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ホンモノ

「本物」しか要らないと、目に入るものをバサバサと切り捨てていったら、いつの間にか私は丸裸になっていた。

そもそも「本物」が何かもわからなかったのに。「自分の気に入らないもの」を排除することが麻薬みたいに一瞬の快感をもたらしているとも知らずに。

あらゆるものを手放せば、そこに自動的に何かが入ってくると思っていたのだ。何の苦労もせずに、何の痛みも伴わずに、空いた場所には何かが収まるはずだと。丸裸の

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迷路

迷路

怒りと失望の間を行き来する自分の感情にひどく疲弊している。常に「得体の知れない何か」に、それが「得体の知れない」とことそのものにさえ怒りを感じてはその熱くて重苦しい思いを消化も昇華もできない自分に対しても、何も変わりはしない世界に対しても失望しているのだ。働きかけもしない相手が変わるわけはないのに、いやそもそも相手を変えようなどと言う傲慢な自分があまりに腹立たしく、同時に虚しい。

唾を吐きながら

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水面

水面

仄暗く冷たい水の中、徐々に遠ざかる水面を見上げた先、朧げに揺れる太陽のすぐ隣に、同じように朧げに揺れるあなたが見えた。

その顔が笑っているように見えたのは、揺れる水面が見せた幻想だったのか。

それでも、その瞬間に何よりも強く願ったのは、どうかその顔が、弾けるような笑顔であってほしいということ。あなたへ手の届かない場所へとゆっくり落ちていく私を見て、笑っていてほしい、と。

私の口から少しずつ漏

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探し物

探し物

見つけて欲しかった
そうでなければ私は私を見失うから

名前を呼んで欲しかった
そうでなければ私は私を忘れてしまうから

抱きしめて欲しかった
そうでなければ私は私を保てないから

愛して欲しかった
そうでなければ私は私を愛せないから

貴方の指でなぞられて
初めて私は私の形を知った

貴方の声で呼ばれて
初めて私は私の存在を知った

「なぜ泣くの」
そう言った貴方の瞳に写った私を見て
初めて私が

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枯渇

枯渇

とめどなく流れ溢れ出ていたものが枯渇していく様を見るくらいならばいっそそんなもの最初から無い方がよかったなどと。

帰ることも変えることもできない過去に責任を負わせるようなことをすることでしか安心も安堵もできないのです。

果たしてその過去が本当にその姿であったかさえ分からないというのに、呆然と立ち尽くす幼い私を叱責することでしか私は私を保つことができない。

あなたが悪いのよ。あなたが。

私は

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愛の無知

愛の無知

愛について語る時
私が愛について
ひどく無知で無垢であることを自覚し
それにとても感謝しているのだ

実際の愛に含まれるであろう
苦味や痛みを知らずに
ただ純粋な美しさと憧れだけで満たされた
甘い蜜の中を目隠しで漂うことのできることは
滅多にあることでは無いと思うから

憧れというものは
想像力を無限大に広げていく
果てが見えないほどに広がった世界は
キラキラと眩しく光り輝き
私の感覚を麻痺させて

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モラトリアム、そのずっと前

モラトリアム、そのずっと前

本当に不思議なもので、私はあの頃、自己肯定感に溢れていたし、嘘偽りなく、間違いなく、自分を「最強」だと思っていた。

怖いものなんて一つもなかった。未来に不安があったとしても、それはまるでジェットコースターに乗る前のドキドキと似たようなもので、希望と夢のスパイスにしかなり得なかった。

手に取ることができる範囲の世界が「この世界の全て」だったし、確かにそうだと信じていた。自分のいる世界が、一握りど

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消える

消える

私はどうやら、人数が多くなると、それに反比例するように、存在が消えていくらしい。

3人になるとその影が徐々に薄くなり
4人になるとほぼ完全に消え
5人以上になると影も形もなくなってしまうらしい

確かにここに存在しているのに
ここにいると認識できるのは、私だけ

なぜ、目の前にいるのに、この人達の目には、私の姿が、映らないのだろう

なぜ、ここで声を発するのに、この人達の耳には、私の声が、届かな

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復讐

復讐

考える。

心からの復讐をするには、何をすれば良いんだろう。何が一番確実的で、一番効果的で、一番致命的なんだろう。

大きな成功を収めること?
いや、その成功に相手が気付きかつ羨んでくれなければ意味がない。

幸せになること?
いや、幸せなんて、各個人の価値観によるもので、最初に相手が同じ高さにいなければ、そこに差違なんか生まれない。

じゃあ、なんだろう、なんだろう。

一つだけ、ある。

たっ

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愚者の言い訳

愚者の言い訳

いつも間違える。

自分を大切にしてくれる人に甘えて蔑ろにし、
自分を蔑ろにする人をやけになって追い回す。

愛してくれる人の声を疑って
私を憎む人の声にばかり耳を澄ます。

会いたい人に会えない理由を探し、
会いたくない人に会うことが義務と思い込む。

そうして大切な人がいつの間にかいなくなり、
嫌いな人ばかりが増えていく。

本当に大切にしなければいけない人は誰なのか、
本当に会わなければなら

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夢

何を勘違いしていたのだろう。 

目の前に広がる、圧倒的な「現実」にひどい頭痛がする。目を閉じたところで、臭いものに蓋をしたところで、耳を塞いだところで、私を占める全ての感覚が拒絶したところで、そこに確かに存在する「現実」からは逃げることなどできない。

最初から何もなかったというのに。そんなこと、ついこの前まで、痛いくらい理解していたはずなのに。少し時間が経ったくらいで、何が変わると期待していた

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ある人の告白から

 今、思うこと、ですか。

 もっと、いろいろな人達と関わりたかったと、今更思います。もっと、いろいろな人たちと、話がしたいと、今更思います。気取らず、気負わず、気を使わず、気を使わせずに。拳なんて握らずに、肩の力を抜いたまま、自然な呼吸をして。バカみたいに熱くなって、バカみたいに笑いながら、それを恥ずかしいなんて思わずに、でも、それを当たり前だとも思わずに。

 でも、自分には、その気力はありま

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嘘

 まだ、何かあるはずだと、信じ続けるには、少し年を取り過ぎたし、少し疲れてしまった。だからといって、今までも、前を向いて、ただひたすらに進んで来たわけでもない。正しい努力が何なのかも、正しい道がどこなのかも、わからないまま、気が付けば、こんなところまで来てしまった。
 そもそも「正しさ」なんて、一過性のもので、それぞれの価値観で、容易く覆ってしまうものだって、心の底ではわかっているのに、まだどこか

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いとし

いとし

 西向きの窓から注ぐ夕日は、薄いレースのカーテンを溶けるような赤に染め、私の顔に降りかかる。ある種の悪意すら感じる鮮やかな光に瞳が傷んで、私はそっとまぶたを閉じる。裏側に広がった橙色は、太陽の光と私の血液が交じり合った、生きている色。
「すごい夕日だ。」
五感の一つが閉ざされているせいなのか、耳元でささやかれた低く穏やかな声に、身体が敏感に反応する。自分の身体を押し付けるように抱きしめた長い腕が、

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