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『「夏休みからの卒業」~途切れた夢の続きを取り戻すボクらの新しい夏の始まり』<6>

「図書室のない学校」シリーズにおいて登場人物である芥川先生こと柳木陽多が大人になった物語です。ライトスクール(権利教育)を掘り下げてみました。

 また今夜も眠れそうにない。孤独に押しつぶされそうだ。寂しいな。こんな時はやっぱりライトスクールか。大学をたった一年で休学したボクは寂しさを紛らわすために、ますますライトスクールにのめり込んでいた。本当は大学なんてやめてしまいたかった。でも両親がいつかまた通える日も来るかもしれないと希望を捨てずに、退学ではなく、休学届けを提出してくれていた。

 子ども用ライトスクールが定着しつつあった頃、大人のためのライトスクールも開校された。十八歳以上なら、誰でも利用できる。年齢に上限はない、クラスを選ぶのも自由で、先生もいない。とても自由な校風で、大人のためのコミュニティサイトとして利用者は増えつつあった。大学を休み始めた時、みつけたクラスが「路地裏のつむじ風」というクラス。主にひきこもりのような人たちばかり集まっているクラスで、「誰にもみつけてもらえず、大きな風にもなれず、路地裏でひっそり渦を巻いて、一瞬で消えてしまうような存在に共感できる人なら誰でも気軽にお越しください。」とクラス紹介に書かれていた。その文章に惹かれてそのクラスを選んだ。ボクも誰にも相手にされず、ひっそりくすぶっているような人間だったから。

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 クラスの人たちと話しをしてみると、みんな社会や親を恨んで、自分のことを自分では責任とろうとしない大人になりきれていない子どものような大人たちが多く集まっているクラスだと気付いた。ボクもその通りで、大学だって親任せにして、親に甘えて生きていたから、同類だと思った。同じような考え方同士、仲良くできたというよりは、愚痴の言い合い、傷の舐め合いをしているように感じた。社会や要領よく生きている人たちと馴染めないボクたちは自堕している自分たちの生活を無理矢理肯定しようと必死だった。
「そもそも義務教育とか必要ないと思うんだ。リアルの学校はイジメの温床だし。この際、権利教育、つまりライトスクールに一本化すればいいと思うんだよ。ライトスクールで勉強も教えればいい。」
「そうだよな、リアル社会に適合して生きられないオレたちみたいな人間だっているんだから、もっとライトスクールに重きを置けばいいと思う。」
なんて口先だけはまるでどこかの大学の教授みたいな偉そうなことを言い合っては、退屈な時間の暇つぶしをしていた。

 大人のライトスクールに登録したのはもうひとつ理由があった。瑞木刑事みたいな人とまた出会えるんじゃないかと密かに期待していたから。本当は本人と再会したかった。けれど小学生の頃から刑事になると真剣に語っていた瑞木刑事は今頃本当に夢を実現させているだろう。一方でボクはあの頃の夢なんて、とっくに捨ててしまった。会わせる顔がない。そう思って、彼のことは遠ざけるようになっていた。

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 登録してたくさんのクラスを見て回ったけれど、瑞木刑事のような人はいなかった。無理もない。ここは大人のライトスクールなのだから。子どものライトスクールなら、「刑事になりたい」とか「〇〇になりたい」と夢を書く生徒は多いだろう。けれど大人の場合、すでに夢を叶えてしまったか、諦めてしまったような人が多くて、「刑事目指してます」なんて自己紹介に書いている人は見当たらなかった。だからボクは仕方なく、「路地裏のつむじ風」というクラスを選び、社会から脱落した似たような者同士のクラスでなんとなく死んだように生きる生活を送っていた。

