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小説『くちびるリビドー』の続編【1-4】を(何度だって届けるよ、生きてるうちに出会いたいから…)☞Let's世界に解き放つ♪☺︎♡



くちびるリビドー

2

(仮)











満たされれば
自然と溢れ出るのだろう?


(4)



 たとえば美容院で。シャンプー後、ちょっと気持ち悪いくらい丹念に(自分では絶対にそこまでしないよって苦笑いしそうになるくらい)ブローされて、鏡を手に「いかがですか?」って聞かれたとき、心の中の私は皮肉を込めて「すっごいサラサラですね」と言ってるつもりなのに、実際の私はいかにも気に入った様子で「すっごいサラサラですね」と返していて、相手に「ですよね。満足してくれてますよね」という誤解を与えてしまうという話(恒士朗に話したら「あー。ゆりあ、そういうとこあるある」って笑われた、あの話)。

「また誤解されたよ。あそこまでサラサラなストレートヘアって、私は全然好きじゃないのにさ。むしろ、ゆるふわな感じのほうが好みなのに」

「だったらそう言えばいいじゃない」

「うーーーん……」

「どんなふうに言ったの?」

「(半笑いな感じで)すっごいサラサラですね」

「それじゃあ誤解されても仕方ないよ。気に入ってそうだもん」

「恒士朗なら?」

「(まったくの無表情で)すっごいサラサラですね」

「あはは!」

「てか、言わないでしょー。いいと思ってないなら、そんなこと言う必要ないじゃん」

「いや、だから皮肉を込めて……」

「ゆりあの言い方だと、全然伝わらないから。逆効果だから」

 たぶん、そのときが初めてだったと思う。恒士朗の前で『すっごいサラサラですね』を再現しながら、自分でも「へらへら笑って喋ってて、これじゃ相手が誤解するわけだ」と実感した。

 目の前の人が自信満々で(少なくとも、ネガティブな反応が返ってくるなんて1ミリも想定してない様子で)こちらの反応を待っているとき、相手が望んでいると思われる反応を無意識のうちに返しているのが、私の悪い癖。そんなこと感じたくもないのに、相手が期待しているリアクションを察知して(「あなたは、こう返して欲しいんでしょう?」)、それを実行してしまう。

「なんでだろう。いい人に思われたいのかな?」

 そう話す私に、恒士朗はどんな反応を見せたっけ――?

 目の前の人が何を考え、何を期待していようと、恒士朗は平然と素の自分で振る舞うことができる。裏も表もなく、たとえ相手の考えに反していようと必要なときには遠慮なくさらりと思いを口にする。その全部が自然で、きっと相手に不快感を与えることは少ない。

 対して私は、無防備なときほど相手のペースに呑み込まれやすく、内と外とがバラバラで、意識して挑まない限り(そもそもこの「挑む」という感じは何なのだ?)目の前の流れを断ち切れない。相手の考えや期待が伝わってきてしまうから、それと異なる反応を示そうとすると(申し訳ないような気分にもなるのだろうか?)必要以上にぶっきらぼうな態度になり、不自然な「無愛想さ」や「戦闘モード」が出現したりする(そこに心地悪さや恥ずかしさのようなものを感じる私は、やはり「いい人」に思われたいのだろうか?)。

「恒士朗はいいよな~」

 普段からよく口にするセリフ。あのときも何度も言ったはずだ。

 彼のように他人を軽く「受け流す」ことができたら、きっと楽なのだろうな。

 だけど私がやっていることは「断ち切る」ことだから、なんだか痛さが発生するのだろう。心にバリアを張って、流れ込んでくる他人の意図や感情を遮断しないことには自分の本当の気持ちが埋もれて見えなくなってしまうから、断ち切って、自分自身を救い出す。

 ――血の味だな、と思う。

 私のコミュニケーションは、まるで血の味じゃないか。

 刀を手に向かい合い、こっちが斬られるか、相手を斬るか。

 どうしたら恒士朗のように他人を心に侵入させずに(もしくは侵入されたとしても一切気にせずに)、さらさらと流れるように身をかわしていけるのだろう。目の前の流れに、すっと自分を同化させられるのだろう。

「真剣すぎるんだよー、ゆりあは」

 そう言って、笑うだろうか。

「どうでもいいやつのことなんて、適当に受け流しておけばいいんだよ」と。

 だけどさ、恒士朗。今日の私は真剣に「この医者でいいか」を判断しなきゃならなかったの。ちゃんと話を聞いてくれるか、こちらの想いを理解しようとしてくれるかを……。

「だーかーら、期待しすぎなんだって。そんな医者、最初からいないと思って、とにかく自分の希望を伝えないことにはさ。こっちが何も喋らないんじゃ、相手だって医師としての正論を述べるしかなくなるじゃん」

 でもさ……と頭の中の恒士朗に言葉を返そうとして、いっきに気づきが押し寄せる。


 ――わかってもらえる気がしない相手に、
   自分の考えを伝えるのって
   難しくない?

 ――わかってもらえる気がしないって時点でもう、
   伝える気が
   失せちゃわない?


 そう言おうとしていた自分の、相変わらずの甘さ。これじゃ母乳の話のときと同じじゃないか。歓迎されていると思えない限り、一歩も踏み出そうとしない。動きたがらない。それよりも「歓迎されていない」と感じた時点で、ここに存在し続けるための気力のようなものがスーーーーーっとどこかへ吸い込まれてしまう。――ならいいや。なんかもう、すべてが面倒。どうでもいい。

 そこを越えていくのだろう? 越えていきたいのだろう?

 望むような状況を、相手が用意してくれるかどうか……を推し量って、勝手に期待したり、待つだけ待って動けなくなったり、そうして苦々しい気分を引きずるくらいなら最初から、期待を捨て、待つことをやめて、率直に自分の思いを口にすればいいのだ。何かを判断するなら、それから――なのだろう。

「けどさ、どこの歯医者も、そう変わりないと思うよ?」

 頭の中の恒士朗が、さらりと言葉を挟む。

 そうかもしれない。心も技術も持ち合せているような医者なんて、映画やドラマの中にしかいないのかもしれない。だったら――……

「理想の相手を探すより、自分が変わったほうが早い」

 と、頭の中の恒士朗と一緒に言葉を重ねる。

 今回だって、自分から話をすればよかっただけのこと。「あとは話を聞くだけだ」なんて受け身になってしまわずに、相手がどんな態度で何を主張してこようと(その不快感に呑み込まれたりせずに)、自分のために言葉を発し、思いを伝えようとしなければ……状況が変化する可能性は極めてゼロに等しい。そして自分を変えるためには、ここで「今回は初めてのことで、話を聞いて理解するだけでも大変だったんだから。とにかく次、がんばろう」と自分を慰めてしまわずに、こんなにも込み上げてくるこの悔しさみたいなものを、しっかりと味わい尽くしておくことが必要なのだろう。

 そこまで考えたら、ようやく私の意識は、手元のこの――まだ温かさの残るジンジャーレモネードへと戻っていった。


(つづく)






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ちなみに……次回【1-5】のテキストは、
文学フリマでも未発表の「初出し」部分となります♡

♡♡♡お楽しみに♡♡♡




(C)Kanata Coomi

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長編小説『くちびるリビドー』の「紙の本」ができるまで。


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「私がウニみたいなギザギザの丸だとしたら、恒士朗は完璧な丸。すべすべで滑らかで、ゴムボールのように柔らかくて軽いの。どんな地面の上でもポン…

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“はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