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『「約束の夏休み」~ミッション変更、四人そろって仲良くなろう大作戦~』<4>

★この物語は「図書室のない学校」シリーズ第4弾です。(語り・瑞木刑事こと瑞木颯太)★

 「マジかよ…」
オレは目の前に秋音が二人現れて言葉を失ってしまった。本当なら芥川先生と出会えた喜びを一番に噛みしめる予定だったのに。喜びよりも驚きが勝った。

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 さかのぼること去年の秋、芥川先生とオレはライトスクールで出会った。オレは刑事を目指していて、芥川先生から悩み事相談をされた。夏休み明けから友達の様子がおかしいと…。同じくオレのクラスにも夏休み明けから変わってしまった友達がひとりいたから、オレたちは冗談交じりに、でも半分本気でこんな推論を立てた。
「ハルトくんとアキトは入れ替わっているんじゃないか。」と…。でもまさか双子じゃあるまいし、そんなことできるわけないよねって、じゃあ真相をはっきりするためにも来年の夏休み四人で会おうって約束したわけだけれど…。

 本当に顔が瓜二つだった。背丈も声も何から何まで同じで見分けがつかない。
「えっと、初めまして。春音くん、オレは瑞木颯太(みずきそうた)です。瑞木刑事って呼んでね!刑事目指しているから。」
何とか驚きを抑えて、春音くんに自己紹介した。
「初めまして。颯太くん…じゃないや。瑞木刑事。こちらはボクの友達の柳木陽多(やなぎはるた)くん。よろしくね!」
「初めまして…と言いたいところだけど、芥川先生とはもう知り合いなんだ。なんだ、先生って柳木陽多っていう名前だったんだ!オレは芥川先生の方がしっくりするよ。」
「えっ、何?二人はもう知り合いだったの?久しぶり、春音。よろしく颯太くん。」
秋音がようやく会話に交じってきた。
「ゴメン、春音くんには言わなかったけど、ライトスクールで知り合った友達なんだ、瑞木刑事って。それからはじめまして、秋音くん。ほんとにそっくり…。」
芥川先生も秋音と春音くんが似ていることに驚きを隠せない様子だった。
「何だ、二人とも知り合いなら最初から教えてくれれば良かったのに。ボクちょっと心配してたよ。仲良くなれるかなって。」
「そうだよな、春音とオレは知り合いだけど、陽多くんはなじめるかなって少し心配してたよ。何しろずっと東京育ちなんでしょ?こんな田舎で大丈夫かなって。てか何で芥川先生なの?颯太。」
「芥川先生と春音くんはすぐに瑞木刑事って呼んでくれたのに、おまえはいつまで経っても颯太って呼ぶよな。いい加減、刑事って呼んでくれよ…。芥川先生ってのはライトスクール上でのニックネーム。」
「そうだったんだ。ボクも秋音くんもライトスクールは登録していないから、全然知らなかったよ。いいね、芥川先生って。」
春音くんは芥川先生が執筆していることを知っているのだろう。すぐに芥川というニックネームを受け入れた。
「おまえらもライトスクール登録すればいいよ。けっこう楽しいところだぜ。なぁ、芥川先生。」
「うん、でもボクは瑞木刑事と知り合って、メール交換してからは他の人とは関わっていないんだけどね。」
「そっかーこうして遠くの同級生と知り合えるなら、自分の世界が広がって楽しいかもしれないね。」
春音くんは理解を示してくれた。
「でも、オレはそういうの面倒だな。リアルで出会った子たちと仲良くなればいいだけじゃん。」
秋音はインターネット上での出会いには興味がないらしい。

 秋音とオレは去年の夏休み前まではそれほど友達らしい友達ではなかった。けれど二人とも社交的な方だから、誰とでもすぐに打ち解けられる。仲良くなれる。でもそのせいか、親密に関われる親友らしい親友はいなかった。

 秋音はお母さんの仕事の都合で転校することが多くて、いつもその場限りの友達を作っていたのだろう。本人から聞いたわけじゃないけれど、きっとあまりにも仲良くなったら別れがつらいから、社交的な反面、一定の距離もとっているのだと思う。だから友達が多そうに見えて、孤独な子だ。