 こんなボクでも瑞木刑事と出会った頃から高校生くらいまでは真剣に芥川賞作家になると夢見ていた。瑞木刑事とは住んでいる所が遠くてリアルではあまり会えなかったけれど、メールで毎日のように会話していたし、ボクが書いた作品を真剣に読んでくれた。いつしか春音くんに負けないくらい、瑞木刑事もボクの作品に感想を伝えてくれるようになっていた。読んでくれる人がいると張り合いが出る。次はもっと良いものを書こうとモチベーションが上がる。本当に作家になって、芥川賞ももらって、読んでくれる友達に感謝を伝えたいと思っていた。だから中学生の頃なんて勉強そっちのけで執筆活動に没頭していた。作家になるためには、とにかく書くことが重要だと本で読んだから。がむしゃらに書き続ければいつかきっと夢は叶うと信じていた。高校生になると、文芸部に入部し、冊子を作っては本を作った気分に浸り、もはや作家になれた気になっていた。文化祭で出品した手作り冊子も多くの人たちの手に取ってもらえた。着実に作家への道のりを歩めていると思っていた。勘違いしていた。現実は甘くなかった。

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 中高生の頃は読書感想文で賞をもらえたこともあった。小学生の頃、通っていた学校には読書感想文はなく、代わりに好きなモノ感想文というものを書いていたから、中学生になるまで、読書感想文をあまり知らなかったけれど、瑞木刑事や秋音くんが説明してくれていたこともあって、実は自分は読書感想文が得意だと中学生になった時、気付いた。先生から褒められるし、悪い気はしなかった。作家になりたいのだから、何でも書けないといけない。何でも書いてやる。そんな気持ちで作文や読書感想文、小論文などはいっさい手を抜かなかった。どんなに小さな宿題であっても、文章を書くことだけは真面目に取り組んだ。

 でもその得意なはずの小論文で入学できると思い込んでいた第一志望の大学に落ちてしまった。有名な文学部がある大学で、その大学出身の作家も多かったからその大学で学べれば作家になれると期待していた。まさか落ちてしまうなんて、想定外だった。理数系はともかく、国語だけは合格圏内だったし、受験は小論文を重視してくれる大学だったから、大丈夫だと信じていた。大学に落ちたことよりも、自分の文章そのものが否定された気がして、一気にやる気を失ってしまった。完全にあの妙な自信もなくしてしまった。念のため受験していたすべり止めの大学に入学することになったものの、やはり第一志望の大学とはイメージが違い過ぎる学校で、馴染めなかった。作家を目指すような人なんてひとりもいない学校だった。こうしてボクはあっという間に大学を休みがちになってしまった。

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 どうせこのボクなんかってひねくれるようになった。自暴自棄になって、あれだけがんばっていた書くことも本を読むことも、何もかもやめて毛布の内側に逃げ込んでしまった。書いている最中はあんなに時間はあっと言う間に過ぎ去るのに、何もしていないと時間が経つのが遅い気がした。
最後に瑞木刑事と連絡を取り合った時、彼は「高校を卒業したら、警察学校に通うんだ。」と言っていた。夢を実現させるために、瑞木刑事は努力し続けていた。柔剣道も習っているようだったし、体と心を鍛えていたし、何より亡くなったおじいさんのように身近な人たちから頼りにされる警察官になって、どんな小さな悩み事も大きな事件も自分の手で解決させて、みんなの幸せを守るんだっていつでも前向きに夢を語っていた。ボクはそんな前向きな瑞木刑事に憧れたんだと思う。瑞木刑事のように努力すれば、彼のようになれるだろうと彼の生き方を必死で追いかけていたと思う。憧れの彼に「芥川先生すごいよ」って褒めてもらえるから、執筆もがんばれた。高校生の頃、冊子を作る度に「もう作家みたいなものじゃん。夢叶ったね。次は芥川賞だ。」なんて励ましてもくれて…。「芥川先生が書く作品ってちょっと悲しくて暗いのに、必ず春の太陽みたいな暖かさを感じられる部分があるから、陽多って名前の通りだね。」と言ってくれたこともあった。本当にうれしかった。ボクは名前とまるで反対の性格で暗い日陰みたいな人間だったから、本名にコンプレックスも感じていたから。彼はある意味、ボクにとって人生のコーチみたいな存在だった。でも彼は今頃、警察官になるため、こんな毛布の中で包まっているボクと違って、厳しい訓練に耐えているだろう。そんな彼を頼ることもできず、大人のライトスクールのクラス「路地裏のつむじ風」を発見して、一日中、ネットの中に入り浸っていた。

