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天才と精神医学(1): 天才と◯◯は紙一重?パラノイア型(偏執症型)の天才とは?

皆様、こんにちは!鹿冶梟介(かやほうすけ)です。

皆様は「天才」と聞いてどんなイメージを抱きますか?

精神科医のヘンリー・モーズレイは、

天才と凡人の違いは、飛んで蜜をとる蝶と、這い回って葉を食べる芋虫の違いのようなものだ

と言ったそうです。

成程、天才とは凡人が到達し得ない領域を生まれながらにして自由自在に駆け回る存在…、そういう意味なのかもしれません。

アインシュタイン、アリストテレス、ナポレオン、ピカソ、マラドーナ…、数多くの「天才」が彼らの生きた時代で縦横無尽の活躍を見せましたが、彼らの頭の中は一体どうなっているのでしょうか...?

このような疑問・興味から「天才」は精神医学、心理学、脳科学、社会学など様々な切り口で論じられるようになります。

そして小生も精神科医の端くれとして、以前より天才を精神医学的に考察したいと思っておりました。

そこで新シリーズ「天才と精神医学」を通して、精神医学からみた「天才」に関する知見を是非皆様とシェアしたいと思います。

記念すべき第一回目の「天才と精神医学」は、天才を「パラノイア(偏執症)」という観点から論じます!


【本シリーズにおける天才とは?】

「天才」を語る前に、本シリーズで扱う天才の定義」について説明したいと思います。

心理学的には「IQ130以上を超える人」という定義があります。

この定義も本シリーズにおける「天才」にもちろん含まれますが、IQはその人の能力の一側面を数値化したものに過ぎませんし、それにIQを基準にすると”知能検査"が生まれる前の天才を扱うことが困難となります...。

そこで本シリーズでは、「IQ130以上」という定義に加え、天才研究の泰斗であるE.クレッチマーの定義、

積極的な価値感情を、広い範囲の人々の間に永続的に、しかも稀に見るほど強く呼び起こすことの出来る人格

も含めたいと思います。

…まぁ、要するに定義をより幅広くすることで、記事ネタを増やしたいという意図がそこにはあるのですが…😅


【天才の分類: 創造の原動力】

「天才」と一言でいっても様々なタイプがあります。

そして、天才の「能力」をいくつかの要素に基づき分類する試みが多くの研究者によってなされてきました。

そのひとつに天才の「創造の原動力」に焦点を当てた分類があります(図1:心理学者の宮城音也著「天才」より抜粋)。

この分類によると天才は、「目的追求的(偏執型)」「体験感情的(コンプレックス型)」「全体感情型(気分型)」の3つに分類できるそうです。

今回の記事ではこの三型のひとつ「目的追求的(偏執型=パラノイア型)天才」について紹介したいと思います。


創造の原動力に基づく天才の分類

【パラノイア(偏執症)とは?】

「パラノイア(偏執症)」は不信感や猜疑心をベースに生じ、思考はしばしば被害的な内容となります。

パラノイア(Pranoia)は主にドイツ語圏で発展した慢性妄想性疾患の概念であり、Heinroth JCAがVerrücktheit(妄想症)の同義語として最初に用いました。

後にドイツの偉大な精神医学者E.クレペリンは偏執症(パラノイア)を以下のように定義しました。

「内的原因から発生し、思考、意志および行動の秩序と明瞭さが完全に保たれながら、持続的な妄想体系が緩徐に形成される疾患」

ところが後に様々な病態がこのパラノイアに含まれ、臨床上の定義に混乱をきたします。


そして、現在の精神医学では「パラノイア」という用語はもはや使用されず、妄想性パーソナリティ障害や妄想性障害という疾患に吸収されることとなります。

しかし、天才という稀有な存在を分類する上で「パラノイア」という言葉は非常に”ピッタリ”した感があり、捨て難い疾患概念なのです。


【偏執症(パラノイア)型天才とは?】

パラノイア型(偏執症型)天才とは、目的追求への意志が凡人のそれとは桁違いに強く、いわば妄想とも呼べるほど一つの観念に固執し、他の考えを排除する傾向を持つ天才です。

要するにこのタイプの天才は、ゆらぐことのない考えを持ち、その考えを正しい方向に益々発展させるわけですが、間違った方向である場合は訂正不能な「妄想」に発展させる危険性ももっております…。

ちなみにこのタイプ天才は、科学・哲学系の天才に多いと言われております。


【偏執症(パラノイア)型天才の具体例】

それではパラノイア型(偏執症型)天才にはどのような人物がいたのでしょうか?

