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「介護booksセレクト」③『誤作動する脳』 樋口直美

 いつも読んでくださっている方はご存知だと思うのですが、これまで「介護books」(リンクあり)として、いろいろな環境や、様々な状況にいらっしゃる方々に向けて、書籍を毎回、複数冊、紹介させてもらってきました。

 自分の能力や情報の不足を感じ、これ以上は紹介できないのではないか、と思い、いったんは「介護books」を終了します、とお伝えしたのですが、それでも、紹介したいと思える本を読んだりすることもあり、今後は、一冊でも紹介したい本がある時は、お伝えしようと思い、復活する(リンクあり)ことにしました。

 いったん終了します、とお伝えしておきながら、後になっていろいろと変更することになり申し訳ないのですが、よろしくお願いいたします。


(介護離職をしたあと、家族介護者への心理的支援を目指し、臨床心理士になった私の経歴は、ここをクリックしてもらえれば、概要を理解していただけるのでは、と思っています)。

「誤作動する脳」   樋口直美

 レビー小体型の認知症の当事者として本を出版した方で、これが2冊目になります。1冊目は、「当事者を理解するための6冊」のうちの1冊として紹介させていただいています。

 人によっては、最初の1冊が初期衝動も、伝えたい気持ちも強く、しかも、初めてに全てを詰め込むような感覚でもあるので、充実した内容になり、それが売れたことで、もしくは評判がよかったことで、2冊目が出たとしても、多くの場合は少し内容が薄くなったり、同じことを繰り返したりになりがちなのですが、この「誤作動する脳」は2冊目として、紹介する価値がある本だと思いました。
 
 それは、1冊目は、レビー小体型の認知症の当事者として、しかも、当初はうつ病と誤診されたことにより、不運にも、より苦しみが長く続いてしまった著者の1人称としての経験を記録してもらったことによって、多くの場合は理解しにくい認知症。その中でも決して「レビー小体型」は多数派ではないので、より理解が届いていない症状や、その時の気持ちなどが具体的に書かれていて、レビー小体型認知症への理解としても欠かせない本だと思いました。

 そして、2冊目「誤作動する脳」ですが、1冊目はご自分の症状の大変さに、誤診もあったために、より振り回され、他のことが考えられないくらいの日々が切迫感と共に描かれているのですが、2冊目は、自分自身がレビー小体型の認知症であることを公表したことで、また新たに変わってきた、その状況の中にいる、ご自分の姿も描くことによって、当事者の症状の生々しい感覚だけでなく、その周囲のことまでを考えられる、より「広い視点」のある書籍になっています。

当事者の感覚

 私自身も、まだ未熟とはいえ「支援者の一人」だと思ってはいるのですが、それでも、レビー小体型の認知症に関しては、「幻視があること」「記憶障害が初期は表れにくいこと」といった特徴は「知識」としては知ってはいましたが、それ以上の生々しい印象については、やはり分からないままでした。

 ただ、「幻視」ということは、外側からの言葉であって、当事者の視点からでは「幻視」ではなく、ただの「現実」なのだろう、という推測しかできませんでした。

 著者は、自らの症状が、どのような特徴があるのか、といったことも、生々しくありながらも、冷静であるという描写で、当事者の1人称の視点と、言ってみれば「外からの視点」の両方を獲得したように思えます。そのことで、これまでは当事者にしか分からなかったレビー小体型の症状がより明確に伝わってきます。

 認知症と嗅覚障害に関連があることは知られてきましたが、五感のすべてに異常が起こることは、医療者にもあまり知られていません。取材を受けても、幻視の話で時間切れになり、人に話す機会もないままでした。

 時々、もっとじっくりと長い時間、当事者の方々から、医療者や支援者が話を聞ければ、もしかしたら、認知症だけでなく、様々な病気を抱える人たちの苦悩は少しでも減るのではないか、と思うことがあります。

 そういう意味でも、この「誤作動する脳」は、支援者や医療者など、専門家の方に紹介したい気持ちにもなりました。

 私のさまざまな症状は、認知症の本を読んでも理解できません。しかし高次脳機能障害や発達障害などの当事者が自分の症状を書いた本を読むと、共通点が次々と現れ、一つひとつ腑に落ちていくのです。 

 こうした生きた情報を知ることで、医療者や専門家と共有できれば、その診察や治療に役立つだけでなく、少なくとも、その辛さを理解することが、より出来やすくなるのに、と思いました。

周囲の人間が考えるべきこと

 「本当にそう見えるのに」とどれだけ訴えたところで、誰もそうは思ってくれないだろうという絶望と諦めもありました。そのころレビー小体型認知症の症状をネットで検索すると、「比較的早期から幻覚(幻視)・妄想が現れ、ありもしないものをいると言って騒ぐなどの問題行動が起こります」といった記述ばかりが出てきました。切り離してはいけないセットのように、必ず「幻覚・妄想」と書かれていることに、激しい抵抗と、同じくらい強い無力を感じました。

 本当に見えるものを、幻視と言われ、そして、ただ異常者として決めつけられる日々が続いたら、ある時に、理解されない怒りが、何かの拍子に出てきてもおかしくないのではないか。こうした丁寧な描写によって、その「内側の視点」を、不完全な想像しかできませんが、外からの獲得を、ほんの少しですが、試みることはできます。

 「認知症になると感情のコントロールもできなくなる」と言われますが、それは違います。ただ追いつめられているだけなのです。これまで数え切れない失敗とつらさを経験してきた私たちには、余裕がありません。「また気づかないうちに何か失敗するかもしれない」という不安を心の底に隠しながらも、気を張り続けているのです。

 さらには、著者の思考は、認知症だけでなく、精神疾患全体に対して、周囲の専門家が、どのように接するか、どのように扱うかによって、決定的に変わってきてしまう、という本質的な問題提起といえる地点まで届いているように思います。

 「人格が崩壊して廃人になる」と言われ続けてきたことは、認知症も統合失調症も同じです。脳の病気を持つ私たちは、私たちの内面で起こっていることを知らない人たちから一方的に付けられた症状名や解説に絶望し、翻弄され、居場所を奪われてきたのです。
 私たちを社会から切り離すのは、単純な無知や根拠のない偏見ではなく、専門家の残酷な解説だと私は感じていました。それは病気の症状そのものよりもずっと重いものでした。これは人災だと、私は思いました。そして人災であれば、変えることができると。


 介護の専門家として、もしくは支援者として、さらには医療者として、どのようにあるべきか。そうしたことも含めて考えられる書籍だと思います。特に、うつ病として誤診されての6年間の苦しみの記録も辛い思いをしながらも残してもらっているので、当事者やご家族だけではなく、支援や医療の専門家であれば、ぜひ読んでほしいと思っています。




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