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『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』<5>(後編)

(※前編の続き)

 二人とは距離を置いたまま、気付けば二十九歳になっていた。さすがに母さんも呆れ始めた様子で、「三十歳になるのだから、そろそろ安定した仕事についてもらわないと、心配よ。私もいつまでも元気で生きていられるわけじゃないんだから。」とこの前、言われてしまった。そう、来年三十歳になってしまう。小学生の頃のオレは三十歳くらいになればもうすっかりプロミュージシャンとして活躍できている年齢だと思い込んでいた。父さんが残してくれたギターと「世界の約束」という曲があれば、時が経てば夢は叶うと信じ切っていた。思い描けばきっとなりたい大人になれると疑わなかった。でも実際その年齢になってみれば、そんなの何も知らない無邪気な子どもの戯言だったんだと気付かされた。オレはなりたかった大人になれなかった…。すべてうまくいかなかった。夢なんてたやすく見るものじゃないとも思った。時間を無駄にしてしまうこともあるし、大切な人を不安にさせてしまうこともあるし。春音みたいに大学に入って卒業して、堅実に公務員になった方がはるかに有意義な人生なのではないか。ちゃんとした大人になれていれば、ちゃんと結婚もできる。オレなんていまだに彼女もできない…。アルバイト生活で、ミュージシャンになるなんて口先ばかりの男が結婚できるわけがない。夢を追いかけている自分が惨めにも思えてきた。

 とは言え、簡単に捨てられる夢ではない。小学生の頃から二十年以上信じて大切に抱き続けていた夢なのだから。三十歳になるまではがんばってみよう。あと一年、やるだけやってみよう。悔いのないように。後悔だけはしたくない。そう思って、オレは動画サイトに自作の曲や父さんの遺作「世界の約束」をアップし始めた。ネット上に公開することは今まで気がひけていた。音楽はやっぱり生で演奏を見て聞いてもらうのが一番だと思っていたから。でも単独で小さなライブハウスを借りるにもなかなかお金がかかる。たまにイベントに呼んでもらえても、せいぜい一曲披露しておしまい。これではどんなにたくさん曲を作ったところで、誰にも聞いてもらえない。それなら動画サイトを頼ってみようと思った。リミットはあと一年なのだから。

 サイトにアップし始めたら、それなりに再生回数が増えて、聞いてもらえるようになった。感想をコメントしてもらえるようにもなった。うれしかった。今までひとりで黙々と作っていたものがやっと報われた気がして。そして夏祭りの花火大会の夜、特設ステージでワンマンライブをしてくれないかと依頼が舞い込んだ。もちろんオレは快諾した。大きなお祭りでワンマンライブなんて、オレを知らない人にも聞いてもらえる可能性があるし、「秋音」というミュージシャンがいることを知ってもらうきっかけになると思った。オレはそのライブに向けて、新曲も作り始めた。

 夏祭りの夜。会場にライブステージが設営されていた。ひとりではもったいないと思えるほど、なかなか大きいステージだった。リハーサルを終えて、待機していると、お客さんたちがちらほら入り始めた。花火が見えやすい場所というのもあり、オレ目当てではなく、ほとんどのお客さんが花火目当てだろうけど、それでもいいと思った。花火に負けないくらい、輝いた演奏を、心に届く歌を大きな声で歌おうと心の中で誓った。

 花火が上がり始めると同時にライブがスタートした。
案の定、お客さんたちはみんなステージというより、花火を見上げている。まぁ仕方ない。でも中にはきっと真剣に耳を傾けてくれている人もいるだろう。動画サイトにライブ楽しみにしていますってコメントくれた人もいるし。オレは自分の後方で打ち上げられる見えない花火の音を聞きながら、歌を歌っていた。花火の代わりに花火をみつめるお客さんのうれしそうな笑顔を特等席で眺めながら、ギターを弾いていた。

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 ふと、客席を見ると、夏なのに長袖のパーカーを着て、パーカーのフードを目深にかぶった怪しい人物がいることに気付いた。まさか不審者じゃないよな。何か事件が起きて、お祭りがストップしてしまったらどうしようなんて考えた。意外と子ども連れも多くて、かわいらしい双子の子どもたちもいた。お揃いの麦わら帽子をかぶって。その子たちの横にいる大人二人はこちらをじっと見つめている。えっ?心夏さんと春音?オレは動揺してしまった。二人にはライブのことなんて教えていないのに。もうずっと連絡もとっていないのに、見に来てくれたなんて。もしかしてあの子たち、二人の子ども?そっか、双子生まれたんだ。かわいいな。なんて途中、客席を見ては様々な憶測をしたりもしていたけれど、ちゃんと歌い、演奏し切った。父さんのカバー曲「世界の約束」、それからサイトで人気の「春の木漏れ陽(び)」、「秋の颯」など定番曲は十曲程度…。そして今回のライブのために作った新曲「タイムマシン」。

