(小説)「好きなことで、天下獲る」~もし戦国武将が、動画投稿者だったら~
時は映像戦国時代。各地の有力動画投稿者たちが、日々鎬を削りながらコンテンツを発信し続ける時代である。
俺の名は織田信長、現代の動画覇権争いの戦禍にて立つ、「下剋ジョーブログ!」を掲げる動画投稿者だ。
一昔前までは、「炎上系投稿者」として名を馳せていた。
しかし、最近になってどうも視聴回数の伸びに陰りが出てきたようである。
これは由々しき事態だ。
「好きなことで、天下獲る」を謳うこの時代において、視聴回数の減少はすなわち、天下布武への道が遠のいていくことを意味する。
何としてもこの苦境を打開せねばならない。
しかし、何が問題なのであろうか。
もちろん俺とて、好きで突拍子もないことをしているわけではない。
だが、炎上するということは、良くも悪くも注目を集めることである。
そして民は、普通の者ができないようなことを、平然とやってのける姿にシビれたり、憧れたりするのだろう。つまり俺は世間の憂さ晴らし代表者でもあるのだ。
俺のチャンネルで、特に伸びがよかったのは、「父親の葬儀に私服で駆けつけてみた!」である。文字通りの内容だ。
しかし、撮影者の蘭丸が「刺激が足りない」というもんだから、焼香を鷲掴みにして、仏前に投げつけた。
もちろん大炎上したが、一方で「こいつ大物になるよ」という称賛の声も上がったから、この世は分からぬものである。
もしくは「【炎上確定!?】西本願寺焼き討ちしてみた!」である。
しかし、あまりに過激すぎたためか、全国で賛否両論の大波紋を呼んだ。
内容は悪質な手口で、民衆を騙くらかしていた、マルチ系投稿者の西本願寺チャンネルに対し、大量のスパム報告と、アンチコメを送り、完膚なきまでに責め潰し、チャンネルの永久凍結にまで追い詰めたという内容だ。
しかし、蓋を開けると問題発言のオンパレード。さらには、西本願寺信者たちから、過去の炎上案件を掘り起こされ、自分も相当な被害に遭うという始末であった。
思えばあの動画を境に、チャンネル登録者数と視聴回数が大きく減少し始めたようだ。
炎上すれば伸びると考えていたのは、いささか浅はかであったか。
しかし、ここまで築き上げてきたアイデンティティーを、失うわけにもいかないのだ。
本当は俺だって、「踊念仏踊ってみた」とか、「敦盛吟じてみた」とかやってみたいのである。
しかし、今の今まで荒れ狂ってきた俺が、急にそんな動画を上げたとてどうなる。
嘲笑され、しかる後炎上するのが関の山であろう。
だが、追い詰められた今、最近急速に登録者数を伸ばしている他のチャンネルを、参考にするほかあるまい。
後輩に学ぶのは屈辱的だが、背に腹は代えられぬ。
登録者数はすなわち国力。ファンを増やし、安定的に視聴回数を増やし、この戦国時代の頂点に踊り立ってみせるのだ。
——そうすれば、本当に好きなことをしても炎上することなく、「是非もなし」と受け入れられるのであろう。
〇
『さぁー始まりました! 豊臣秀吉の「とよちゃんねる!」草履取りから大出世へーーん!』
俺は研究を始めることにした。
まずは、豊臣秀吉の「とよちゃんねる」。
元々、農民だったにも関わらず、仕事を取り、部下を持ち、出世した男、豊臣秀吉。そんな彼が、自分の半生を語りながら、人生のヒントとなる情報を発信しているチャンネルだ。
『サルでも出世!』
やかましいわ。
こやつをサルと名付けたのは俺である。俺のチャンネルのオフ会に、参加していた一人であった。
その時俺はまだ人気の絶頂期で、こやつのことなど歯牙にもかけていなかった。
しかし、頭の回転の速さと、人の良さで、瞬く間にチャンネル登録者数はうなぎ登り。今では、たくさんの足軽や農民たちを中心に、絶大な人気を誇っている。
元農民から武将へという、下剋上的人生が特に受けるのであろう。
最近はこういう、“意識高い系チャンネル”の人気は高まっているようだ。
しかし、間違った方向に意識高めがちな俺は、空回りする可能性がある。今回は置いておこう。
〇
『まあ、おじさんがただ焼酎飲みながら、喋るだけの動画なんですけど(笑)』
同じ意識高い系チャンネルであれば、この明智光秀のライブ配信だろう。
こやつの動画というか、ライブ配信も最近急速に伸びてきている。
内容はどこか冷めた明智光秀が、視聴者の質問に酒を飲みながら答えていくだけのチャンネルだ。
『問:みつひでさん、私は農民なのですが、いずれは出世して大地主になりたいです。どうしたらなれますか?』
『……えっとまず、こんなところに百文支払っている時点で、頭悪いと思うので、それを自覚した方がいいですよ。はい、すみません』
と笑いながら答える光秀。いや、あんまりだろう。
なぜ、たった問答だけで、こんなにも伸びるのか。身体を張っている自分が阿保らしくもなる。
これは口喧嘩が強く、聡い明智光秀だからこその魅力であろう。飄々としながら正論を語る姿が単純に面白いのだ。
俺もこいつにはコメント欄で散々泣かされてきた。大抵俺のチャンネルが炎上するときは、こいつが先陣を切っているのだ。俺のことが嫌いなのだろうか。
〇
その後も俺はたくさんの投稿者の動画を見漁った。
油商から大名へ成り上がった斉藤道山が、現代の足軽へ喝を下す自己啓発系チャンネル「マムシちゃんねる」。
最近はこういうものばかりだ。義父であるマムシの道山には、世話になっているゆえに、余計に真似はできない。
