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『「図書室のない学校」~夏休みの宿題交換大作戦~』<1>

 「この辺りは最近クマが出たから子どもは立ち入り禁止だぞ。」
オレは偉そうに、同じくらいの年の子に注意した。
「ごめんなさい、今、夏休みの宿題で昆虫を探していて…。」
振り返ったその子の顔を見て、オレは驚いた。オレと同じ顔…。
「お前、桧木(ひのき)のじいちゃんの孫?ほんとだ、オレとそっくりだ。」
「おじいちゃんのこと知ってるの?そう言えば、おじいちゃんが近所に引っ越して来た子がボクに似てるって言ってた。キミってボクとそっくりだね。まるで双子みたい。」
その子もオレの顔を見るなり驚いた。
「それより、キミも子どもじゃん。クマが出たから立ち入り禁止なんでしょ?」
「オレはいいんだよ、ここはお前のじいちゃんの山だろ?許可をもらって、ギター弾くための秘密基地作ったんだ。家だと近所迷惑になるからってあまり弾かせてもらえなくてさ。ギター弾いてればクマも寄り付かないよ。」
オレはギターをその子に弾いて聞かせた。
「すごい!ギター弾けるの?かっこいい!」
「これ、死んだ父さんの形見なんだ。」
「そうなの…お父さんいないんだね。うちはお母さんが死んでしまって、お父さんと二人きりだよ。」
見た目だけでなく、境遇も似ているその子にオレは興味を持ち始めた。
「お前、名前は?」
「春音(はると)、桧木春音だよ。小学5年生。」
「オレは柊木(ひいらぎ)秋音(あきと)って言うんだ。なんだか名前も似てるな。オレも小5だよ。」
顔も名前もそっくりなオレたちはすぐに友達になった。

 「それで、昆虫探してるって、自由研究とか?」
「違うよ、好きなモノ感想文のテーマにしようと思っていて。東京では見つけられない昆虫も、ここならいるんじゃないかと思って。」
「好きなモノ感想文?何それ?都会じゃそんな変わった宿題があるわけ?」
「えっ?知らないの?1年生の頃からずっと書いていたから、どこの学校にでもある普通の宿題だと思ってた…。自分の好きなモノについて好きなように書く夏休みの宿題だよ。」
「ふーん、読書感想文みたいなものか。オレ、あれ苦手なんだよ。まだ本も読んでないし。」
「読書感想文?」
「は?まさか読書感想文を知らないの?ウソだろ、みんないやいや書いているあれだよ。」
「知らない…何それ?」
春音は本当に読書感想文を知らない様子だった。
「まじかよ。ほら好きな本を読んで、感想を書くっていう夏休み恒例の宿題なんだけどな。春音の学校っておかしな学校だな。」
「読書感想文っていうのは知らないけど、本が好きな子もいるから、本について好きなモノ感想文に書く子もいるよ。ボクも本が好きだから、去年まで本について書いていたし。」
「そっか、書きたいヤツは本について書いているのか。春音、本好きなの?もしかして読書感想文得意?じゃあさ、オレの読書感想文書いてよ。ほらもうすぐ夏休み終わるから、困ってたんだ。」
「いいけど…でも今おじいちゃん家にいるから本がなくて。秋音くん、何か本持ってる?」
「持ってるわけないじゃん。本嫌いなんだから。じゃあさ、今から学校の図書室に行こう。」
「図書室?」
春音はまた信じられない発言をし始めた。
「まさか、まさかさ、春音の学校って読書感想文の宿題もなければ、図書室もないわけ?ウソだろ。本当に学校?」
「ボクの学校には図書室なんてないよ。だから本を読みたい時は、図書館に行ってるよ。」
「図書室がない学校なんてあるのかー東京はすごいな。オレにとっては天国の学校かもしれない。だって読書感想文もなければ、図書室もないなんて。春音がうらやましい。」