 クラスのみんなは偉そうな発言をしつつも、実生活ではネットゲームに明け暮れていたり、アルバイトさえせず、親のスネをかじって生活するニートのような人がほとんどだった。中にはネットゲーム依存なのではないかと思えるほど、オンラインゲームに没頭しているような人もいた。課金額が今月十万円超えたとか三日も寝ていないとか、一歩も部屋から出ていないとか時々つぶやく人もいた。ほとんど病気レベルなんじゃないかと心配にもなったけれど、心配したところで、ボクだって似たようなものだ。何もしてあげられない。ゲームはしていないけれど、一日中部屋の中に閉じこもって、スマホやパソコンばかり覗いている。昔からボクに甘い両親はあまり叱ることもなかった。食事を部屋に運んでくれたし、欲しいものは何でも買ってくれた。休学している間も学校に在籍し続けるために必要なお金も払い続けてくれた。そんなやさしい親に感謝しつつも、どうして何も言わないんだろう、叱ってくれないんだろうと不思議と腹立たしさも込み上げてきた。無理矢理でも引きずり出して、この狭い世界から違う世界を見せてくれたらいいのにとボクはやっぱり親に甘えていた。
 お母さんは「気分転換に一緒に散歩しない?」とか「せっかくあるんだからたまにはピアノでも弾いてみたら。」とやんわり言ってくれることもあったけれど、ボクはその程度のことさえ、やる気が起きなかった。

 ピアノか…。中学生の頃までは習っていたけれど、とっくにやめてしまったし、音楽は別に今さら興味持てないな。秋音くんは今でもきっとギター弾いて歌い続けているんだろうな。もうプロのミュージシャンになっていたりして…。春音くんは第一志望の大学に無事合格したと瑞木刑事から聞いた。落ちてしまったボクに遠慮して、自らは言い出しづらかったのだろう。たかが大学に落ちただけなのに、ボクは唯一の人間関係も失いつつあった。あんなに忘れられない楽しい夏を共有したかけがえのない仲間たちなのに…。

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 でもボクには「路地裏のつむじ風」という居場所がある。新しいコミュニティをみつけたのだから、過去の交友関係はきっぱり捨てようと思った。もう彼らに胸を張って言えることは何もないのだから。書くことはきっぱりやめたし、作家にはなれないし、芥川賞なんて夢のまた夢になったし…。彼らと同じように生き生き輝いて生活できていた過去の自分はもはや存在しなかった。彼らとは別々の方角に歩き始めていた。明るい未来を信じていた過去を振り返ることさえやめて。

 歩み始めた道が正しい道とは限らない。少なくとも「路地裏のつむじ風」というクラスに在籍している限りは明るい未来は臨めないだろう。でもこのクラスにいれば、ひとりじゃないと思えた。同じような思いでもがきながら、あてもなく彷徨っている同志がいてくれれば、少なくとも死ぬことはないと思っていた。生きられるんじゃないかと思っていた。外出するとしても、人目を避けて夜中、人気の少ないコンビニに行く程度だった。必要なものはほとんど親が勝手に用意してくれたし、それほど困ることはなかった。孤独そうにぽっかり夜空に浮かぶ月を見つけると自分と同じだなと思って、コンビニの傍らでぼんやり空を眺めることもあった。

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 そんなこんなで「路地裏のつむじ風」生活はすでに十年以上経過していた。よくも飽きずに同じクラスに在籍し続けているなと感心し始めていた。リアルの学校と違って、何年で卒業という制度もない。望むなら、生涯同じクラスにいてもいいし、一日限りでやめてしまっても構わない。個人の自由を尊重してくれる大人のライトスクールはこの十年でますます利用者が増えた。