細川忠興、ガラシャのカップル系チャンネル「ただシャちゃんねる」。
妻の帰蝶とのアツアツな動画など、それこそマムシの道山に焼かれるか、毒を盛られるか、揚げられる、油で。
四国の開拓者、長宗我部元親の「モトチのソロキャンプ」。
開拓者もこじらせると引き込もりになる、という訓戒を匂わせるチャンネルだ。しかし、ついつい見てしまう魅力がある。
しかし、俺がキャンプでもしようものなら、夜討ちに来たと勘違いされそうだ。世知辛い。
毛利元就の「三本の矢教室」も見てみた。実にお堅い教育系チャンネルだ。自由奔放に生きてきた俺には、語れる教訓などありはしない。
「いつも心にずんだ餅!」が決め台詞である、伊達政宗の「独眼竜血風譚」は、伊達政宗が地元仙台の名所や、グルメを紹介するだけの動画だ。完全に名前負けである。
しかし、主に女性からの人気が厚い。理由は簡単。顔が良いのだ。
顔が良ければ意味の分からん台詞も、途端に輝きを帯びてくる。これも一種の才能だ。そして残念ながら、俺には持ち合わせていないものだ。
ああと叫び、俺は床へ寝転んだ。
どれも参考になりそうで、実は何も参考にならない。
どの動画もみな一人一人の、個性を活かした内容になっている。何よりも、本人たちが楽しそうだ。
俺は心から投稿を楽しんでいるのだろうか。
初めて投稿をしたあの日の感動は忘れない。たった数回の視聴回数でも、自分が世間に名を挙げたような感覚になって心地よかった。
しかし、次第に人気が出始めてからは、いかに登録者数を伸ばすか、再生回数を伸ばすかだけに捉われるようになった。
何が「好きなことで、天下獲る」だ。
気付けば、がんがらめに縛りつけられて、大切なことすら忘れていたようだ。
こんな俺に動画を撮る資格などないのだろう。
——ここらで潮時か。
PCを閉じようとした時、ふと一本の動画が目に入った。
〇
「【戦友とコラボ】甲斐越前の龍虎でほうとう作ってみた」
こ、これは……。
甲斐の虎と呼ばれ恐れられている、武田信玄公のチャンネル「風林火山絵巻」である。
戦友とコラボということは……。
『本日のゲストは、はいドーン! そう、上杉謙信である!』
『よもや私が、お前とコラボするときがこようとはな。信玄』
『まったくだ、では今回は、地元の名物ほうとうを作っていく……。む、不覚。塩を忘れたか……』
『信玄よ、こんなこともあろうかと、持ってきているぞ。塩』
『なんと! さすがは敵に塩を送る男、謙信であるぞ!』
これが戦国ジョークというものか。
『それではこいつと作っていくぅ~』
俺は夢中でその動画を観ていた。
動画の中では、昨日の敵も友になる。笑顔と優しさに溢れる世界がある。
それを生み出すのは、このお二方の並々ならぬ民への想い。民を楽しませたいという想いからなのだろう。
そうだった。俺も誰かを楽しませたくて始めたのだ。
この世の中に一泡吹かせたくなって、途中で道は誤った。しかし、今もその気持ちは尽きていない。いつだって戻れるはずだ、純粋な気持ちで撮影していたあの頃に。
俺は、すぐさま撮影機材を準備し、撮影場所に向かった。
場所は本能寺。撮りたい内容はもう決まっている。ずっと温めてきた「好きなこと」だ。
叩かれようが、笑われようが構わない。
——ここからが俺の本当の天下布武なのだ!
〇
——そして数日後、織田信長の「下剋ジョーブログ」に、一本の動画が投稿されました。
タイトルは、「本能寺で『敦盛』踊ってみた!」
『……人間五十年 化天の内を比ぶれば……♪』
と、文字通り信長が敦盛を、吟じ、踊るだけの動画でした。
それを視聴した光秀のコメント。
『……何だろう。下手なのに踊るのやめてもらっていいですか?』
ちなみに、当然炎上しました。
火を放ったのはやはり光秀です。
しかし、当の信長の表情は、晴れやかでした。
自分のずっとやってみたかったことを実現した喜びは、挑戦は、成果を結ぶことがなくとも、自分にとって大きな財産となる。彼はそう教えてくれているのです。
さあ皆さんも、明日から、自分の「やりたいこと」にチャレンジしてみましょう!
それこそが「好きなことで、天下獲る」時代で、幸せに生きるヒントなのかもしれません!
以上で、本日の豊臣秀吉のとよちゃんねる、「本能寺の変」を終わります!
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パタンとPCを閉じ、彼は机へ向かった。
動画界は既に飽和状態。新たなコンテンツを生み出さなければ、天下など遠い夢だ。
過去を語る動画ばかり見ている場合じゃない。未来の夢を考えようじゃないか。
彼はそう微笑みながら、机に広げた紙に様々な構想を練り始めた。
彼の名は徳川家康。後に天下を獲る男である。
あとがき
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
こんな変なものを読んでいただき本当に感謝です。
この物語は、「もし戦国武将がYoutuberなら」という昼休みの浮かれた脳で思いついた、地に足のついていない話です。
たまにはこんな、阿呆な小説まがい物を書いてきたいと思います。
このお話が少しでも皆さんの笑顔に繋がれば幸いです。
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ではまた!
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