見出し画像

天才と精神医学(2): 劣等感をバネにしろ!コンプレックス型の天才とは?

皆様、こんにちは!鹿冶梟介(かやほうすけ)です。

今回はシリーズ「天才と精神医学」の第二回目を皆様とシェアしたいと思います。

前回は天才の「創造の原動力」に焦点をあて、その中でも「目的追求的(偏執型=パラノイア型)天才」について解説しました(前回記事)。

そして今回は「創造の原動力」のうち、「コンプレックス型天才」にいついて説明いたします。

果たしてコンプレックス型の天才とは一体…!?

↓前回の「天才と精神医学(1):天才と◯◯は紙一重?パラノイア型(偏執症型)の天才とは?」も是非ご高覧を!


【コンプレックスとは?】

皆様も”コンプレックス”という言葉をお聞きになったことがあると思いますが、どのような意味かご存知でしょうか?

コンプレックスは精神分析における”感情の複合”の意であり、衝動・欲求・観念・記憶など様々な心理的構成要素が無意識かつ複雑に絡み合ったものです。

一般的には”劣等感”に近い意味で用いられますが、この場合は劣等コンプレックス(inferior complex)と呼びます。

本記事でも精神分析におけるコンプレックスではなく、この劣等コンプレックスを”コンプレックス”として話を進めたいと思います。


【コンプレックス型天才とは?】

なぜ"コンプレックス"は天才の創造における原動力となるのでしょうか?

その理由は、「人間は自分が劣った点を補償しようとする」からなのです。

劣等感を補償によって克服するメカニズムは心理学者アドラーが指摘しましたが、要するに「人は劣等感に耐えることができず、動かざるを得なくなる(現状を変えたくなる)」のです!

例えば…、

「体力的に劣る子が、体を鍛えるためにボディービルを始める」

「外見に自信のない子が、オシャレに励む」

「学歴のない人が、いくつもの資格を取得する」

...などが具体例として挙げられます。

これらはあくまで凡人における「コンプレックス」の例なのですが、天才と呼ばれる人々は才能だけでなくこの「コンプレックス」によってパフォーマンス(能力)をブースト(押し上げ)しているのです。

ちなみにコンプレックス型天才の性格として以下のような3つの特徴があります。

1.感情が敏感で、感受性が強い。
2.意志が弱く衝動的。
3.人格の統一のないもの。

これらの特徴を眺めると何だか精神的には「あやうい」タイプのように見えますね…。

やはり「他者より劣る」というネガティブ感情が原動力であるため、コンプレックス型天才のメンタルはあまり健全ではないのかも知れません。


【コンプレックス型天才の具体例】

それではコンプレックス型天才にはどのような人物がいたのでしょうか?

ここでは6名のコンプレックス型天才を簡単にご紹介いたします。


<ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ>

Miguel Ángel, por Daniele da Volterra (1545)

最初にご紹介するのは「ダヴィデ像」「システィーナ礼拝堂天井画」「ピエタ」など、数多くの芸術作品を生み出したルネサンス三大巨匠の一人、ミケランジェロです。

ミケランジェロは彫刻、絵画、建築、詩など数多くの分野で天才的な才能を発揮すた「創造の天才」です。

しかし、ミケランジェロの性格はいわゆる「変人」の類であり、歴史学者パオロ・ジョヴィオによれば、「洗練されていない粗野な人柄で、その暮らしぶりは信じられないほどむさ苦しい」と散々な評価でした。

気難しく怒りっぽく、非社交的な人物…、彼の性格を一言で表すと「偏屈」でしょうか…。

性格的に大問題のあるミケランジェロですが、彼の創造の源となったのはその未熟な性格ではなく、彼の「性的嗜好」という説があります。

実はミケランジェロは同性愛者であり、特に若い青年が大好物だったのです!

その証拠に、彼が青年カヴァリエーリ宛てに書いたラブレターがいくつも残っております。

この時ミケランジェロは57歳...、そしてカヴェリエーリは23歳。

ミケランジェロは男性を彫刻のモデルにすることが多かったのですが、まぁ、そういうことです(ルネサンス時代のジャニー喜○川...😅)。

当時のキリスト教社会では「同性愛」は禁忌(タブー)であったため、ミケランジェロの愛はまさに秘められた想いでした(ちなみにミケランジェロは生涯独身だったそうです)。

叶わぬならせめて愛を作品に込めたい…、そういった願いがミケランジェロの創造力の原動力となったのでしょう。


↓えぇ!?ミケランジェロって、こんなにイケメン?


<アルテュール・ランボー>

Portrait of Arthur Rimbaud at the age of seventeen, by Étienne Carjat, (1872).

