指名され、稲が採取されたのであった。
吉彦「皇女。穂を取って参ったぞ。」
ワッコ「かたじけのうござりまする。では、抜き穂は細税と名付け、大刈りのことは太半と名付け『アマ』様の御前に懸け奉りまする。」
おしん「準備万端だべ。いつでも、天津祝詞、読んでけろ。」
ワッコ「では・・・『千税、八百税、余り・・・』・・・。」
おしん「千の税、八百の税、そして、その余り・・・と言ってるべ。そんでよぉ、稲を懸けて奉ることを、懸税と呼ぶようになったんだ。二千年後も、続いてるんだぞ。」
吉彦「左様か・・・。して、真鶴の方は、如何致すのじゃ?」
ワッコ「祀ろうと思うておりまする。」
おしん「それが、八握穂神社だべ。竹佐々夫江神社に合祀されてるぞ。」
こうして、今回の真鶴も祀られたのであった。
さて、そのころ、国中(奈良盆地)の纏向珠城宮の近く、倭彦の住まいでは、垂仁天皇こと、活目入彦五十狭茅尊(以下、イク)が涙を流していた。
イク「そ・・・そんな・・・(´;ω;`)ウッ…。」
傍らには「イク」の兄弟たちの姿も・・・。
のまお「仕方あるまい・・・。」
ニカ「そ・・・そうよね・・・定めなのよね・・・(´;ω;`)ウッ…。」
チック「どうして・・・(´;ω;`)ウッ…。」
イカッピ「私が、代わってあげたかったぁぁ・・・(´;ω;`)ウゥゥ。」
ヤサク「汝たちが泣いたところで、倭彦は戻って来んのだぞ・・・。」
ニカ「分かっております。されど・・・。」
イク「でも、まさか・・・僕より先に逝ってしまうなんて・・・。」
のまお「エピソード579と580で、変な咳をしておったゆえ、もしや・・・とは思うておったが・・・。」
チック「分かりやすい伏線だったわね・・・(´;ω;`)ウッ…。」
イカッピ「私は忘れないわよ! 弟の命日。10月5日を!」
ヤサク「して、大王。神挙げは、何時に致しまする?」
イク「早い方が、いいよね。それに、大連や大夫たちにも報せないと・・・。」
ニカ「立派な、お墓も造らないとね・・・。」
イク「そうだね・・・。」
「イク」の弟、倭彦が薨去したのであった。
次回につづく
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