マガジンのカバー画像

振り幅の広い短編集

39
1ページ完結の短編をまとめました。
運営しているクリエイター

#短編

金属の鳥は幸運をはこぶか。

金属の鳥は幸運をはこぶか。

 僕がデスクに戻ってくると、彼は窓際の黄色い椅子に座って外を眺めていた。先週から降り続いていた雨が上がり、朝から雲ひとつない穏やかなお天気だった。中庭を囲むように正方形のドーナツ型をした建物は、お昼前後になるとどこを見渡してもすっきりと明るく、窓ガラスはキラキラ光る。景観を壊さないように外側からは透明に映る素材で作られた中央廊下は、人が歩くとまるで魚が薄水色の水面を泳いでいるみたいだ。それが一番良

もっとみる
短編小説_プレゼントはいりません。

短編小説_プレゼントはいりません。

 朝起きると、ベッドサイドに見覚えのある箱があった。

 サンタクロースかな、と考えて自分の歳を思い出す。29歳の私の靴下にさえプレゼントが放り込まれるなら、サンタさんもいよいよ2、3年以内に破産することだろう。

 手触りの良い黒いベルベット張りの小さな箱をそっと手に取る。振ったり揺すったりなどしなくてもわかる。中身は光り物だ。しかも、おそらく誰かさんの給料三ヶ月分の。

 私はベッドから起きだ

もっとみる
【短編小説】圧力鍋の真実

【短編小説】圧力鍋の真実

 貧乏ゆすりで筋肉痛になると知っている人がどれだけいるだろう。

 いつも通り朝7時に目を覚ますが、体を起こそうとすると太ももとふくらはぎに激痛が走る。それは癇癪をおこしたときの娘のように手がつけられないタイプの痛みで、中途半端な態勢に腹筋が先に負けた。

 妻のゆりが「あなた、朝ごはんー」と呼ぶのにも応えられないまま、足の違和感の正体を探る。昨日は気持ちよく晴れた秋の一日だった。

 自宅でPC

もっとみる
欠ける、満ちる、食べる。

欠ける、満ちる、食べる。

中国や台湾では、どこも欠けていない満月を「円満・完璧」の象徴ととらえている。中秋節の満月の日に、家族が日本の正月のように集まり、食事をしながら満月に見立てた丸い月餅というお菓子や、文旦という果物を食べる習慣がある。
引用:https://www.gldaily.com/inbound/inbound2611/

***

理由なき否定ほど、腹の立つものはない。

結婚前に勤めていた職場の上司は「な

もっとみる
透明になったFくんと見つからない25巻のこと

透明になったFくんと見つからない25巻のこと

※ホラー短編です。あまり明るい内容ではないので、気分の優れない方はご注意ください。

✳︎✳︎✳︎

静かすぎると、どこからともなく金属を撫でるような音が聞こえてくるよね。

Fくんは言った。

四畳半の手狭な部屋は、ぼくとFくんが寛ぐと足の踏み場もなくなってしまう。くたびれたクッションに乗せた腰は、伸ばすとギリギリと音を立ててしなった。

乱雑に積まれた漫画の塔は今にも崩れそうで、触れないように

もっとみる
圧力鍋の真実。

圧力鍋の真実。

貧乏ゆすりで筋肉痛になると知っている人がどれだけいるだろう。

いつも通り朝7時に目を覚ますが、体を起こそうとすると太ももとふくらはぎが拒否する。

妻のゆりが「あなた、朝ごはんー」と呼ぶのにも応えられないまま足の違和感の正体を探るが、昨日はよく晴れた一日なのに一歩も外に出なかったという罪悪感しか思い出せない。

いや、一度だけ外へ出た。ベランダに出て一本だけタバコを吸った。気分転換のために手を出

もっとみる
物足りなさを分け合って。#文脈メシ妄想選手権

物足りなさを分け合って。#文脈メシ妄想選手権

履き慣れない5センチヒールに足がくたくたになった頃、「なんかアイスでも食べなくない?」という彼と休憩がてらにコンビニへ立ち寄った。もうすぐ午後10時を回るコンビニは人気が少なく、店員さんが一人もくもくと品出しをしている。

そのすぐ横を通り抜けて、わたしと彼はアイスのコーナーへ向かう。キンと張り詰めた冷気が漏れ出す棚に手を添えると、アルコールで火照った体が少しだけ冷めていく気がする。