ランボーは19世紀フランスのを代表とする天才詩人です。

"早熟の天才"としばし形容されるランボーですが、彼が詩人として活躍したのはわずか5年。

しかし、彼が残した詩・散文は"奇跡"と評されるほどの傑作であり、文学や芸術以外にもミュージシャンのジム・モリソンやボブ・ディランにも影響を与えたそうです。

ランボーはミケランジェロ同様に同性愛者であり、詩人ヴェルレーヌ(♂)と恋仲でした。

フランスは18世紀末まで同性愛は「犯罪」でしたが、1791年にフランス革命政府が採択した刑法では同性愛は犯罪ではなくなりました。

しかし、同性愛者への差別がなくなったわけではなく、警察は「男色家」リストを作成し監視の目を光らせました…。

こういったタブーがランボーの想像力の源泉になった可能性はありますが、それ以上に彼の創造性を高めたものがあります。

それは、彼の”精神病質"とも言えるパーソナリティです。

様々な記録によるとランボーは情緒不安定で、怒りっぽく、人嫌い、エゴイスト、自信家、束縛嫌い、ニヒリスト…だったそうです。

彼の性格・行動を現在の精神科診断に照らし合わせると何らかの「パーソナリティ障害」であった可能性が高いと考えられます。

特に恋人ヴェルレーヌ(♂)に対する態度、そして何よりも愛していた詩を突然辞めてしまったことなど、気まぐれかつ両価的態度は境界性パーソナリティ障害を彷彿とさせます。

診断はともかく、ランボーは「生きづらさ」を感じ、その苦しみや感情を発散させるために詩を編んだのかも知れません。


↓漫画で「地獄の季節」を読むなら、これでしょうか?


<フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ>

Portrait of Friedrich Nietzsche by Walter Kaufmann(1882)

哲学者」と聞いて、多くの人が真っ先にニーチェを思い浮かべるのではないでしょうか。

ニーチェはドイツ・プロイセン王国の天才哲学者であり、「デカダンス(廃退主義)」「運命愛」「永遠回帰」「超人」「ルサンチマン(キルケゴールの概念を再定義)」など、後世に影響する考えを次々に生み出しました。

ニーチェの哲学を一言であらわすと、「ニヒリズム(虚無主義)」だと思いますが(「神は死んだ」は有名ですよね)、なぜ彼はこのような思想に至ったのでしょうか?

ニーチェが5歳の時、父親を失いまたその1年後に弟が病死するなど、その生い立ちは決して幸福なものではありませんでした。

ニーチェは幼少期より”変わっている”子供であり、詩や音楽に夢中になる時期と、悲観的になって孤独になる時期がありました。特に悲観的な時期は”片頭痛”に悩まされたそうです。

しかし、ニーチェは幼少期から成績優秀であり、若干24歳でバーゼル大学の教授に就任いたします。

順風満帆のように思えるニーチェですが、30代半ばから激しい頭痛、眼痛、吐気に悩むようになり、10年ほど勤務したバーゼル大学での職を辞することになります。

大学を辞めたニーチェは進行麻痺(梅毒)のため精神に異常をきたし、55歳の時に肺炎でこの世を去ります(ちなみにニーチェは”Binswanger病”で有名なBinswanger教授の診察を受けます)。

このようにニーチェの人生はあたかも呪われたかのように「」につきまとわれますが、

病とは身体のエネルギーの低下であり、精神の低下ではなく、むしろその苦しみにより、思考を研ぎ澄ますものである

…と書き残したように、この病こそが創造性の原動力であったことを彼自身が認めております。

すなわち彼の苦悩に満ちた人生、特に”病(やまい)"というコンプレックスが「ニヒリズム」という彼の代表的思想を産んだと言えましょう。


↓えぇ!?ニーチェがコンビニ店員??


<韓非子>

韓非子(韓非)は中国戦国時代の天才思想家・法家です。

韓非子は韓の王族で、若い頃は「性悪説」で有名な荀子に学びました。

弱小国である韓を立て直そうと韓王に進言しますが聞き入れてもらえず、その内容を十数万字の書「韓非子」にまとめますが、秦王(後の始皇帝)はこの書を高く評価し、この思想を国家運営の基本方針といたしました(秦王は韓非子を登用しようとしますが李斯の嫉妬を買い、韓非子は謀殺されます...)。

韓非子は自分の考えを説明する際、とてもわかりやすい例え話を用います。

例えば国語で習う「矛盾」「逆鱗に触れる」「市に虎あり」などの故事成語をご存知かと思いますが、これらは韓非子が物事の本質を唱えるために引用した故事(言い伝え・逸話)なのです。

このように天才思想家・天才法家と呼ばれる韓非子ですが、生まれつき重度の「吃音(きつおん)」があり、家族にも「吃非」と呼ばれ見下され続けました(かわいそうですね...)。

しかし、彼は文章を書くのが巧みであり、自らの考えを伝える際は弁舌ではなく文字でその重要性を説いたのです。

おそらく「吃音」というハンディキャップを埋めるために、”文章力”という彼唯一の武器を研ぎ澄ましていったのではないでしょうか?