 それはオレも同じで、オレは引っ越しの経験はないけれど、刑事を目指しているから、なるべく多くの人と関わりたいと思っている。リアルの学校でも、ライトスクールでも。多くの人たちの考えに触れて、悩み事やみんなの心を理解できる人間になりたいと思っているから。だからそのせいか親友と呼べる子はいなかった。でも芥川先生と出会って、ネット上で会話し続けていて、何となく彼とは親友になれた気がする。芥川先生がどう思っているかは知らないけれど、オレは親友だって思っている。

 芥川先生の疑問を解決するためとは言え、夏休み後の去年の秋頃からは秋音と親しくなるため、一方的に急接近した。最初は少しうざがられたけれど、今じゃあ秋音とも親友になれた気がする。六年生になって、くじ引きで負けたからじゃなくて秋音が図書委員に自ら挙手した時、オレもすかさず図書委員になることを決めた。委員会も一緒にやっていれば、距離を縮められる気がしたから。

 六年生の夏休みの約束を果たすため、オレは健気に努力を重ねていた。まず、春音くんとも自然に出会うため、本好きになったフリをした。夏休み明けから秋音が本を好きになっていたから、仲良くなるためには同じ趣味を持てばいいだろうと本当は興味なんてない読書をし始めていた。

 冬休みが明けて、秋音と再会したら、また少し驚かされた。夏休み前の秋音の趣味に戻っていたから…。またギターの話ばかりしている。冬休みの間に春音くんから返してもらってまた音楽に戻ったのか。でも音楽だけじゃなく、真面目に読書もしているし、図書委員の仕事もがんばっていた。何というか、夏休み前の秋音と夏休み後の秋音を足して二で割ったような性格の秋音になっていた。まぁ、オレたちは思春期だし、体もどんどん成長しているし、声変わりが始まったやつもいるし、性格が変化するのは当然かと、オレはどんな秋音でも受け入れようと思った。友達なんだし。

 同じ頃、芥川先生からも同じようなメールが届いた。
「瑞木刑事、冬休みが明けたら、春音くんが、また夏休み前までの春音くんに戻った気がするんです。ギターは持って来なくなったし、読書ばかりしているし…。でも音楽にはまだ興味があるみたいで、ボクにピアノ習っているなら、今度聞かせてとか本以外にも興味を示して。夏休み前の春音くんに戻ってくれて、うれしいはずなのに、何だか少し寂しい気もするんです。冬休み前にやっとギター好きの春音くんとも仲良くなれた気がするから。おかしいですよね、悩み事は解決したはずなのに、また悩むなんて。」
どうやら春音くんも元の性格に戻ったらしい。まぁ、無理もないだろう。ギターを秋音に返してしまえば、元の趣味に戻るのも。
「人間って不思議な生き物で、貪欲な生き物で、取り戻したはずなのに、それじゃあ物足りないってことはよくあることなんだよ。と元刑事が書いた本で読んだ気がする。だからその芥川先生が元の春音くんが戻って来てくれてうれしいという気持ちも冬休み前の春音くんがいなくなって寂しいって気持ちもどっちも大切にすればいいよ。そんなずっと変わらない人間なんていないからさ。生きている限り、悩み事は尽きることはない。だからオレがいるんだよ。刑事としてまたその悩みを解決してあげるから。」
なんてちょっと偉そうなメールを返信したりした。だから来年の夏休み、四人で会う約束は実行することにした。性格が元に戻ったようだからそれで解決、おしまいじゃなくて、芥川先生がもやもやを抱えているうちは助けてあげたいし、何よりオレが芥川先生に会いたいし、春音くんにも会ってみたいと思ったから。

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 「まぁとにかく、やっと四人揃ったことだし、これから一週間楽しもう!」
春音くんのおじいちゃんが四人で泊まれるようにと、部屋を貸してくれた。これはある意味、林間学校みたいなものだ。夏休みの合宿というか。