ここでは5名のパラノイア型(偏執症型)の天才たちを簡単に紹介いたします。


<クリストファー・コロンブス>

Christopher Columbus (1451-1506): painted by Ridolfo Ghirlandaio

航海の天才と言えばコロンブスを思い浮かべる方が多いと思いますが、彼は典型的な偏執症(パラノイア)型の天才です。

イタリア出身の探検家・航海者であるコロンブスですが、アジアを目指した結果、アメリカ大陸を発見します(もちろん原住民が住んでいたので、この表現には語弊がありますが...)。
彼は、トスカネリという地理学者・天文学者の間違った地図を信じ込み、大西洋を横断する西回り航路によりインドに到着すると信じて疑いませんでした。
当時の人々は、地球平らで西側は地の果てであり、大西洋の先にアジアがあるとは思っておりませんでしたが、トスカネリはなぜか西の果てにジパングそしてその先にインドがあると記載しました。
そしてコロンブスは何の根拠もなくこの地図が正しいと信じ込み、4回もの大西洋横断という危険を冒したのです。
勿論、彼が発見したのはインドではなく、また地図も出鱈目だったのですが、それでもコロンブスは死ぬまで自らが発見した土地をアジアと思い込んだそうです…。


<野口英世>

野口英世(1876-1928): 野口英世記念館より(撮影者不明)


野口英世はご存知にように、明治から昭和にかけて活躍した日本の医師・細菌学者です。
彼はその51年の生涯のなかで数多くの論文(204報も!)を書き、ノーベル賞候補として推薦されるまでに至ります。
野口英世の研究スタイルは圧倒的な「研究量」であり、膨大な実験を繰り返したくさんの業績を作ります。
しかし、残念なことに彼の業績のほとんどは後に否定されます(進行麻痺の病原体が梅毒であることを発見したことは正しい)。
特に黄熱病の研究は間違いが多く、結局自身も黄熱病にかかり、最後に「I don’t understand. (わからない)」と呟き亡くなります。
野口英世は寝食を忘れ全ての時間を研究に費やす「実験の天才」なのですが、彼は研究対象となった病原体を「スピロヘータ」の研究手法に拘り、その方法を変えようとはしませんでした。
様々な反証があるにもかかわらず、自分のやり方や結果を盲信したため「パラノイア型天才」に分類できると思います。


<カール・マルクス>

Karl Marx(1818 – 1883): photo by John Jabez Edwin Mayall


プロイセン王国時代のドイツの哲学者、経済学者…、いや革命家のマルクスをご存知かと思います。
科学的社会主義(マルクス主義)を掲げ、聖書の次に多くの人々に読まれた著書「資本論」があまりにも有名です。
天才思想家であるマルクスは頭脳明晰で非常に弁が立ったそうですが、性格は頑固、わがまま、僻みっぽく偏屈であり、パラノイア(偏執症)を絵に描いたような男でした。
非常に嫉妬深く、同志ラッサールが二冊の学術書を書き上げ、それをマルクスに送ったところ「ヘボ仕事の好見本」と酷評します。
またヒステリカルなところもあり、マルクスの援助者で合ったフライリッヒラートが気に入らない演者と同じ演題に立つと聞いた時、「脂ぎった俗物、卑劣な無頼漢、豚野郎」と手紙で罵ったそうです…。
相手のちょっとした言動、また自分の意に沿わないことが少しでもあると被害的捉え、得意の皮肉・毒舌で相手を徹底的にこき下ろすため、周囲の人間からは相当嫌われていたそうです…。
しかし、彼の負けず嫌いで自己中心的な彼の性格が、資本主義経済批判の原動力となったのは間違いないようです。