「どれにす

もっとみる
宇宙人襲来の日はベランダで君と遊ぶ

宇宙人襲来の日はベランダで君と遊ぶ

小学生の時に、訳もわからず学校が休みになったことがあった。

大抵は学校の創立記念日だったり、振替休日だったりしたが、僕が聞き逃しただけで先生も言ってたよと友だちに言われた。でものほほんとした僕としては、休みの前にそうやって教えてくれる友人たちがありがたかったから、すぐにまた真面目に話を聞くのを忘れてしまった。

しかし社会人になって早数年、散りかけの桜を眺めながら帰路についていた。時刻は午後三時

もっとみる
次に別れるときは「またな」って言うよ #原稿用紙二枚分の感覚

次に別れるときは「またな」って言うよ #原稿用紙二枚分の感覚

くすんだ緑色のフェンスの前に、千代紙の花で飾り付けられた看板が立っている。「卒業おめでとう」と手書きされた文字は、少し歪んで右に逸れていた。

後輩が書いたんだよ、と遥香が話す。そうなんだ、と返事をして、僕は着古した学ランの横で左手をぶらぶらさせていた。

学校裏の細道に並ぶ桜の木は、まだ満開になりきらないのに、はらりはらりと花弁を手離していた。くすんだカルピス色の空に、渦を巻いた風が薄紅

もっとみる
【短編】幸せは夜とコンビニご飯の間に。

【短編】幸せは夜とコンビニご飯の間に。

「遅くなっちゃったし、今日はコンビニご飯にしよっか」

彼がそう言って上着を着ていた。季節は春、しかし外は肌を刺すような寒さで、買ったばかりの春コートは活躍する場を失いつつあった。

わたしも彼にならって上着を羽織り、スマホ1つだけ持って家を出る。

今は電子決済サービス戦国時代、カードがたんまり入ったお財布を持ち歩かなくても買い物ができる。便利な時代だ。

彼と繋いだのとは反対の手をポケットに突

もっとみる
【短編】女達の戦い、時々ブロッコリー #同じテーマで小説を書こう

【短編】女達の戦い、時々ブロッコリー #同じテーマで小説を書こう

僕の彼女は、スーパーモデルだ。

しがない一般人が何を言う、気でも狂ったのかと思われるかもしれないが、本当のことだから仕方がない。それに僕はスーパーモデルと付き合ったのではなく、彼女がスーパーモデルになったという順番なので、誤解のないように。

しかし彼女が世界に羽ばたくまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。先々に立ちはだかる羨望、嫉妬、足の引っ張り合い。そして行く手を阻む、ブロッコリー。

もっとみる
【短編】売れない画家の青

【短編】売れない画家の青

両の手に鮮やかな原色の絵の具をぶちまけた姿は、さながらエイリアンのようだと時折思う。特に指先から甲にまで流れ落ちた彩度の高い緑は、地球外生命体の血液のようで気色が悪かった。絵を描いていると精神的にも不安定になりやすいので、幾度も鬱々とした気分を繰り返す。なんとも因果な職業だ。

それでも生業に選んだのは、幼い頃の記憶が今でも色濃く残っているせいだろう。共働きの両親が休日出勤のときは大抵祖母の家でお

もっとみる
【短編】ぼくはチチチ星人じゃない

【短編】ぼくはチチチ星人じゃない

「おまえ、チチチ星人なんだろ。だからそんなに耳がとんがってるんだ」

さくら組のゆうせいくんがいった。ぼくは口をぎゅっとさせて「ちがうよ」といったけど、ゆうせいくんは聞いてくれない。

「チチチ星人はにんげんをおそって食べちゃうんだ。だからきゅうたと仲良くしたら、食べられちゃうんだぞ」

ゆうせいくんが大きなこえでみんなにいった。

チチチ星人は、よるにだけしゅつげんするナゾの異星人だ。おひさまの

もっとみる
【短編】パンダにも理由がある。

【短編】パンダにも理由がある。

パンダとしての人生を全うすべく、わたしは日夜研究に励んでいる。

自分がパンダだと気がつくまでに、随分と時間がかかってしまった。わたしは人間の手によって取り上げられ、人間に囲まれて育ったせいで長いこと自分を人間だと信じ込んでいた。

今にして思えば、人間たちとわたしとでは大きな隔たりがあることにも、恥ずかしながら気付かずにいた。人間は二足歩行なのに歩くわたしの足は四本で、肌がスベスベなのも足の裏く

もっとみる