 春音くんは自分のおじいちゃんの家だから、安心できるし、秋音とオレは近所だし、なじめるか心配なのは東北に来るのは初めてだという芥川先生だけだ。でもオレの不安をよそに、芥川先生は春音くんのおじいちゃんの家をすぐに気に入った。
「こんな趣のある家は初めてだよ!いいな、こんな家で暮らせたら。執筆がはかどりそう。季節感も感じられるし、なんか東京のボクの家にいるより、良いものが書けそう!」
外ではセミたちが鳴いている。庭にはヒマワリも咲いていて、まぁたしかに季節は十分感じられる。ずっと田舎育ちのオレからすれば、都会に憧れるけれど。だって夏は蚊に刺されるし、冬は寒いし、遊園地もゲームを買う場所も遠くの街まで行かないとないくらい、何もない所だし。
「気に入ってくれてうれしいよ、時間ある時、ほんとにここで書けばいいよ。でも執筆目的じゃなくて、今回は四人で遊ぶことが最優先だけどね。」
春音くんが笑って言った。
「そうそう、書くのもいいけど、まずは何でも体験しないと!オレたち夏休みを満喫するプランをしっかり立てたから。スケジュールはぎっしり。書いてる暇なんてないよ。」
それぞれ部屋に持ち込んだ荷物を整理して、急いでセミたちの声が響く山の中に飛び込んだ。

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 「まずは、秋音の秘密基地紹介!」
「オレは嫌だって言ったんだけど、颯太がどうしてもって言うから…。そもそも秘密基地に誰でも入れてしまったら、秘密じゃなくなるだろ。春音とは去年ばったり山で会ったから仕方ないけど、颯太は強引に秘密基地にくっついて来たよな。陽多くんにも教えることになるとは…。」
なんてぶつぶつ文句を言いながらも、案内してくれた。
「いいじゃん、四人の秘密基地にすればいいんだからさ。他の人たちに教えない、四人だけの秘密。あ、オレは捜査拠点にも使わせてもらうつもりだけど。」
「何の捜査だよ。」
「事件とか、迷宮入りしそうな悩み事とか?」
「瑞木刑事はほんとに刑事になりたいんだね。すごいな。」
秋音にはいつもバカにされるけれど、春音くんは褒めてくれた。
「二人とも仲良いんだね。」
芥川先生にオレと秋音も仲が良いってアピールしておけば、秋音に春音くんをとられるとか余計な嫉妬心は無くなるだろうと思っていた。

 「秘密基地というか、ここはまぁギターを練習する場所なんだけどさ。家じゃあ近所迷惑になるでしょって母さんに止められているから。」
秋音がギターを弾き始めた。
「秋音くんのギター、生で聞くのひさしぶりだから、なんだかうれしいな。」
「四人で聞ける日が来るとはなー」
「良い曲だよね、『世界の約束』。」
「父さんも喜んでくれていると思うんだ。みんながこの曲を気に入ってくれて。」
セミの声と秋音のギターの音色が共鳴して、木漏れ陽が揺らめいている気がした。時折、爽やかな風がすーっとオレたちの側を通り過ぎていった。心地良い時間が流れた。
「オレさ、父さんの曲に負けないくらいの名曲をいつか作曲してやるって決めてるんだ。そしてプロのミュージシャンになる。」
秋音は木々の間から射し込む陽射しを見つめて言った。
「ボクはできれば小説家になりたいな…。誰かにボクの本を読んでもらいたい。」
「ボクは、本に関われる仕事がしたい。図書室とか図書館で働く司書さんにも憧れるけど、本屋さんや出版社で働くのもいいな。」
「オレはもちろん刑事!もう刑事になるって決めてるから。物心ついた頃から。死んだじいちゃんに負けないくらいの刑事になる!」
「おじいちゃん亡くなっているの?」
春音くんが尋ねた。
「うん、オレのじいちゃんはオレが生まれる前に殉職してしまったんだ。」
「そうなの…。おじいちゃんに会ったことがないなんて、寂しいね。」
「寂しいけど、刑事になれたら、じいちゃんの気持ち分かる気がするんだ。だから刑事になる!死んだじいちゃんに会える気がして。」
「瑞木刑事なら、きっと刑事になれるよ。だってボクの悩み事も解決してくれたもの。」
「てかさ、刑事っていうより探偵みたいなことばっかりしてるよな。何かあれば事件だ事件だって。」
秋音がからかった。
「いいじゃん、探偵刑事(デカ)とかってドラマになりそうで。」
「四人の夢、叶うといいよな。」
小学六年生のオレたちは無邪気に将来の夢を語り合う余裕があった。まだ大人の世界を知らない、現実社会もよく知らない、口に出せば何でも叶うと信じられる純粋な心を持った子どもたちだった。

