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ビリーさん集め。

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2022年7月の記事一覧

「風と共に去りぬ」

「風と共に去りぬ」

燃え上がる朝の東の橙に、気づいてながら背を向けた、
映写機からは空想科学が昨日の夜から流れっ放しで、
言葉を理解し得ない男は字幕に並んだ記号を目で追う、
義眼の老婦は途絶えた愛を延々と、やがて永久に導かれるまで、
点火直後の発煙筒ならドラッグ・レースに蹴り飛ばされたよ、いまはもう、
吸い殻みたいに小石や埃と眠りについたはずなんだ、

ブラウン管には旧世紀が見ていた未来、拙く儚く幼いまぼろし、
人は

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「雨季のバス停」

「雨季のバス停」

 
 雨季の近づく海のそばのバス停には時間と行き先の表記がない。
 そこで陸地が終わり、ここから海が始まる。人の往来はなく、時折、海鳥が退屈しのぎに割れた悲鳴のような鳴き声をあげ、そしてその声は風の隙間を衝いて響くコンビナートのサイレンに掻き消される。

 倒れたままのイスが二脚、ずいぶん古いものらしくて塗装が剥がれて錆びてしまっている、なんど起こしても倒れてしまうから、僕はそれを起こすのを諦めた

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「ジャム」

「ジャム」

見上げる高みに交差する、火傷の痕は飛行機雲、
雨が冷やせば其の傷は、
なかったように消えるだろう、
晴れには雨の日を想い、
雨には晴れるときのこと、

視界は霞まず澄んでいるのに映すべきが見つからない、
羅針盤なら捨てちまったよ今はたぶん、
深海にて北を射して静かに眠ってるんだろう、

雨が終われば空が始まる、
その先には広がる夜が、
隙を見つけて窓の外、なりたかった足軽に、
眩すぎる月光よ、

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「1945」

「1945」

 連絡が来ないことが安心だった。
 私の村に配達がくるのは日に一度、夕を告げる鐘が鳴らされるころだ。黄昏れ始めて真っ赤に落ちてゆく太陽を背に受けてその人はくる。
「手紙、届いてないから。安心して」
 いつもその一言に私は安堵する。聞こえないように小さなため息を漏らし、とくんとくんと波打つ胸に手をあてる。
「良かった。あの人は今日も生きてる」
 息子を呼び寄せて汗に濡れた髪を撫でて、大丈夫だったよっ

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「高鳴る胸は君のせい」

「高鳴る胸は君のせい」

 世界中の真夏をすべて集めたくらいに赤くて熱い土、君はそこで彼らと肩を抱き寄せ合って円になっている。
 胸の前で手を組んで、バラバラに砕けてしまいそうな胸の内を繋ぎ止めていた。
 空を眺める。
 そして目を閉じる。首筋から背中へと熱を持った滴が伝わる、食いしばっているはずなのに奥のほうから震えが止まってくれない。

 すぐそばに見る彼らはくだらないお喋りで笑い合っている「いつもの」少年じゃないみた

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「雨のあとに鉄の花」

「雨のあとに鉄の花」

思い出して降り出した、
軒下には雨宿りの砂時計、
鐵工所には解体されてるシトロエン、
記憶はもうない、景色の代わりに距離を刻んだメーターの、
二度とは振れない其の長針、

溶かした鉄が銃器になって生まれ変わると初めて知った幼子は、
悪に向けて火を吹く砲を思い浮かべて踵を鳴らす、
炎上した後、血を吐くのもやはりは同じ生き物と、
彼が知ってしまうころ、清濁なんぞに大差はないと教える誰かはいるのだろうか

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「カフカ」

「カフカ」


いまもまだ歩いている、
出涸らしのやうに薄くなった無臭の希望を浴びながら、
無価値な言葉を拾い集める其処の誰かが犬に食われる姿を見たい、
どうにも気分が悪くてさぁ、不誠実なる羅列なんぞは見たくもなかった、
ひとつずつに火をつけて、やがてそれが燃え上がるのを見たいだけ、