すなわち韓非子もコプレックス(吃音)をバネに思想家・法家としての創造力を高めたと考えられます。

ちなみに同じく「吃音」をバネにした天才として、古代ギリシャの政治家・雄弁家のデモステネスがおります。

デモステネスも自分の吃音を”弱点”と見做し、言葉遣い、声量、ジェスチャーなど”人に伝える力”に磨きをかけました。


↓韓非子の時代といえば、漫画「キングダム」!


<マイケル・ジャクソン>

Michael Jackson 2nd June 1988. "Wiener Stadion" venue in Vienna, Austria.

歌謡界で「GOAT(the Greatest Of All Time)」と言って過言ではないのは天才歌手"マイケル・ジャクソン"でしょう。

マイケルは歌とダンスで世界を魅了し、「キング・オブ・ポップ(ポップミュージックの王様)」と呼ばれました。

彼の人気は米国だけにとどまらず、日本でもマイケル・ジャクソンブームが到来しましたよね。

天才的なエンターテイナーであったマイケルですが、実は"超努力家"であったと言われております。

(来日したとき滞在先のホテルに「ダンスフロア」を作らせ、そこで毎晩遅くまで練習していたという逸話があります)

そしてマイケルの普段の努力の裏には、実は強烈なコンプレックスがあったと言われております。

それは「外見」です。

彼は美容整形手術を繰り返し、また体型をスリムになるため過度なダイエットに勤しみました。

そして不思議なことに黒人のマイケルの皮膚は歳を重ねるごとに”白く"なっていきます。

この白色化は”何らかの方法"を用いて白人に近づこうとしていると見做され、マイケルの外見は”白人コンプレックス”と揶揄されます。

ところがマイケルの死後肌の白さは”尋常性白斑”という病気であったことを、当時の主治医が公表しました。

そしてこの主治医は、「彼は白人になりたがってなどいなかった。彼は自分が黒人だと言う事に誇りを持っていた」と証言しております。

しかし、この証言自体「なぜマイケルの死後に公表?」という疑問も残りますし、そもそもマイケルが皮膚の変色を褐色ではなく白色のファンデーションで隠そうとした事実は、やはりマイケルが「白人コンプレックス」に悩んでいたことを意味するのではないでしょうか?

彼が白人優位の「ポップミュージック界」で成功したのは、明らかに白人コンプレックスをバネにしたため…、と小生は考えます。

↓マイケル・ジャクソンを知りたければ、この映画!


<ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン>

Beethoven by Joseph Karl Stieler (1820)

年末必ず耳にする「第九(交響曲第9番 ニ短調 作品125)」は誰が作曲したでしょうか?

愚問ですね?

そう、ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンを知らない人はいないと思います。

歓喜」のイメージがある第九ですが、実はこの名曲はベートーヴェンの深いコンプレックスによる賜物と言えます。

ベートーヴェンはとても苦労人で、父親はアルコール依存症で収入は安定せず、母親が亡くなった後は家計を支えながら兄弟の面倒を見たそうです(家系的に精神疾患を抱える傾向があり、祖母もアルコール依存症、母親は鬱病の傾向があったそうです)。

ベートーヴェン自身もメンタル的に問題があり、精神的に起伏が激しく、心気的で自殺を試みたこともありました。

不幸な生い立ちにもかかわらず名曲を次々と作り出すベートーヴェンでしたが、20代ですでに聴力障害がはじまり30代にはすでにほとんど耳が聞こえなくなったそうです

音楽家としては致命的な障害ではありますが、それにもかかわらず彼は「月光」「英雄」「運命」「第九」など不朽の名作を次々に完成させます。

これらの名曲が彼の”天賦”によるもの…、と言ってしまうのは簡単なことですが、難聴という苦難(コンプレックス)がベートーヴェンの作品に揺るぎない魂を込めた…、と思うのは小生だけではないはずです。


↓漫画でベートーヴェン(歓喜)!