 春音のおじいちゃんはオレたちを楽しませようと、食事にも気を遣ってくれた。はるばる東京から来た二人を喜ばせようと、田舎ならではの食事になるように工夫してくれた。流しそうめんにバーベキュー、スイカ割りに、それからおじいちゃんの畑で採れた新鮮な野菜を使ったサラダに、手動かき氷機まで用意してくれて、かき氷もご馳走してくれた。田舎暮らしのオレたちはそんな珍しいものではなかったけれど、芥川先生はすべてが物珍しいらしく、ネット上とは違って、ハイテンションだった。
「春音くんはいいね、こんな素敵なところにおじいちゃんが住んでいて。」
「本当は一緒に住めたらいいんだけど、おじいちゃん、ここから離れたくないらしいから…。」
春音くんはお母さんを亡くしていて、秋音はお父さんを亡くしている。二人とも寂しいだろうな。二人きりの生活なんて。オレの家はじいちゃんは亡くなっているけれど、ばあちゃんもいるし、兄弟も両親もいて、時々うるさく感じる家族だけど、恵まれているのかもしれないと思った。
「オレは引っ越しとか転校が多いから、同じ場所で暮らしたいって春音のじいちゃんの気持ち、分かる気がするな。」
秋音がぽつりと呟いた。

 楽しい食事の後は、庭に出てみんなで花火をして遊んだ。縁側で「火に気をつけて。」と春音のおじいちゃんがニコニコ微笑みながら、オレたちを見守ってくれた。
「こういう時はまずは打ち上げ花火からだろ。」
家庭でできる打ち上げ花火に火をつけた。
「ちょっと怖いなーこんなところで上げて大丈夫なの?」
芥川先生は少しビビっていた。
「大丈夫、大丈夫、田舎の庭じゃ普通にどこでもやってるよ。」
空中で火花が飛び散って、一瞬のうちに消えてしまった。
「あっという間だよな、花火って。」
くすぶった煙の余韻が侘しい。
「今度、夏祭りでもっと大きい打ち上げ花火あるから、一緒に見ようぜ。」
「夏祭りあるの?」
「うん、もうすぐ。神社にたくさん屋台も出るよ。」
「いいなぁ、行ってみたい!」
芥川先生が花火と同じくらい目をキラキラ輝かせた。
「四人で行こうぜ。」
「その前に、まずはこの花火。」
みんなでそれぞれ好きな花火に火をつけて、はしゃぎ合った。花火なんて別に珍しくない。オレの家では兄弟でしょっちゅう遊んでいるし。でも、この四人で花火ができたことが無性にうれしくて、なんだか切なくなった。きっと秋音のお父さんの曲のせいだ。夏の花火がこんなにセンチメンタルな気持ちになるなんて、知らなかった。最後にみんなで線香花火をした。春音くんのおじいちゃんも交じって。

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 秋音の秘密基地のある春音くんのおじいちゃんの山で昆虫採集したり、山間を流れる沢で沢ガニを捕ったり、水面に石を投げて誰が一番遠くまで弾ませることができるか挑戦したり。ギターで指を鍛えているし、これはピックを使うのと同じ理屈だとか言って、秋音が一番上手だった。近所の駄菓子屋にも行ったし。それからバスで一番近くの海に行って、みんなで泳ごうと思ったんだけれど、東京組みの二人とそれから秋音も泳ぎは苦手だということで、結局オレひとりで泳いだ。三人は子どもみたいに砂浜で砂のお城を作ったり、貝殻を拾ったり、水平線に沈みゆく茜色の夕日を眺めたりしていた。色白だった芥川先生や春音くんもすっかり日焼けして、なんだか少したくましくなったように見えた。