 最後の最後の花火が終わるとすぐ多くのお客さんたちは帰り足になった。でもあのフードをかぶった不審者と春音たち親子とそれからその隣の家族はいつまでもオレに向かって温かい拍手を送ってくれた。オレは彼らに一礼した。その瞬間、ふと生温かい風が吹いた。双子のうちのひとりの麦わら帽子が飛ばされてしまった。あの不審者の方へ。不審者が側に落ちた麦わら帽子を拾った瞬間、かぶっていたフードが脱げてしまった。色白な青年だった。子どもを追いかけて駆け寄った春音が呟いた。
「もしかして…陽多くんじゃないか?」
子どもに麦わら帽子を渡すと、その人はまたフードを被った。
オレは慌てて、ステージから飛び降りた。
「春音!陽多くん?二人とも来てくれるなんて思ってなかったよ。ありがとう。」
春音とは七年ぶり、陽多くんとは中学生以来の再会だった。よく見ると変わっていなくて、あの頃のままの陽多くんだった。
「陽多くん、何してたの?連絡も取れなくなったから心配してたよ。」
陽多くんはなかなか口を開こうとしなかった。
「あの、すみません、陽多さんって、柳木陽多さんですか?もしかして芥川先生ですか?」
芥川先生なんてニックネーム、颯太みたいなことを言う人だなと思った。
「私、瑞木と申します。主人は瑞木颯太です。」
その女性の横での双子の子どもたちと一緒に同じくらいの年の女の子がはしゃいでいた。
「えっ?瑞木刑事の…。」
陽多くんがやっと重い口を開いた。
「主人、毎年芥川賞を楽しみにしていて。本なんてそんなに読む人じゃないんですが。オレの親友が芥川賞とるかもしれないからって。芥川先生のことをよく話してくれて…。」
「颯太くん、陽多くんが芥川賞作家になるって今でも信じてるんだね。」
春音が微笑んだ。
「颯太は今日も仕事ですか?」
オレが尋ねると、颯太の奥さんは寂しそうにぽつりと呟いた。
「主人は亡くなってしまいました。この子たちが三歳の頃に、仕事中に。」
「えっ…颯太…亡くなってしまったんですか…。」
オレは信じられなかった。刑事になるって宣言して本当に警察官になって、ちゃんと結婚して子どももいてオレと違って幸せで順調な人生を送っていたであろう颯太がもうこの世にいないなんて。
「嘘ですよね?ウソだ…ボクまだ瑞木刑事との約束、実現できていないのに…。」
陽多くんが今にも泣き出しそうな顔をしている。
「芥川先生のことだけじゃなくて、春音さんや秋音さんのお話も伺っています。双子みたいにそっくりな友達もいるんだって。いつかまた四人で会うんだって楽しみにしている様子でした。」
言葉が出なかった。連絡が途絶えてしまっても、颯太はオレたちのことをずっと友達だって思ってくれていたなんて。オレは自分が愚かだったと心底思った。春音や颯太みたいな子どもの頃なりたかった大人になれているような人たちのことは自分とは住む世界が違うと思い込んで一方的に避けていたから。別に今会えなくても、会わなくても、いつか会えるだろうと思っていたし、年寄りになった頃にでもまた再会できればいいやなんて安易に考えていた。でももう四人揃って会うことはできないんだ。現実を突きつけられて、涙が溢れてきた。
「ボク、ずっとひきこもりで、何もしていなくて。何もできていなくて。だからみんなとも会いづらくて。避けるようになってしまって。まさか瑞木刑事が亡くなっていたなんて…。」
陽多くんもついに泣き出してしまった。そっか、陽多くんひきこもりだったんだ。中学生の頃、会ったきり、会えていなくて連絡もしなくなって、同じ東京に住んでいる春音とは会っていたんだろうと勝手に思ってた。
春音も泣いていた。三人で涙を流した。終わってしまった花火の余韻が残る、漆黒の夜空の下で。