【鹿冶の考察】

創造の原動力」をコンプレックスとする「コンプレックス型天才」について解説いたしました。

皆様もご経験があると思いますが、悔しい思いをすると「何くそ!」「こんな思いはもうたくさんだ!」と、悔しさをバネすることがあると思います。

特に克服しにくい葛藤、満たすことができない欲求を社会的に有益な目標に目を向け自己実現を図ることを心理学的に「昇華」と呼びます。

すなわち「コンプレックス型天才」とは「昇華」によって大成功した人々を指すのです。


<コンプレックスは才能です!>

これは多くの著名人が異口同音に唱えておりますが、コンプレックスは才能と言えます。

例えば、今何かと話題(?)になっているオリエンタルラジオの中田敦彦氏も「才能はコンプレックスの裏側にある」と言いましたが、これは正鵠を射ていると思います(小生は同氏のファンではありませんがこれは正しい!)。

おそらく多くの人間にとって、「頑張る」ということはかなりしんどいことだと思います。
なぜなら「頑張る」ためには、忍耐、体力、時間などそれなりのコストを支払う必要があるからです。
このため現状に不満がなければ人間は「頑張る」という行為をなるべく避けようとします。

しかし、人がコンプレックスを抱えると、その惨めな状況から抜け出そうと必死になります。
そうです、コンプレックスがあると現状を変えるべく「必死にもがく(=頑張る)」のです。

逆に言うと何不自由なく育った人間は「頑張る」能力が十分育たず、大人になってから苦労する人々になるのかも知れません…(余計な心配かもしれませんが...)。


<コンプレックスがなければコンプレックス型天才は生まれなかった?>

ところでコンプレックス型の天才は”コンプレックス” がなければ、その偉業をなし得なかったのでしょうか?

言い換えるなら「もしニーチェが健康的であったらニヒリズムは生まれていたのか?」とか、「もしベートーヴェンの聴力が正常であったら、第九以上の名曲を作っていたのか?」という考えです。

これは「if(もし)」の世界であり、正解は得られない問いですが、小生は「ニーチェが健康的であったら、ニヒリズム以外の思想を生んだ」「ベートーヴェンの聴力が正常なら第九は存在しない」と考えます。

つまり、境遇に無関係に彼らは天才であったかもしれませんが、コンプレックスがなければ彼らの代名詞とも呼ばれる作品・思想は生まれてはこなかったと小生は思います。

なぜなら天才の成果物は「人間の意志」と「偶然」が不断に交錯して生まれた”奇跡"であり、コンプレックスを含むそれまでのいかなる要素が欠けても成立し得ない…、と考えるからです。

これは科学・哲学の分野よりも芸術・音楽・詩の分野の天才に特に当てはまる考えと思います(万有引力の法則はニュートンが発見しなくてもいずれ誰かに発見されたでしょうが、ランボーがいなかったら「酔いどれ船」「母音の色」はこの世になかったでしょう)。


<コンプレックス型天才とうつ病の関係>

人は自尊心が低いと、自尊心を回復させようとします。

しかしその努力がなかなか報われないと、自信を失い自己嫌悪に陥ります。

そして慢性的な自己嫌悪はメンタルヘルスを悪化させ、うつ病の原因になります

実際、創造性とうつ病の関係は古来から指摘されており、特にルネサンスにおいては「メランコリー(憂鬱)」は芸術・創造性の根源と見做されておりました(詳しくは過去記事「芸術と精神医学(1):メランコリアI」をご参照ください!)。

すなわちコンプレックスという劣等感は、想像の原動力と同時にうつ病というリスクをもつ「諸刃の剣」と言えます。

コンプレックスは凄まじいパワーを人間に与えますが、その副作用はとても大きい…、ということなのです。

ところで、もしコンプレックス型の天才が努力しても「結果」を残せなかった場合、どうなるのでしょうか?

劣等感で創造性をいくら高めても「結果」を伴わなければ「失望」と「劣等感」しか残らず、絶望してしまう可能性もあります。

そして結果を残さなければ天才ではなく、抑うつ的な凡人として生涯を終えることとなりましょう…。

そう考えると天才になるのもリスキーで大変なことなんだな…、と同情する気持ちが湧いてきませんか?


【まとめ】

・「コンプレックス型天才」について解説いたしました。
・このタイプの天才はミケランジェロ、ランボー、ニーチェ、韓非氏、マイケル・ジャクソン、ベートーヴェンなどが該当します。
・このタイプの天才は失敗するとうつ病に陥っていた可能性が高いと思います。
・小生は悩める天才よりも、開き直った凡人のほうがいいですね。

【参考文献など】

1.天才. 宮城音弥, 岩波新書, 1967

2.天才の精神病理: 科学的想像の秘密, 岩波現代文庫, 2001

3.Michelangelo: wikipedia

4.Arthur Rimbaud: wikipedia

5.Friedrich Nietzsche: wikipedia

6.韓非子: wikipedia

7.Michael Jackson: wikipedia

8.Ludwig van Beethoven: wikipedia


【こちらもおすすめ】


この記事が参加している募集

学問への愛を語ろう

世界史がすき

記事作成のために、書籍や論文を購入しております。 これからもより良い記事を執筆するために、サポート頂ければ幸いです☺️