 学校の図書室に着くと、春音は目を輝かせて喜んだ。
「すごい!学校の中に図書館があるみたい!」
「図書室ごときでこんなに喜ぶヤツは初めて見たよ…。春音ってほんとに本が好きなんだな。」
「好きなの選んでいい?読書感想文って何の本でもいいの?」
「何でもいいよ。春音に任せるから。」
「でもさ、司書さんとか、先生がいないみたいなんだけど、勝手に借りて大丈夫かな?」
「それは大丈夫。オレさ、くじ運悪くて、図書委員になってしまったんだ。本嫌いなのに、図書委員なんてやってられないっての。あっ、図書委員も知らないだろうけど、司書さんの手伝いとか、貸し出しとかの係のことね。」
「秋音くん、素敵な委員会に入ってるんだね!いいなーボクも図書委員やってみたい。」
オレは良からぬことをひらめいた。いたずらは好きな方だから。
「春音、本…好きなんだよな。図書室も好きで図書委員もやってみたいと。じゃあさ、少しの間、オレたち入れ替わらない?」
「えっ?入れ替わるの?たしかにボクはこの学校に通ってみたいって思ってるけど…。」
「じゃあ決まり。見た目ならそっくりだから、問題ないだろ。オレさ、読書感想文もない、図書室もない、図書委員会もない学校で過ごしてみたいんだ。好きなモノ感想文だっけ?それも書いてみたいし。昆虫じゃなくて、音楽でもいいかな?」
「好きなモノ感想文のテーマなら何だっていいんだよ。ゲーム好きな子はゲームのこと書くし、マンガ好きな子はマンガについて書くし。何だってOKなんだ。だから秋音くんに任せるよ。」
「ゲームでもマンガでもいいなんて、ほんとに天国みたいな学校だな。早く春音の学校に行ってみたい。」
「予行練習で、今日から入れ替わっておこうな。親たちにバレないようにしないと。」
「うん、分かった。」
オレたちはそれぞれの服に着替えて、それぞれの家へ帰り、お互いの宿題に取り掛かった。

 夏休みの宿題なんてやる気が出なかったけれど、好きなモノについて好きなように書けばいいなら、書ける気がしたし、書きたい気持ちがわいてきた。自分の好きな音楽についてギターについて、一晩で一気に書き上げた。読書感想文なんて原稿用紙4、5枚も書けないと、はなからやる気が出なかったのに、好きなモノに関してなら、原稿用紙5枚なんて楽勝だった。何枚でも書ける気がした。
 春音もまた、一晩で本を読み終え、感想文を仕上げてくれた。読書感想文を書いたことがない子どもとは思えないくらい、見事な出来栄えの読書感想文だった。これなら先生がコンクールに出してくれて、賞をもらえるんじゃないか…。そんなことまで考え始めていた。

 「じゃあ春音、オレの学校でがんばって。」
「うん、秋音くんも、ボクの学校で楽しんで。」
オレたちはじいちゃんや親たちの目をごまかして、無事に入れ替わり、新学期生活をスタートさせた。

 春音の小学校は本当に天国だった。読書感想文はない、図書室もない、そしてあの苦痛な朝の読書タイムもない…。代わりに毎日1時間、自分の好きなことをする時間というのがあって、それぞれが好きなことをして過ごす楽しい時間があった。本やマンガが好きな子は読書をしている場合もあるけれど、眠い子はただ眠っていてもいいし、校庭で遊びたい子は好きなだけ体を動かしていたし、ゲームしたい子はゲームをしていたし、それから音楽室も好きに使っていいということで、オレはやっぱりギターを弾いて過ごした。なんてすばらしい学校なんだろうと思った。基本的に何でも持ち込みOKの学校だった。

 「春音くん、夏休み明けたらちょっとイメージ変わったよね?」
「前まで本を読むことしかしてなかったのに…。」
周りの子たちがオレを見て、ひそひそ話している。
「これさ、じいちゃんの家に行ったら、近所の子がくれたんだ。ギター案外おもしろいって思って。」
オレは自らその子たちに話し掛けた。
「春音くん、明るくなったよね?前までもっと静かで暗いと思ってたけど…。」
「でも今の春音も悪くないな。ギター聞かせて。」
オレは春音のクラスメイトにギターを弾いて聞かせた。まさかこんな見ず知らずの場所で父さんのギターを演奏する日が来るなんて。父さん、天国から見ていてくれるかなぁ。入れ替わったりして叱られるかなぁ。笑って許してくれるといいけれど。

 春音と入れ替わったおかげで、久しぶりに「父親」と触れ合うこともできた。春音の父さんはやさしかった。オレの父さんと同じくらい、やさしくて時々厳しくて、でもやっぱりやさしくて温かくて…。春音には父さんがいてうらやましいと思った。ギターなら、近所迷惑にならない時間帯に弾いてもいいと言ってくれた。うれしかった。息子が突然ギターという趣味に目覚めても、本を読まなくなっても、勉強しなくなっても、叱らずにやさしく見守ってくれて。

 春音とはメールでやり取りしていた。図書室のある学校で図書委員として、大好きな本に囲まれて、好きなだけ読書を楽しんで、快適な学校生活を過ごしているという。クラスメイトからは同じく不思議に思われているらしい。無理もない。あれだけ本嫌いだったオレが本に夢中になっていたら、友達だけじゃなくて、先生だって驚くだろう。春音が書いた素晴らしい読書感想文は本当にコンクールに出品され、賞をもらった。「柊木秋音 殿」という名前で賞状をもらったのなんて初めてだった。