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 「来年の夏あたり、みんなで四人の秘密基地に行ってみないか?」
「そうだね、颯太くんの実家もあるし。」
「ボク、それまでにひきこもり生活抜け出せるようにがんばるよ。」
「うちの子どもにあの秘密基地案内してもいいかな?」
春音が心夏さんとの子を紹介してくれた。
「桧木春心(ひのきはるこ)、六歳です。」
「あれ?春音の子って双子じゃないの?」
「秋音くん、違うよ、双子ちゃんは瑞木さんのお子さん。」
「そうなんだ、三人とも仲良しだから、ステージから見てるとどっちの子か分からなかったよ。」
春心ちゃんと双子ちゃんは麦わら帽子を取り合って涙に濡れる大人たちの側で無邪気に笑いながら遊んでいた。
「瑞木颯音(はやと)と陽音(ひなと)です。同じく六歳です。」
颯太の奥さんが子どもたちの名前を教えてくれた。その名前を聞いた瞬間、また陽多くんが泣き崩れた。

 颯太、ずっと連絡できなくてゴメン。なりたかった大人になれなかったオレはなりたかった大人になれたように見えるおまえが眩しくて、敵わないなって勝手に壁作って、おまえのこと考えないようにしてたんだ。まだギリギリ二十代だし、人生は長いって思い込んでた。でもおまえが亡くなってしまったことを知って、人生突然終わってしまうこともあるんだって改めて気付いたよ。おまえと会わなかったこと、おまえを避けていたこと後悔したよ。プロのミュージシャンになれたら、颯太に報告するつもりだったのに。なのにそれももう叶わないなんて…。でもオレもう後悔したくないから夢を追い続けるよ。三十歳までにプロになるって今夜改めて決心したから、良ければ空の上から見ていてほしい。オレだけじゃなかったんだ。なりたかった大人になれなかったのは。陽多くんもオレと同じようにまだ夢を叶えられず、もがいているよ。だから颯太、オレたちがなりたかった大人になれるまで見守ってほしいんだ。颯太の二人の子どもが大人になるまでにオレは颯太の子どもたちと春音の子どもが友達に自慢できるようなミュージシャンになるよ。きっと陽多くんもこれからまた作家目指すと思うんだ。小学六年生の夏、春音とオレを仲直りさせようと言ってくれた、ありえないような夢をオレたちはまた追いかけ始めたよ。颯太は監督としてオレたちの側にいてほしい。オレ、もっとたくさんの人たちの心に届く曲を作れるように大きな声で歌い続けるから。もがきながらがんばるから。陽多くん(芥川先生)原作の映画の主題歌もいつかきっと作るから。楽しみにしていて。
 来年の夏、颯太の実家のある思い出の場所、秘密基地に行くことにしたんだ。オレたち戻れるかな。あの頃のように、あの夏のように、同じように笑えたらいいな…。

 お祭りの後、静寂が戻り、人気(ひとけ)のなくなったステージ前で三人は新しい夏の約束を交わした。
 涙を拭って見上げた夜空にはたくさんの星が瞬いていた。東京にもこんなに星が見える場所があるんだな…秋音たちは新しい夏の始まりを感じていた。

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★「図書室のない学校」シリーズ物語一覧★

☆第1章~小学生編~☆

 <1>『「図書室のない学校」~夏休みの宿題交換大作戦~』

 <2>『「図書室のある学校」~春音と秋音の入れ替わり大作戦~』

 <3>『「夏休みの約束」~「ライトスクール」で友達の秘密を探ろう大作戦』

 <4>『「約束の夏休み」~ミッション変更、四人そろって仲良くなろう大作戦~』

☆第2章~大人編~☆

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・前編)

 <6>『「夏休みからの卒業」~途切れた夢の続きを取り戻すボクらの新しい夏の始まり』(陽多)

 <7>『「約束の夏」~あの頃思い描いていたボクたちの今、そしてこれから~』(春音)

 <7に登場した童話>ポプラの木

 <8>『「永遠の夏休み」~あの世でみつけたオレの生きる道~』(颯太) 

☆第3章~子ども編~☆

 <9>『「秘密の夏休み」~タイムカプセルみつけて冒険の旅をさあ始めよう~』

 <10>『「秘密の友達」~二人だけのファッションチェンジスクール~』(陽音)

 <11>『「秘密の本音」~颯音から陽音へ送る手紙~』(颯音)

 <12>『「図書室フェスティバル」~遥かな時を越えて新しい図書室で夢を描くよ~』(晴風)

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