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わたりどり通信
2024年7月23日 17:43
創作大賞参加作品「いいかげんで偽りのない僕のすべて」無事投稿を終えました。間に合ってよかったです。10万字前後。量も時間も長かった。自分お疲れ様。同じく応募された方々もお疲れ様でした。これからゆっくり読ませて頂きます。この話を読んで下さった方。これから読まれる方にこぼれ話を。この作品を書くにあたってひとつ参考になった映画があります。1963年作の「狂ったバカンス」というイタリア映
2024年7月21日 17:13
母親が出掛け、あらかた食事も済ませた僕らは、定位置である窓辺のソファーでライルが眠ったのを見届けてから、いつものように彼女の部屋に移動した。 新しい薔薇をベッドサイドに飾った彼女は「花を見てると気持ちが安らぐわ」と咲きかけのつぼみを見つめた。「ごめんなさい。あんなことして」 僕に背中を向けたまま言った。「自分でもよく覚えてないの。あの日、どうしてあんなに薬を飲んでしまったのか。死にたかっ
2024年7月18日 17:31
「ーありがとう」 初音ちゃんは受け取って頬に当てた。そしてゆっくり膝に手を置くと、僕の両親に頭を下げた。「叔母ちゃんごめんね。叔父ちゃんもほんとにごめんなさい…。健太郎君に迷惑掛けるつもりなかったんだけど、巻き込んじゃって…。ほんとにほんとにごめんなさい…」 父はずっと黙りこくっていた。母は額に手を当て「どうしてあたしに言ってくれなかったのよ」と大きく息を吐いた。「健太郎は受験生なのよ。こ
2024年7月18日 17:30
翌朝も初音ちゃんが先に居間にいた。僕は起きた瞬間から昨夜の態度を反省した。とにかく謝ろうと決めて、階段を上って廊下を歩くすがらに、どんな様子かを遠目に探りつつ近付いて行った。「おはよう」 なるたけ普通を装って向かいに座った。「おはよう」 初音ちゃんは目を合わせずに返し、台所で僕のご飯とみそ汁をよそって来てくれた。ありがとうと受け取り、会話もなく温かいみそ汁を飲んだ。僕はお喋りな方ではない
2024年7月16日 12:23
週明けから初音ちゃんはひとりで出掛けるようになった。中学までの友達と会ってるらしく、帰宅した時はいつもテンションが高かった。時間を持て余してあちこち行っていて、水曜日には「健太郎君の学校のゴミ見てきたよ」と夕食を食べながら言った。「あれがあのままなんてひどいね。臭いもすごかった。九月に学校行けるの?」 初音ちゃんはあくまで無邪気だったが、実は我が家でこの話題はタブーだった。今や廃棄物は町の奇
2024年7月16日 12:22
僕は彼女になんて言葉を掛けるつもりでここに来たんだろう。会って、なにをしてやれるというのだ?ごめんと叫んで抱きしめる。死なないでくれと懇願して、一生彼女の足代わりになる。そんなことをしてなにが変わる?誰が幸せになる?思うほどに扉が叩けなかった。 しばらく佇んでいると、突然内側からドアが開いた。立っていたのは白衣を羽織った男性で、診察に来ていた医師だった。すぐ後ろに看護師の女性もいて、二人と同時
2024年7月13日 18:08
夜は家族で焼き肉を食べに行った。初音ちゃんは相変わらずよく食べた。肉はもちろん、白米に冷麺、ビビンバ、サムゲタンスープもたいらげ、デザートの杏仁豆腐とマンゴープリンも残さなかった。僕も少食ではない方だが、初音ちゃんを見てるだけでお腹いっぱいになった。「いやあ、見ていて気持ちいいよ。おいしそうに、食べるねえ」 父は珍しく笑いながら、初音ちゃんの底なしの食欲に感心していた。もうすごいねえ以外の
2024年7月13日 18:07
次の朝、昨夜のことについてどちらも触れなかった。向かい合って朝食を取るときも無言のままだった。僕は顔すらまともに見られなかった。 学校で夏期講習があるので七時半には支度を整えた。制服に着替えて玄関で靴を履いていると初音ちゃんが見送りに出てきた。「いってらっしゃい」 首を傾げて手を振った。声の掛け方は変わらなかった。「行ってきます」 僕は目配せも送らずに軽く振り向くに止めて出ていった。初
2024年7月11日 11:49
片付けをしてからパソコンで産婦人科を検索した。これまで全く意識したことなかったが、僕のいる町には中心部にある総合病院の産婦人科を入れたら、たったの二軒しかないと知って驚いた。どこもこんな感じなのかは分からないが、ちょっと衝撃だった。町から年々人口が減っているのは産婦人科がないせいなのか、産婦人科がないから増えないのか、多分どちらでもあるんだろうけど、少子化と言われて久しいのは環境がそうだからと納
2024年7月11日 11:48
聞き慣れたエンジン音で目が覚めた。母親の運転するフィットが庭先のカーポートに停まったのが分かった。デイサービスの事務員をしている母親は毎日同じ時間に帰宅する。時計を見るとやはり六時半ジャストだった。寝室のドアは閉まったままで、ちょろりと覗くと初音ちゃんはまだミノムシみたいに丸まって寝ていた。髪を掻きながら玄関に迎え出た。母はまず僕の顔の怪我に驚き、いい男が台無しねと笑い「初音ちゃんは?」と聞いた
2024年6月7日 13:08
彼女ー星野朱里と僕は去年から付き合っている。同じ陸上部のひとつ上の先輩で、僕は高跳び、彼女は短距離走の選手だった。彼女は学校のマドンナで、校内で知らぬ人がいない存在だった。容姿端麗で運動も得意。完璧といっていい人だったが、少しも気取っておらず、優しくて明るい人柄はみんなに好かれていた。何人の男子生徒が告白したか数えきれないほどで、僕もひそかに憧れていた。それが目的で陸上部に入部したわけではな
2024年6月7日 13:06
8月の太陽は容赦ない。悪意すらあるように灼熱の光を照り付けている。もう汗だくだった。額ではなく頭から滴が流れ落ち、ポロシャツの背中にぐっしょり張り付いていた。暑くてたまらなく、いっそ倒れたいほど休みたいのに、なぜか体が疲れてくれない。もっと走れ、もっと走れとどこからか声が聞こえてて、暴走機関車のようにひたすら走り続けた。 あっ!と思った一秒後、サンダルのベルトが千切れ、でこぼこのアスファルト
2024年5月29日 16:45
廊下をぐるりと回り、階段を降りて僕の基地へとやって来た。もう何度も来てるのに「―いい所」と初音ちゃんはまるで初めてみたいにゆっくり見渡した。「いいなあ、ここ。あたしも欲しい。秘密部屋みたい」「うんいいよ。誰も来ないから」「健太郎君だけの場所だもんね。あれえ、ここ前はテレビあったのに、イスとテーブルだけになってる。昔よくここでお菓子食べながらビデオ観たよねえ。片付けちゃったの?」「テレビ観
2024年5月29日 16:43
あらすじ 2014年の夏休み、高校三年生の健太郎の家にひとつ年下のいとこの初音が やって来る。健太郎が暮らすのは四方を山に囲まれた田舎町。 初音も四年前まで住んでいて、健太郎とは仲がよかったが、離れてから は特に交流はなく、二年前の祖母の葬儀以来の再会だった。 突然の初音ひとりでの訪問を健太郎を不思議に思う。 すると初音は妊娠していて、堕胎手術をするために来たと打ち明け、 同意