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 あいにくの雨の日は真面目に夏休みの宿題にも取り掛かった。
「そういえばさ、陽多くんっていろいろ書いているんでしょ?読ませてよ。」
秋音が芥川先生の作品に興味を示した。
「そうそう、読ませてもらう約束だった、夏休みの宿題をまず見せてよ。」
「夏休みの宿題なの?」
春音くんが不思議そうに言った。
「そう、オレたちにはオレたちだけの宿題があって、ほらこれが、去年芥川先生から指示されて書いた好きなモノ感想文。刑事について。」
オレたちは二人が書いた作品をみんなに見せた。
「へぇーすごいじゃん。本がそんなに得意じゃないオレでもすんなり読めるよ。陽多くんの作品。」
秋音はこれがあの時書いていた作品か…とかぶつぶつ言っていた気がする。
「瑞木刑事の好きなモノ感想文も素晴らしいよ。」
さっそく読んでくれた春音くんが感心してくれた。
「ボクも負けないで書かなきゃ。今年こそ、昆虫について書くんだ。」
「オレも、読書感想文がんばるんだ。何かお勧めの本ある?春音。」
秋音は去年に引き続き、読書感想文に気合いを入れていた。やっぱり一度、賞状とかもらってしまうと、次もがんばろうって思えるんだろうな。オレも今年はがんばってみようかな。何しろ図書委員だし。
「ボクも今年は自分が書いた作品についてじゃなくて、売っている本を読んで感想を書こうと思ってたんだ。書こうと思ってて、読み終えた本、持ってくるの忘れちゃった。」
「じゃあさ、これから学校の図書室に行って、みんなで本借りない?」
「図書室?」
芥川先生は図書室を知らない様子だった。
「ボクも去年初めて秋音くんに連れて行ってもらったけど、素敵なところだよ。図書室。学校の中に図書館があるんだ。」
「よし、決まりだな、これから四人で行こう。」
雨脚が弱まっているうちに、オレたちが通う小学校に四人で忍び込んだ。

 「うぁーすごい!本当に図書館だ!」
「去年の春音と同じリアクションだな。」
たかが図書室に驚いて喜んでいる芥川先生に、秋音がくすくす笑っている。そんなに図書室って珍しいものなのかとオレも不思議な気持ちになった。
「芥川先生が読んだって本もあるかな?」
「うん、大丈夫、ここにあったよ。良かった、これで宿題ができる。」
「ボクも昆虫の本借りていいかな…」
「もちろんいいよ、オレたち図書委員だから!」
「でも司書の先生もいないのにいいの?」
「いいって、別にあげるわけじゃなくて、貸し出すだけで、ちゃんと返却しておくし。」
「春音くん、読書感想文書きやすそうな本、オレにも教えて!」
「オレは今年はこの本で読書感想文を書いてみよう。」
オレたちはそれぞれ好きな本を選んで、こっそり借りた。春音くんの分は秋音の名前で、芥川先生の分はオレの名前で。夏休みだからひとり五冊まで借りられる。図書委員だと別にいつでも借りられるかとのんきに過ごしていたけれど、図書室のない学校に通う二人のおかげで学校で本が借りられるってこんなに楽しいことなのかって初めて気付いた。図書室のある学校で良かった、図書委員で良かったって思えた。

 こうしてオレたちは山や海で着実に遊びつつも、夏休みの宿題もしっかりこなすという、遊び人でありながら優秀な小学六年生の夏休みをエンジョイしていた。すべてが順調に進んでいる気がした。良い思い出しかできそうにないと思い込んでいた。

 でもある夜、雷鳴で目が覚めたら、秋音と春音くんが何やら言い争っているのを目撃してしまった。
「言った方がいいよ。」
「いや、言わない方がいい。」
「せっかく仲良くなれたのに、裏切るようなことは黙ってた方がいいに決まっている。」
「でも、本当のことを言わない方が裏切ってる気がするんだけど。」
雷がうるさくて所々しか聞こえなかったけれど、何かもめている様子だった。いつも仲の良い二人でもケンカすることもあるんだなとそれくらいしか気に留めず、また眠りに落ちてしまった。

