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『「秘密の本音」~颯音から陽音へ送る手紙~』<11>

 バチが当たったんだと思った。以前までと変わらず、仲の良いフリして心の中では「気持ち悪い」って思って、見下してしまっていたから…。軽蔑さえしていたのに、その相手に命を救ってもらうことになるなんて…。オレは手術前夜、手紙を書いていた。

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 ミュージシャンの秋音に憧れて、小学生の頃から音楽にハマっていた。中学生になると軽音楽部へ入部し、バンドコンテストなどにも出場し、本格的にプロのミュージシャン目指して音楽活動に没頭するようになっていた。
 高校生になると、バンド活動に加えて、ピアノも習い始めていた。基本的にはロックが好きだけれど、秋音の楽曲にはピアノ曲も少なくなく、プロになるならピアノも弾けた方が作曲するにも都合が良いだろうと思って、ピアノ教室に通っていた。
 ピアノの先生から「颯音くんは筋が良いから、もっと本格的にクラシック音楽を勉強してみたら?」なんてお世辞かもしれないのに、その言葉を鵜呑みにしてしまって、ロックだけでなく、クラシックにも興味を持つようになった。
 そうしているうちに、なんとなく音楽大学を目指してみたくなった。ミュージシャンになるなら、音楽の専門知識をもっと学びたいと思ったし、初めのうちは鍵盤に慣れることができればいいやと思っていたピアノも徐々にもっと上達したいという気持ちが芽生え、音大受験を目標に、高校時代はますます音楽に明け暮れていた。

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 双子の弟の陽音とは中学までは同じ学校だったけれど、高校は離れ離れになっていた。忘れもしない。中学校を卒業して間もなく、陽音からこんなことを打ち明けられた。「ボクは本当は女の子になりたくて、制服がかわいい高校を選んだんだ。」と。気付かないフリをしていたけれど、たしかに中学生時代、休みの日になると女の子の洋服を着て外出している姿を目撃したことがあった。ただの遊びで冗談だろうと思っていたけれど、陽音はどうやら本気だったらしい。しかも続けてこんなことを言われてしまった。「本当は颯音のことが一番好きなんだ。」と。好きってつまり兄弟としてとか人間としてではなく、「男」として好きという意味らしい。オレをその言葉を聞いた瞬間、双子の弟なのに、それまで大好きな家族だったのに、「気持ち悪い」と思ってしまった。「好きだから付き合ってほしいとかそういう意味じゃなくて、ただ自分の気持ちを伝えたかっただけだから、気にしないで。」なんて言われたけれど、気にせずにはいられない。だってオレにとって陽音は男兄弟だし、家族として大切で大好きな弟だったのに、女の子の立場で男として好きなんて言われたら、混乱する。たしかに陽音は小さい頃から女々しくて、幼馴染の春心よりも女の子みたいって思ってはいたけれど、でもただ物静かで気弱な男の子だと思い込んでいた。そう自分に言い聞かせていたのに…。告白された瞬間から陽音のことをそれまでとは違う目で見るようになってしまった。

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 高校が違う分、顔を合わせる機会も減ったし、家でもお互い自分たちの趣味に没頭していたから、会話をしなくて済んだ。それがせめてもの救いだった。もしも中学生までの頃のように同じ学校だったら、嫌でも顔を合わせなきゃいけないし、一緒に登下校することだってあっただろう。でも幸いなことに、高校は離れた。良かったなんて胸をなでおろしている自分に腹が立った。中学生の頃まで、大切な弟って思っていた相手のことを、こんなにも避けるようになってしまった自分の心変わりに嫌気がさした。何も知らない子どもの頃のまま、仲の良い兄弟でいられたら良かったのに…。陽音、あんなことオレに教えなきゃ良かったのに…。もやもやした気持ちを抱えたまま、その気持ちを忘れたくて音楽に夢中になっていた。

 陽音はファッションに興味があるらしい。特に女の子の服をデザインしてみたいと、高校を卒業したら、服飾専門学校に入りたいと考えているらしい。そう簡単にデザイナーなんてなれるわけないのに。もちろんミュージシャンだって簡単になれるものではない。でも本気のオレと比べて、陽音は遊んでいるようにしか見えなかった。休日には男の格好をした女の子と遊んでいるし、家でも手芸なんかをして楽しんでいるように見えたから、オレは陽音のことをさげすんで見るようになった。あんなの女の子の遊びじゃないかってバカにしていた。