<アドルフ・ヒトラー>

Adolf Hitler (1934-1945): photographer unkonwn


独裁者」と聞くと多くの方がヒトラーを思い浮かべると思います。
彼が行ったホロコーストは全人類から非難されるべき悪の所業と思いますが、ヒトラーが"天才的な独裁者"であったことは間違いないでしょう。
彼は巧みな弁舌とカリスマ性により大衆を「煽動」し、強力な統率力と実行力により欧州を「制圧」します(誤解がないように言いますが、小生は決してヒトラーやナチ信奉者ではありません)。
そしてナチスドイツの破竹の勢いの源となったのが、ヒトラーの偏執質(パラノイア)であったと考えられます。
詳細は小生が以前執筆したnote記事「指導者と精神医学(2): アドルフヒトラー(前編)」「指導者と精神医学(2): アドルフヒトラー(後編)」をご参照いただければ幸いですが、彼は妄想性パーソナリティ障害、すなわち偏執症(パラノイア)であったという説が有力です。
そしてこの妄想性パーソナリティ障害は別名"独裁者の病"とも言われており、スターリン毛沢東もこの疾患であったと考えられております。
ヒトラーは「アーリア人の優位性」を証明するために、ヨーロッパを火の海にし、ユダヤ人を殲滅の淵に追いやります。
すなわち彼の天才的ともいえる独裁政治の原動力は、アーリア人至上主義という妄想であったと言えます。


<ジャン・ジャック・ルソー>


Jean-Jacques Rousseau (1712-1778):  painted by Maurice Quentin de La Tour


社会契約論で有名なルソーは、天才思想家と言って過言ではありません。彼の卓越した先見性は「フランス革命」の起爆剤となり、フランスの貴族政治を終わらせることに成功します。
歴史上、思想によって世の中が変わることはありますが、ルソーほど大きく変えた思想家は稀な存在ではないでしょうか。
実はルソーは病跡学の観点から数多く研究がなされており、ある研究者は「ルソーは偏執質の全ての特徴をもっている」と評したそうです。
しかもルソーはパラノイアの中でもやや重症であり、現代の診断基準では妄想性障害と呼べるような追跡妄想を抱き、逮捕を恐れて各地を転々としていた時期がありました。
ルソーが迫害されていたのは事実ではありますが(パリの高等法院で「エミール」が禁止された)、実際に迫害されれる前から周囲に対する猜疑心や被害感があったそうです。
ルソーは尊大で自己中心的でありましたが小胆かつ繊細な面もあり、これが彼の偏執傾向を生み出し、偉大な精神の源泉となったのでしょう。


【鹿冶の考察】

新シリーズ「天才と精神医学」の第1回目として「創造の原動力」の観点から、パラノイア型(偏執症型)天才についてご紹介いたしました。

天才と言われる人々は単なる頭脳のスペックだけでなく、脳内で描かれたイメージを結実させるための膨大なエネルギーが必要なのです。

そしてそのエネルギーの源となるのが体系的妄想観念であるパラノイアなのです。

ところでお気づきの方もいると思いますが、「もしパラノイア型(偏執症型)の天才が発見・発明に失敗していたら、それは天才と言えるのか…?」という疑問が湧いてくると思います。

ご存知のように「天才と●●は紙一重」という言葉がありますが、これはまさに両者の間は「結果」というたった一枚の紙でしか隔たれていないことを表現していると小生は感じております。

すなわち極論するに…、

「天才とは結果である! 」

(by 鹿冶梟介)

という事ではないでしょうか?

特にパラノイア型の天才の考えは当時の凡人には理解できない虚言妄言であり、それ故に名もなき天才は「精神障害者」のレッテルを貼られ、その名と業績は歴史に記される事なく忘却という闇に消えていくのでしょう。

そう考えると一人の天才の足元には天才になり損ねた無数の屍が見えてくるような気がいたします…。


↓小生、この漫画「栄光なき天才たち」大好きです(なぜか当直室にあったな…)。


【まとめ】

・天才をその原動力の一つ「パラノイア(偏執症)」の観点から解説しました。
・おそらくコロンブス、野口英世、マルクス、ヒトラー、ルソーは「パラノイア型(偏執症型)」天才であったと思います。
・「天才と●●は紙一重」と言いますが、本当にそうだと思います。
・極論すると「天才とは結果である!」と思っております。


【参考文献など】

1.天才. 宮城音弥, 岩波新書, 1967

2.天才の精神病理: 科学的想像の秘密, 岩波現代文庫, 2001


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