 翌朝になっても、二人は気まずく、重い空気が漂っていた。
「何かあったの?」
何も知らない芥川先生が心配した。
「まぁ、どんなにそっくりな二人でもケンカくらいするよな。」
「二人には関係ないから。」
「おまえ、そういう言い方は良くないだろ。」
また二人して言い争いが始まってしまった。
「何かあったのかい?ほら、今日から神社に屋台が出るから、これで楽しんでおいで。」
春音くんのおじいちゃんがオレたちにお小遣いをくれた。やさしいおじいちゃんだと思った。オレのじいちゃんが生きていたら、こんな感じだったのかな…。春音くんがうらやましいな。
「ありがとうございます!そうだよ、みんなで、早く神社に行こう!」
オレたちは屋台が立ち並ぶ、近くの神社に足を運んだ。
「すごいなーこんな風情のある夏祭りは初めてだよ。」
芥川先生は趣とか風情とか小学六年生らしからぬ言葉遣いを時々していた。それがなんだか微笑ましかった。
「こんなの、毎年恒例の夏祭りだよな、秋音。」
オレが気を遣っても、秋音も春音くんもそっけない。
金魚すくい、射的、りんご飴に綿菓子…。甘い物ばかりで口の中が甘ったるくなったから、焼き鳥も買った。うちのばあちゃんが用意してくれた揃いの浴衣を着たし、夏祭りを楽しめると思っていたのに、秋音と春音くんの仲はなかなか取り戻せなかった。芥川先生が隣で少し寂しそうな顔をしている。刑事だから、なんとしても解決させたい。
「よし、これからあのお化け屋敷に入ろう。」
子供だましだろうけど、お化け屋敷のコーナーもあった。
「二人一組らしいから、オレは芥川先生と一緒に入る。秋音は春音くんと入れよ。」
怖がりな芥川先生はキャーキャー騒いだ。一方の二人はというと、出口から出て来ても、しらけたままだった。楽しいはずの夏祭りがこれでは台無しだ。せっかくすべてが順調な約束の夏休みを過ごせていたのに…。

 その晩、芥川先生とオレは二人が寝静まった後、二人だけで庭に出て話しをした。
「二人を仲直りさせたいよね…。」
「だよな。もう二日しかないし。帰る前になんとかしたい。何があったんだろう。」
庭に出るとこんな時期には珍しい、一匹の蛍がゆらゆら光ながら近づいてきた。
「これって蛍?」
「蛍だな。八月下旬に蛍なんて珍しいよ。普通は七月上旬にしか見られないんだ。」
「そうなんだ、ボク蛍って初めて見たよ。キレイ…。」
その蛍はオレたちの目の前でしばらくの間光っていたけれど、いつの間にかいなくなってしまった。
「そう言えば、二人の去年の夏休みの秘密を探るのが目的のはずだったんだけど、何かそんなことはどうでも良くなってきたよ。」
「たしかに。別に二人が去年の夏休みに本当に入れ替わって過ごしていたとしても、そうじゃないとしても、どっちでも良くなったよ。ボクさ、春音くんのことはもちろん好きだけど、秋音くんのことも大切な友達って思えるんだ。不思議なんだけど、初めて会った気がしないっていうか、ボクの書いた『約束の夏休み』って作品を読んでくれて、喜んでくれた時、うれしいなって思って。なんか懐かしい気がした。不思議な感覚なんだけど、ずっと会いたかった人に再会できた気がしたんだよね。もちろん瑞木刑事ともだけど。四人で会えたことがうれしくて、秘密とかそんなのどうでも良くなった。春音くんの違和感なんて吹き飛んだよ。」
「オレも同じ。刑事として迷宮入りはさせたくない気もするけど、でももしかしたら知らない方が良いこともあるのかなって。暴かなくてもいい秘密ってあるのかもしれないなって思った。春音くんと初めて会ったはずなのに、同じく再会した気持ちにもなったよ。不思議なやつらだよな、あいつらって。だからこそなんとかしてやりたい。」
オレたちはもう去年の秋に真面目に悩んだ問題なんてどうでも良くなっていた。せっかく友達になれたんだから、笑ってまたねって言って約束の夏休みを終わらせたいと思った。
「明日、花火大会があるから、その時までにオレが何とかするよ。」
「ボクにできることがあれば、何でも言ってね。」
オレたちは二人の秘密を探る作戦から、二人を仲直りさせる作戦に軌道修正した。

 いろいろ試行錯誤してみたものの、花火の夜までに二人を仲直りさせることはできなかった。思春期って面倒だなと思った。ついこの前まで仲良しでも、ちょっとしたことがきっかけで口を利かなくなったりするんだから。これが長引くともう絶交なんてこともあり得なくもないよなと、こじらせた二人を早く仲直りさせようと必死だった。