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 オレは陽音と違って、小学生の頃から同じ夢を追いかけているし、努力を重ねてきた。音大に入るために、勉強も疎かにしていない。バンド活動しながら、ピアノ教室にだって通っている。楽典も勉強している。休んでいる暇なんてない。高校に入学して、暇だなと思った日なんて一日だってなかった。学校が休みの日は一日中音楽と向き合っていたし、寝る間も惜しんで作詞作曲活動もしていた。いつだって頭の中は音楽のことでいっぱいで、投げ出したいとか嫌だと思ったことは一度だってなかった。絶対プロのミュージシャンになるんだ、秋音を越えられるくらいの、ミュージシャンになるんだって、なれるんだって信じて毎日精一杯生きていた。

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 そんな忙しい生活を送っていたから、たまには体調が優れない時だってあった。なんとなく疲れが取れなかったり、めまいがすることもあった。でもそれは仕方のないことだと思って、それほど気にも留めていなかった。気にしている余裕なんてなかった。オレには時間がない、音大に合格するためにも弱音を吐いている時間なんてないと、多少体調が悪くても休むこともせず、体と頭を動かし続けていた。
 そんな努力の甲斐もあり、無事音大に合格することができた。合格通知が届いた矢先、オレはついに倒れてしまった。安心して三年間の疲労がどっと出ただけだと思っていた。少し休めばすぐに良くなるだろうと軽い気持ちで考えていた。

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 病院で検査を受けると、「白血球の数値が異常に低い」ということですぐに精密検査になった。「白血病」と診断された。医学の知識のないオレにだってなんとなく分かる。血の病気…血液のガン…。それを頭の中で理解した時、音大に合格して夢を叶えるための未来にまた一歩近づけたと明るい気持ちだったのに、一気に暗闇の奈落の底へ落とされた気分になった。

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 オレが白血病?ガン?子どもの頃から外で遊ぶのが好きだったし、運動も得意だったし、陽音と比べたら元気な子だったのに、学校の健康診断でひっかかったこともなかったのに、本当にオレが病気なのか?白血病ってたしか治療がうまくできないと死んでしまうかもしれない病気…。それまで一度だって「死」というものを考えたことなんてなかった。まだ十代だし、大きな病気なんて一度もしたことないし、風邪だって陽音がひいていても、移らない時だってあったし…。信じられない。自分が大病を患っていることが。

 でも主治医から説明を受けて、検査を続けているうちに自分は病気なんだと自覚するようになった。振り返れば、ここ半年はずっと体調が悪かった。大切な受験を控えているから、具合が悪くても我慢して病院に行こうなんて考えもしなかった。もう少し早く病院に来ていれば、こんな悪化せずに済んだのかな…。ひどい貧血とめまいでオレは弱気になっていた。

 すぐに入院となった。体の調子が思わしくないと、どうしてもネガティブなことばかり考えてしまう。元気な時は思いもしないようなことを思ってしまう。本音が出てしまう。陽音は昔から屋内で遊ぶことが好きで、本が大好きで、色白で、運動が苦手で、すぐ風邪をひいて…。どちらかと言えばオレなんかより陽音の方が病気にかかりやすそうだ。それなのに陽音じゃなくて、なんでオレが白血病になってしまったんだ。なんでオレだけが白血病なんだ。早く音大で勉強したいのに。オレじゃなくて代わりに陽音が白血病だったら良かったのに…。なんて嫌悪感を抱くほどの残酷なことも考えるようになってしまった。

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 骨髄移植ができれば白血病は治る確率が高いと主治医から説明された。骨髄バンクでHLAの型の合う人を探してもらったけれど、見つからなかった。当たり前だ。そう簡単に型の合うものではないのだから。親でさえ型の合う確率はかなり低いらしい。でもオレには双子の弟がいた。ただの兄弟間なら25~30%の確率でしか合わないけれど、一卵性双生児なら90%以上の確率で型が合うらしい。

 服飾専門学校に入学し、遠くで一人暮らしをしていた陽音が駆けつけてくれた。ドナーになるにもリスクを伴う手術に耐えなければならない。骨髄を提供する側もそんなラクなものではないのに、快く受け入れてくれた。オレたちの型は無事に一致した。