どうして今も歩くのだろう、
絞り滓だろうが手元に残ったやわな希望を取り扱って、
無惨に朽ちたる老い猫たちを貪り食って吐き出す獣

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「潮騒のゆりかご」

「潮騒のゆりかご」

後ずさる波飛沫、
砂の上には置き忘れた貝の殻、
渚にゆりかご、老夫は手紙を広げてた、
船乗りだった若かりし、港々を転々と、
渡り鳥と旅したころの、
薄れつつある記憶を手繰る、

仰ぐ空には月の裏側、
凹凸数えて夢を語った、
途上に果てた人と想いと、
淡く苦く甘い刻、

無言を連れて振り子のように、
瞬きごとに遠ざかる、
刻は連続、繰り返しだと錯覚を、
気づけば右手に木の杖と、
霞む視界に揺らめく言

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「祭囃子が聞こえる」

「祭囃子が聞こえる」

あの坂の向こうから、聞こえてくる撥の音、
打律に酔う酔う囃子声、軽薄なる剽軽と、
甘く溶ける飴の匂い、振りに返りし浴衣の袖と、

灯る提灯、その赤み、
酔いに任せし博打打ち、
身ぐるみ剥がれて水浴びて、
太鼓とからかう声ばかり、

祭り囃子が届く夏、黄昏れ少し早くなる、
囃されながら過ぎにて候、
祭り囃子が聞こえてきたら、
少年期の夏の日の、過ぎし想いが走馬灯、

縁日、金魚、綿菓子と、
焼ける醤

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「少年は森を焼く」

「少年は森を焼く」


その樹々は切り倒されて、
根は土から掘り返された、
指先ほどの小柄な緑は皮を剥ぐよう捲り上げられ捨てられる、
暴君たちが好んだ拷問みたいに、

それを積んだトラックは、
森と焼き場を行き来する、
四足歩行は毒を飲まされ、
ライフル構えた迷彩服が、
逃げに惑う鳥の走る数秒先を狙ってた、
水色の水が流れてたのに、
滲むオイルが赤く粘つく、
溺れた魚の白濁した水晶体、

跡にはビルが建つらしい、
張り

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「砂と水」

「砂と水」

天秤には同じ重さの砂と水、
見上げた空の飛行機雲は墜落軌道を描いてた、
何百人が死ぬのか知らない、
「あっ、墜ちた」って膝の破れた子は嬉しそう、

眠りから、覚めた蛇が渡り鳥の巣から奪った卵を飲み込む様子を撮ったビデオが好きで、
眠る前にはそいつを観るのが癖になってる、

国旗を背に纏った男は鳥に憧れ、
飛び立つ姿を思い描いた、
街でいちばん高い場所、
忘れ去られて光なくした、
古い灯台、その白い

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「雨晒し」

「雨晒し」

古い猫は雨を待たずに空を見る、
風は路を撫でて泣いてた、
忘れたいことだけ憶えてしまう、
そのとき君は、そのとき僕は、
昨日よりもあまりに儚い、
風に揺られる砂の粒、
それなのに、
昨日今日明日、祈り続けることをやめない、

雨晒しの憂き目に人まで空を見た、
舐めるように温い風が傘を誘って、
思い出したいことを置き去る庭で、
そのとき人は、そのとき犬は
使い捨ての歌を唄って、
踏み潰される雨の粒、

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「この手」

「この手」

僕らは自由だ、
その両手で不自由さを数えられるくらいには、
昨日今日明日、続く日々、
繋ぐ誰かの手を探す、
例え、
自由をひとつ手放すことになろうとも、

 photograph and words by billy.

「痛みは知恵によく似ている」

「痛みは知恵によく似ている」

砂漠の絵柄の切手を照らす、ランプのオレンジ、
揺れる夜明けの白い波、懐中時計が指す午前、
目覚めた鳥が泣き声の、色づき落ちて踏まれた葉、
裸の森は眠ったふりを続けてた、
褪せた印字のテグジュペリ、

肌を切る風、昨日よりも深い蒼、
錆びたブリキのおもちゃの兵が、
夢のなかで吹いていた、
鼓笛にも似た一縷の想い、

水面に弾ける光はまるで、
コルクを抜いたばかりのボトル、
シャンパーニュの金のブドウ

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