 何とか花火が見えやすい小高い丘まで四人で行くことができた。二人は無言のまま、よそよそしい態度で少し離れて歩いている。
「おい、お前ら、いい加減にしろよ!オレたちいつまでも一緒にいられるわけじゃないんだから、今仲直りしないと、一生会えなくなるぞ!」
やさしくなだめていたオレもとうとう堪忍袋の緒が切れた。隣で芥川先生が今にも泣き出しそうな顔をしている。
「二人に何があったか知らないけど、オレたちのことも考えてくれよ。芥川先生なんて、ずっと寂しそうな顔をしてるの、二人には見えないのかよ。」
オレが声を上げたものだから、春音くんが重い口を開けた。
「ごめん、詳しくは言えないけど、二人のこと考えているから、悩んでいるんだ。」
「お前、またそうやって。悩む必要なんてないんだよ、これはオレたちの問題で、二人を巻き込むことないだろ。そもそもこんな難しいことにするつもりなんてなくて、ただの遊びだったんだからさ…。去年の夏休みのことは…。」
「あっ、花火が上がった!」
ドーンという大きな轟音と共に、夜空に花火が上がった。
「何かは分からないけど、もう去年のことなんていいんじゃない?オレと芥川先生は去年のことは昨日の夜で終わりにして、新たなミッションを始めたよ。前向きに。」
「新たなミッション?」
「何かオレたちに知らせないで去年から調べてたってこと?」
「まぁね。とにかく今は秋音と春音くんの二人の仲を取り戻そう作戦で動いているんだ。」
「何だよ、それ。」
ひさしぶりに秋音が笑ってくれた。
「これが解決しないと、約束の夏休みを終わらせることができないんだ。」
「約束の夏休み…。」
「ほら、芥川先生が書いた物語もケンカしながらも最後はハッピーエンドな少年たちの話だったろ。それをオレたちが今ここでドラマにしてしまえばいいんだよ!原作・柳木陽多、監督・瑞木颯太、主演・桧木春音&柊木秋音。芥川先生が芥川賞取ったら、映画化だってあり得るだろ?」
「お前、刑事になるんじゃなかったの?」
「なるよ、刑事になる。でも事件を解決させるためなら、探偵にもなるし、映画監督にもなるよ。何にだってなる。あ、主題歌は秋音が担当ね。」
「瑞木刑事、話が飛躍し過ぎているよ。」
春音くんも笑ってくれた。
「なんか、颯太がぶっ飛んだことばかり言うから、どうでも良くなってきたよ。主題歌か…作ってみるよ。」
「じゃあ、ボクは陽多くんが書いた作品の編集者になりたい。陽多くんの本をたくさんの人に届けたい。なんかいいね、こういうの。」
「よし、じゃあ仲直りってことで。将来の夢はこれくらいにして、今は目の前の花火を一緒に見よう!」
「書いた作品、ラスト書き直そうかな。花火のシーンも必要だね。」
芥川先生もやっと微笑んでくれた。

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 花火はオレたちの目の前に底なしに広がるような暗がりの中で煌めいては消えを繰り返した。オレたちのそれぞれの瞳に強烈な光の火花を残して、儚く散ってしまった。花火が終わった後、戻った漆黒の闇に煙の残像がたなびいて、終わってしまった夏の余韻が辺りに虚しく漂っていた。

 春音くんと芥川先生が東京に帰る日がやって来た。春音くんのおじいちゃんは庭でオレたちの記念写真を撮ってくれた。その後、それぞれ手紙をしたため、秘密基地へ行き、それを空き缶に入れてタイムカプセルとして埋めた。20歳になったら4人で掘り起こそうと約束した。
「楽しかった、ありがとう。」
「来年の夏も会えたらいいね。」
「今度は二人が東京に来なよ。」
「四人の来年の夏の約束。」