 陽音はますます女の子らしい格好をしていた。化粧もし始めて、スカートを履いて、ヒールの高い靴を履いていた。そんな弟の姿を見て、この期に及んでオレは「やっぱり気持ち悪い」と思ってしまった。オレの本音を知らない陽音はこんなことを言ってくれた。
「小学五年生の夏に話したこと覚えてる?何かあったら入れ替わって必ず助けるからって約束したでしょ?その約束を果たせて良かったって思ってるんだ。」
そう言えば小五の夏、タイムスリップした時、戦争時代に入れ替わった人の話を聞いた後、陽音がオレに何かあれば入れ替わって助けるって言ってくれたっけ…。まさかほんとに助けられることになるとは、あの時は思いもしなかった。
「うん、覚えてる…。」
「ボクさ、颯音が白血病って聞いた時は本当にショックだったけど、でもすぐに思ったんだ。双子で良かったって。双子なら絶対力になれるはずだって。小さい頃はいっつも颯音の後にくっついて歩いて、守ってもらっていたけれど、今度はボクが颯音の役に立てるかもしれないって思ったら泣いてばかりもいられなくなったよ。」
オレの本音を知らない陽音はオレにそんなことを言ってくれた。
「ありがとう。双子じゃなかったらそう簡単に合うもではないらしいし、陽音には感謝しているよ。今までゴメン…。」
オレは無意識のうちに謝罪の言葉をつぶやいていた。
「えっ?何?何も謝られるようなことなんてないし。早く元気になって、大学に通って、プロのミュージシャンになれるといいね!ボクが秋音の一番のファンだから。」
くったくのない笑顔で弱気になっているオレのことを励ましてくれた。
「まさか陽音に世話になる時が来るなんて…。何かあったら入れ替わって守るのはオレの役目だったはずなのに。ドナーになって痛い思いをさせるかもしれないけれど、ほんとゴメンな。」
「それくらい平気だよ!もう子どもじゃないし。病気と戦っている颯音の痛みと比べたら、全然大丈夫。任せて!」

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 陽音から骨髄を提供してもらう前夜、オレは手紙をしたためていた。陽音宛てに手紙を書くなんて初めてだった。それは陽音宛てでもあったけれど、万が一の時に備えての「遺書」でもあった。
「陽音へ
 陽音、今回はありがとう。オレのこと体を張って助けようとしてくれて。
昔から陽音の方がひ弱で、風邪もひきやすくて双子だけど、オレの方が丈夫だって思い込んでいたよ。オレの方が陽音のことを助けるものだと思っていたよ。
 でもオレが思っていたほど、陽音はひ弱じゃなくて、体も心もオレより健全だなって思った。
 陽音がやさしい言葉をかけてくれればくれるほど、オレは惨めな気持ちになっていたよ。「双子で良かった」とか「颯音を助けられる」とか言ってくれて、うれしかったけれど、オレは本当はそんなやさしい言葉をかけてもらえるような人間じゃないんだ。
 中学を卒業した頃、陽音が「女の子になりたい」とか「颯音のことが好き」とか言ってくれた時、オレ何て思ったと思う?戸惑うより、うれしいと思うより先に、「気持ち悪い」って思ってしまったんだ。だから高校時代は陽音のことを避けるようになってしまって…。どう接していいか分からなくて。大好きだったはずの陽音のことを気持ち悪いって思ってしまう自分に自己嫌悪を感じるようになったんだ。
 それは今でもそう。つい最近、ますます女の子らしい格好をした陽音を見て、やっぱり「気持ち悪い」って思ってしまったんだ。どうしようもないよな、オレ。本当は陽音に命を救ってもらえるほどの人間じゃないんだ。オレなんか、こんなひどいことばかり思うオレなんて、もしかしたら生きる価値はないかもしれないのに、ましてや誰かの心に響くミュージシャンになんてなれるわけもないのに、陽音のおかげでもう少し生きることができるかもしれない。ありがたいと思ったよ。ひどいことを思っている悪人を心優しい神さまみたいな陽音が助けてくれるなんて。
 だから一番伝えたかったのは、「助けてくれてありがとう。」ってことと、「今までゴメン。」って感謝と謝罪の気持ちだよ。せっかく陽音が骨髄を提供してくれても、もしかしたら長く生きられない場合もあるかもしれない。そう思って、これは「遺書」のつもりでもあります。もしも死んでしまうようなことがあったら、ちゃんと陽音に自分の本音を伝えておこうと思ったんだ。外面では変わらず仲の良いフリしていたけど、実は心の中ではこんなひどいことを思っていたんだ。たぶん移植が成功して、長生きできても、もしかしたらいつまで経っても女の子らしい陽音のことは受け入れられないかもしれない。気持ち悪いって思ってしまうかもしれない。でも、それは陽音のことを嫌っているわけではないことを知ってほしくて。いつかどんな陽音のことも受け入れられる、昔のように大好きでいられる自分になれたらいいなと思っているよ。
 陽音の身に何かあれば、今度はオレが助けるから。入れ替わるから。オレの双子として生まれてくれてありがとう。陽音、陽音の代わりは他にいないよ。かけがえのない大切な存在だよ。これからもよろしく。 颯音」
こんな手紙を書いてオレは眠りについた。そして夢を見た。