 オレが書いた「好きなモノ感想文」についてもまた、校内で高く評価され、その年の学校一の好きなモノ感想文に選ばれた。うれしかった。自分が書いたもので、初めて賞をもらえたから。名前は「桧木春音 殿」という賞状だったけれど。

 毎日1時間、学校で好きなことをできる時間があるから、以前ほど遊びたい欲求もわかなくなっていた。ギターだって家じゃなくても、学校で好きなだけ弾けるし、少しずつ他の勉強もしてみるかという気持ちになった。あれだけ面倒だった図書委員の仕事もしなくていいとなると、なぜか少しだけ退屈な気持ちにもなってきていた。
 ギターは弾くだけじゃ上達しない。コードとかもっと音楽のことも勉強しないと。こんな時、本があればな。いつしかオレは行ったことなんてなかった図書館になんて通い始めていた。

 冬休みが始まろうとしていた矢先、春音からメールが届いた。
「秋音くん、秋音くんの学校楽しかったよ。読書タイムなんてあって好きなだけ本を読めたし、図書室で毎日図書委員の仕事も体験できたし。ボクにとっては天国みたいな学校だった。でも、不思議なんだけど、ボクが通ってた学校も悪くなかったなって思えて。図書室はないし、読書感想文の宿題もないけれど、好きなことをできる時間があるっていいなって思って。ボクは本が好きだから、苦にならないけれど、本が苦手な子はこういう学校は少し窮屈かもしれないなって気付いた。秋音くん、そろそろ元に戻らない?ボク、春音に戻りたい気がしてきた。」

 オレも同じ気持ちだったから、オレたちは冬休みになったら、元の生活に戻ることにした。春音として図書室のない学校で過ごした4ヶ月間は新鮮だったし、ギターも思い切り弾けたし、それに本の良さにも少し気付けたし、最初は読書感想文から逃れたくて、遊び半分で入れ替わっただけだけど、悪くなかった経験だと思えた。

 秋音に戻って、ギターを弾いて、それから学校が始まったら少しは図書委員の仕事も真面目にしようかな。朝の読書タイムには本も読もうかな。何の本を読もう。春音と再会したら、お勧めの本を教えてもらおう。そして来年の小学校最後の夏休みの読書感想文は本当の「柊木秋音 殿」という名前で賞状をもらってみたいな。なんて少し成長したオレを天国の父さんに褒めてもらいたい気持ちになっていた。

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 清々しい気持ちで初冬の青空を眺めていたら、風花が舞い始めた。空から降ってきた綿雪が頬に触れて、東北が懐かしくなった。もう雪が積もっているかもしれないな。オレはあの街に戻って、相変わらずギターを弾いて、そして音楽の本も読んで、もっといろいろ勉強して、いつか父さんみたいに作曲もできるようになれたらいいな…。

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 図書室のない学校はとても自由で、少しだけ不自由だと気付かされた。図書室のある学校に戻って、あの退屈で窮屈な学校で、前より自由に生きていける気がした。

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  ★「図書室のない学校」シリーズ物語一覧★

 ☆第1章~小学生編~☆

 <2>『「図書室のある学校」~春音と秋音の入れ替わり大作戦~』 

 <3>『「夏休みの約束」~「ライトスクール」で友達の秘密を探ろう大作戦』

 <4>『「約束の夏休み」~ミッション変更、四人そろって仲良くなろう大作戦~』

 ☆第2章~大人編~☆

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・前編)

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・後編)

 <6>『「夏休みからの卒業」~途切れた夢の続きを取り戻すボクらの新しい夏の始まり』(陽多)

 <7>『「約束の夏」~あの頃思い描いていたボクたちの今、そしてこれから~』(春音)

 <7に登場した童話>ポプラの木

 <8>『「永遠の夏休み」~あの世でみつけたオレの生きる道~』(颯太) 

   ☆第3章~子ども編~☆

 <9>『「秘密の夏休み」~タイムカプセルみつけて冒険の旅をさあ始めよう~』

 <10>『「秘密の友達」~二人だけのファッションチェンジスクール~』(陽音)

 <11>『「秘密の本音」~颯音から陽音へ送る手紙~』(颯音)

 <12>『「図書室フェスティバル」~遥かな時を越えて新しい図書室で夢を描くよ~』(晴風) ~ひとまず完結~

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