 なんてまた一緒に遊べると信じて笑って別れた。でもオレたちは知っている。こんな花火のように煌めくかけがえのない夏休みはもう戻っては来ないと。オレたちは来年中学生になる。オレは地元の中学校に進学するけれど、秋音はまた引っ越すかもしれないと言っていた。芥川先生と春音くんはそれぞれ違う中学校を受験するらしい。そしたらみんなバラバラになって、それぞれ新しい生活がスタートするだろう。もちろん離れ離れになってもライトスクールとかネット上で交流することは可能だけれど、でも小学校時代までのように、のほほんと遊んでばかりもいられなくなる。みんなそれぞれの夢に向かって、たくさん勉強して、たくさんの人たちと出会って、小学生までとは違う世界に飛び込んでいくのだから。

 去年、芥川先生と何気なく交わした夏休みの約束は、図らずも、オレたちにとって一生忘れることのできない、何年経っても思い出してしまうような、永遠に美しい夏休みの思い出となった。もう小学生時代の夏は戻って来ないけれど、四人でふざけ合った時間は消えることはないだろう。小学六年生という一度限りの眩しい夏の陽だまりの中、四人で駆け抜けた記憶を糧に、これからどんなことがあっても生きていける。たとえ四人揃って会うことが難しくなってしまっても、きっとみんなそれぞれのことを忘れることはないだろう。四人は出会う運命だったんだって思う。それぞれの世界を変えて、夢に向かって進んでいける力をくれた幸せな夏の思い出を残せた気がする。一緒に見上げた、小学生最後の夏の花火がこれからのオレたちにきっと勇気を与え続けてくれる。

 きっとまた四人で会おう。来年会える保証はないけれど、でもいつかまた再会しよう。四人はまた再会できる運命だと信じているから。

 芥川先生、『約束の夏休み』も良かったけれど、新作も楽しみにしているよ。あぁ、そうそう『約束の夏休み』は見事、瑞木賞を受賞しました。
 春音くん、芥川先生のことをよろしく。春音くんが勧めてくれた本で読書感想文を書いたら、先生に褒められて、何とコンクールに応募してもらえたよ。秋音が横で悔しがってた。今年は選んでもらえなかったって。
 そして秋音、お前のギターはオレが知っている中では世界一だよ。別に音楽は詳しくないんだけど、『世界の約束』は上手だし、作曲活動もがんばって。たとえこの街から引っ越してしまったとしても、ずっと応援しているし、聞き続けるし。
 オレはやっぱり刑事になるよ。亡くなったじいちゃんに負けないくらい、弱い立場の人たちに慕われる正義の味方になって、たくさんの悩み事や事件を解決するんだ。

 夏休みが明けて、残暑の中、朝晩はひんやり肌寒さを感じさせる季節になっていた。いつの間にかセミの声は消えてしまって、コオロギや鈴虫という秋の虫の声に変わっていた。オレの側で秋の颯が過った。これから秋は深まり、厳しい寒さの冬が訪れる。春の暖かい陽射しで雪が溶ける頃、オレたちは小学校を卒業して中学生になる。それぞれの未来に向かって歩き出す。桜の季節が過ぎたら、また夏がやって来て…。花火を見上げる時、隣にはあいつらがいてくれたらいいな…。オレはそんなことをまぶたを閉じて浮かべていた。

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★「図書室のない学校」シリーズ物語一覧★

☆第1章~小学生編~☆

 <1>『「図書室のない学校」~夏休みの宿題交換大作戦~』

 <2>『「図書室のある学校」~春音と秋音の入れ替わり大作戦~』

 <3>『「夏休みの約束」~「ライトスクール」で友達の秘密を探ろう大作戦』

☆第2章~大人編~☆

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・前編)

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・後編)

 <6>『「夏休みからの卒業」~途切れた夢の続きを取り戻すボクらの新しい夏の始まり』(陽多)

 <7>『「約束の夏」~あの頃思い描いていたボクたちの今、そしてこれから~』(春音)

 <7に登場した童話>ポプラの木

 <8>『「永遠の夏休み」~あの世でみつけたオレの生きる道~』(颯太) 

☆第3章~子ども編~☆

 <9>『「秘密の夏休み」~タイムカプセルみつけて冒険の旅をさあ始めよう~』

 <10>『「秘密の友達」~二人だけのファッションチェンジスクール~』(陽音)

 <11>『「秘密の本音」~颯音から陽音へ送る手紙~』(颯音)

 <12>『「図書室フェスティバル」~遥かな時を越えて新しい図書室で夢を描くよ~』(晴風)

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