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「颯音。」
誰かがオレの名前を呼んだ気がした。振り返るとお父さんがいた。
「お父さん!会いたかったよ。オレを迎えに来てくれたの?」
「バカか、迎えなんて何十年も早い。お前が弱気になって遺書なんて書いているから、喝を入れに来たんだよ。」
再会して早々叱られてしまった。
「颯音、今までよくがんばって来たな。音大合格おめでとう。お前はこれからじゃないか、夢を叶えるために病気に打ち勝たないと。負けてられないだろう?」
「うん、ありがとう。でもオレなんだか少し疲れちゃったよ。ずっと休みもしないで生きていたから。それに陽音のこともいまだに受け入れられなくて…命の恩人なのに。」
「陽音のことはオレもびっくりしたよ。お前と同じで男として戸惑う気持ちも実は少しある。でもそれでいいじゃないか。別に陽音のすべてを受け入れられなくても、陽音のことを大嫌いとは思えないだろ?家族がどんなに自分の理想とかけ離れたとしても家族には変わりないし、あいつを大切だと思える気持ちはなくすことはできないだろ?少しくらい姿が変わっても陽音は陽音だし、あいつの良いところはたくさんあるし、好きには変わりないだろ?」
お父さんがそんなことを言ってくれたから、オレは思わず泣いてしまった。
「うん、オレ、見た目が変わってしまった陽音のこと好きになれない自分もいるけど、でもやっぱり陽音のことは大切だし、あいつはやさしいし、そしてオレより強いし、見習いたいし、好きな部分もたくさんあるよ。だからオレも陽音みたいにやさしい人間になりたい…。」
「颯音がそう思えるなら大丈夫だよ。何しろお前たちは双子なんだから。オレやお母さんよりもお前たちの方が血は近くて、似ていて、絆は強いんだから。これからも陽音のことよろしくな。お前も体を大切にして、少しは休みながら生きないと。また倒れてしまうぞ。オレはいつでも側で見守っているから…。」

「それから、もしももう少し長生きできていたら、息子たちだけじゃなくて娘もほしいと思っていたんだ。だから陽音が女の子らしくなってきて、娘ができた気もして、なんだか最近は陽音から目が離せないよ。」


