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私にしか書けないこと(#4 中原一歩さん)

自分のしごとをつくるゼミ 文章で生きる編
2024.1.30~4.9
参加して感じたことを書いています。

第4回 中原一歩さん
ノンフィクション作家 / 中原一歩事務所 

「面白い、という感情がすべての源にある。」
強面で少し緊張しましたが、気さくで優しい方でした。


テーマは既に書き尽くされている

「皆さんがライターで、僕が編集者だとします。あるテーマで記事を募集して、会場にいる約30名の中から、これは良いよねって記事を一つ選ぶとして、皆さんは何を書くでしょうか」

食をテーマにしているノンフィクション作家、中原一歩さんの言葉です。

「大事なことは、テーマは既に書き尽くされているということ。ネットで調べれば、いくらでも情報が出てきます。そんな中で、私がこのテーマを書くとしたら、どういう切り口で書くのか。ここにライターの技量が出ます」

確かに、関心があるテーマをキーワード検索すると、沢山の情報がヒットする。どうすれば自分なりの「切り口」になるんだろう。

「テーマは特殊なことではなく、自分の体験だったりします」と一歩さんは言う。第1回の内田さんも似たようなことを言っていた。

Q.雑誌でどんな特集を組むか、毎回どのように決められてますか。
A.自分の生活や半生に起因することから考えるようにしています。「もっとも個人的なことが、もっともクリエイティブなことだ」というマーティン・スコセッシ監督の言葉がありますが、ぼくは「もっとも個人的なことが、もっとも普遍的なことだ」という考え。極私的で自分から生気する言葉こそ、普遍的な価値観を帯びるように思います。

第1回 内田洋介さん


「食」のノンフィクション作家になるまで

中原さんのテーマは、ご自身の生い立ちから生まれている。詳細は新著『寄せ場のグルメ』の「まえがき」に書いてある。5分足らずで読めるので、近くの図書館、本屋さんで見かけた際はぜひ。

Q. ご自身のテーマは、どのようにして見つけましたか
A, 食べる喜びの根っこには、母親の料理があります。「食」は、目の前の人が喜ぶ仕事。その人の顔が浮かぶ仕事。16歳で家族と別れ、手持ちの金もなく、途方に暮れていた時、ラーメン屋の大将に拾ってもらい、1杯のラーメンを食べさせてくれた。あの日食べたラーメンの味が、一生忘れられない。

第4回 中原一歩さん

著書を読んで、改めて話を伺って、腑に落ちたことがある。「テーマ」は自分自身の強烈な体験と結びついている、ということ。

僕の知っている所で、家族のためにベーグルを焼いている子がいる。彼女に話を聞くと、はじまりは家族のため、だというのだ。父は油が、姉は小麦が体に合わず、家族のために、米粉/さつまいも粉をブレンドしたベーグルを作っている。それが同じように、小麦粉が食べられない人、油が体に合わない人たちに支持されて、今では多くのお客さんに注文を頂き、手紙も沢山貰っているという。

オンラインで、少量から購入できます。本当に美味しいです。

逆にいうと「テーマ」がない人は、これまで不自由なく、生きてこられたからで、それはそれで、幸せとも呼べるのかと思った。(もちろん、テーマが無い状況は、当人にとって苦しいと思うのだけど)


新著『寄せ場のグルメ』はどのようにして生まれたか

そんな「食」をテーマにする中原さんに、著書のテーマが生まれた経緯を聞いてみた。

「日雇いのおっちゃんたちが、何を食べているんだろうかって興味を元に書きました。「寄せ場」という貧困をテーマにした、社会学のアプローチを使った本です。寄せ場のおっちゃんの人物ルポは山のようにあり、最初にタイトルを思いついた。「寄せ場」「せんべろ」といったテーマはある。でも『寄せ場のグルメ』はありませんでした。」

第4回 中原一歩さん

「食」をテーマに掲げ、銀座の高級寿司から、中山道の立ち食い蕎麦まで、古今東西、津々浦々の店に足を運び、「食」を味わい「人々」と会った中原さんだから、書けるテーマなのだなと思った。突飛な発想ではなく、これまで見聞きしたものが、繋がって、ご自身のテーマが生まれている。

本屋で見かけたら「まえがき」「あとがき」は必読。
↓尾崎世界観さんによる書評も是非


おわりに

大変失礼を承知で書くと、講師陣のプロフィールを拝見した時、中原さんには、あまり興味が持てなかった。

(著書のタイトルにピンと来なかったり、プロフィールを見て、どこか昔の人なのかな、というような色眼鏡で見ていた。何も知らないのに、知ったつもりで判断していた自分に辟易します)

でも著書『寄せ場のグルメ』を読み、お話を直接伺って、180度考えが変わった。本のページをめくる度、びびっと、自分の中で光るものを沢山感じた。本の感想を直接伝えたら、いい本なのにAmazonレビューが無い、だから是非書いてと言われて、Amazonレビューに初めて投稿した。そのくらい、この本に出会えて良かった

「社会学」に興味がある人、「断片的なものの社会学」を読んで面白かった人には、次の一冊に良いかもしれません。「寄せ場」という実在する社会を知ると、自分がいかに、知っている、目に見えている範囲を”社会”だと思っているか、気づかされました。

加えて、前回の徳谷さん同様、実践者だなと感じました。ノンフィクション作家として、現実を元に作家活動をしているからか、くぐってきた現場の数が、自分とは圧倒的に違う。黙っていても感じる、非言語のすごみは、僕にはとても魅力的に映りました。今回のゼミでお会いできて、本当に良かったです。

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