そう言って微笑むと、どこからともなくひゅーっと風が吹いて、お父さんは消えてしまった。

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 翌日、移植手術を受けた。手術は無事成功し、しばらくして容体が安定した頃、陽音と春心とそれから陽音の友達の晴風さんという人が病室に駆けつけてくれた。
「颯音、大丈夫?心配したんだから。」
春心が泣き出しそうな顔をしてオレの顔を覗き込んだ。
「はじめまして、颯音くん。陽音くんの友達の晴風です。体調いかがですか?」
彼女はお見舞いに花を持って来てくれた。彼女というより、彼というような格好だったけれど。
「颯音、元気になって良かったね。先生、もう大丈夫だろうって言ってたよ。」
陽音が微笑んでくれた。
「みんな、ゴメン、心配かけて。まだ完全復活って感じではないけど、陽音のおかげで、こうして回復できたよ。」
「こういう時、双子の力っていうか絆はすごいなって思う。」
「ほんとにそうね、双子だから助け合えることもあるわよね。陽音くんなんて「できることならボクが颯音に代わって病気引き受けたいよ」なんて泣きながら言ってたし。」
それは颯音の前では言わないでとか陽音が慌てていた。
「何?この手紙?」
春心が勝手に引き出しの中から手紙を見つけて取り出した。
「お前、勝手に開けるなって。中見たらダメだぞ。」
「もしかしてラブレター?」
春心からそんなことを言われてオレは慌ててウソをついた。
「バカ、違うって。えーと、ほら、タイムカプセルに埋める手紙だよ。もうすぐオレたち二十歳だろ?またタイムカプセル掘り出して、更新する時期が近付いているから。」
「あータイムカプセルね、よく覚えてたわね。とっくに忘れてしまったのかと思ってた。タイムカプセルって更新制だったの?私も書かなきゃ。」
「何?タイムカプセルって?」
「ボクたち三人で小学五年生の頃に秘密基地で埋めたタイムカプセルのことだよ。二十歳になったら開ける約束してたんだ。」
陽音が晴風さんに説明した。
「へぇー秘密基地のタイムカプセルか。いいわね、私も仲間に入れて!」

 オレはとっさに口からの出まかせで言ったことだけれど、どうやら二十歳になったらまたみんなでタイムカプセルを掘り出して、新たな手紙を入れ直すことになったらしい。晴風さんという新しい友達の手紙も加えて。
 それもいいかもしれないと思った。本当はタイムカプセルなんて忘れていたけど、ふと思い出したんだ。きっとお父さんの仕業だと思う。オレがあの大切な場所をほったらかしにしているから。
 オレたちが二十歳になるまで後一年と少し。オレはそれまで病気を克服して、大学でちゃんと勉強して、ミュージシャン目指してちゃんと生きようと思う。時々は休みながら。それまでに女の子の陽音のことも受け入れられたらいい。男の子らしい晴風さんとも仲良くなれたらいい。すっかり女の子らしくなってしまった春心とも子どもの頃みたいにまた楽しく遊べたらいい。
 みんなが帰った後、久しぶりに病院の外を歩いても良い許可が下りた。病院の敷地内の広場で思い切り外の空気を吸い込んだ。爽やかな風が吹いていて、あの秘密基地でタイムカプセルを埋めた場所に何だか少し似ていると思った。目を閉じると小学五年生のオレたちの笑い声が聞こえて来た。

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「颯音、待って。」
「颯音、走るのなら負けないわよ。」
陽音と春心がオレを追いかけている。
「颯音くん、オレも負けないよ。」
小学五年生のお父さんもいた。それから秋音に春音くんも…。
「足の速さなら私が一番よ。」
と晴風さんも交じっている。

あの秘密基地のタイムカプセルは四人だったのが、いつしか七人になって、どうやら八人に増えたらしい。小学五年生の八人の笑い声を想像すると、一年半後がたまらなく愛おしく思えた。もっとみんなで生きたい。生きようと思えた。

 夏休み明けから大学に行けることが決まった。オレは快適な室温が保たれている病室の窓から始まったばかりの夏の暑い陽射しを感じていた。

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★「図書室のない学校」シリーズ物語一覧★

☆第1章~小学生編~☆

 <1>『「図書室のない学校」~夏休みの宿題交換大作戦~』

 <2>『「図書室のある学校」~春音と秋音の入れ替わり大作戦~』

 <3>『「夏休みの約束」~「ライトスクール」で友達の秘密を探ろう大作戦』

 <4>『「約束の夏休み」~ミッション変更、四人そろって仲良くなろう大作戦~』

☆第2章~大人編~☆

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・前編)

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・後編)

 <6>『「夏休みからの卒業」~途切れた夢の続きを取り戻すボクらの新しい夏の始まり』(陽多)

 <7>『「約束の夏」~あの頃思い描いていたボクたちの今、そしてこれから~』(春音)

 <7に登場した童話>ポプラの木

 <8>『「永遠の夏休み」~あの世でみつけたオレの生きる道~』(颯太)

☆第3章~子ども編~☆

 <9>『「秘密の夏休み」~タイムカプセルみつけて冒険の旅をさあ始めよう~』

 <10>『「秘密の友達」~二人だけのファッションチェンジスクール~』(陽音)

 <12>『「図書室フェスティバル」~遥かな時を越えて新しい図書室で夢を描くよ~』(晴風)

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