 二十九歳になった年。クラスのひとりのアカウントが突然、消えてしまった。ついこの前までゲームがどうとか毎日のように呟き続けていたのに…。クラスを替えたわけではなく、ライトスクールを退学したわけでもなく、どうやら自殺したらしいと噂が囁かれ始めた。もちろん個人のプライバシーに関わる内容だから、公の掲示板で憶測を書き込んだら即削除される。ボクは特に親しいクラスメイトから直接メールで教えられた。ずっとネットゲーム依存に苦しめられていて、入院することもあったけれど、ネットのできる環境に戻るとすぐにまたゲームにのめり込んでしまったらしいと。いくらマイナンバーで管理されているライトスクールとは言え、病んでいるかもしれない生徒全員を何かしらの形でバックアップすることは難しいのだろう。何しろ人数が多すぎる。ほとんどリアル社会と同じくらいの利用者がいて、その中のひとりひとりの苦しみや悩み事を把握して個別サポートする体制はまだ整っていない状況だった。
「オレさ、その人と一回だけメールで話したことあって。本当はゲームから抜け出したいけど、他に夢中になれるものがないから、自分にはこれしかないんだって。生き甲斐のゲームやめてしまったら、生きられないと思うなんて言ってた。」
ボクは自殺までは考えたことはなかったけれど、なんとなく気持ちが分かる気がした。書けなくなった時、何をしていいか分からなくなったから。どうやって生きていけばいいか悩んだ時期もあったから。たまたま大人のライトスクールでこのクラスを見つけて、かろうじて生き長らえている気がする。
「オレさ、後悔してるんだ。その時、何か言ってあげることできたんじゃないかって。こんな世界もあるよって教えてあげることできたんじゃないかって。最近、ハマってる音楽があって。動画サイトで見つけたんだけど、『秋音』ってミュージシャンがいて、その人の作ってる音楽、なんか心に響くんだ。路地裏でひっそり生きるオレたちを勇気付けてくれるような歌が多くて。純粋無垢だった子ども時代なんかを思い出させてくれて。この音楽聞いてみなよって教えてあげれば良かったって後悔してる…。」
ボクは『秋音』という名前に目を見張った。もしかして秋音くん…?

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 ボクは慌てて、彼に教えられた動画サイトで『秋音』と検索してみた。あの秋音くんだった。柊木秋音くん。小学生の頃出会った秋音くんは夢を叶えてミュージシャンになっていた。瑞木刑事と同じように、秋音くんも自分の夢を叶えていた。ボクはなれなかった、なりたかった大人に彼はなれていた。やっぱり敵わないなと思った。少しだけ悔しいなとも思った。春音くんだってきっと大学を卒業してちゃんと就職して、今頃結婚しているかも知れない…。改めて四人の中でボクだけひとり取り残された気がした。でも秋音くんが夢を叶えたことは素直にうれしかったし、誇らしかった。どれも素敵な曲だったから…。曲名が『春の木漏れ陽(び)』、『秋の颯』なんていうのもあって、ボクらのことを忘れないでいてくれる気がして、なんだか無性に泣けてきた。来月、夏祭りのイベントに出演すると書かれていた。

 ボクは意を決して行こうと思った。秋音くんのライブに行けば、もしかしたら春音くんや瑞木刑事とも再会できるかもしれない。一度はボクから切ってしまった絆を取り戻したくなった。捨てたはずの過去が一気に蘇って、あの夏、笑い合えたボクらにもう一度会いたくなった。彼らと出会えた時ボクは、ボクらを出会わせてくれた神さまって親切だと感謝した。でも彼らと同じ道を進めなくなって、挫折を味わった時、神さまはやっぱり意地悪だと思った。どうしてボクだけ置いてけぼりなんだろうって別々の道を進ませようとする神さまを恨んだ時期もあった。でもこうして秋音くんとまた出会わせてくれて、神さまはやっぱり親切なのかもしれないと思い直した。

 もうすぐ夏がやって来る。三人と再会できたら、今とは違う景色が見られるかもしれない。ひきこもり生活から抜け出せるかもしれない。「路地裏のつむじ風」というクラスを卒業できるかもしれない。十年以上続いたボクの長い夏休みが終わる夏になるかもしれない。
 ひさしぶりに夜ではなく、昼間、散歩してみた。太陽の光がまぶしい。風を感じた。夏の匂いが漂う爽やかな風。被っていたパーカーのフードを外すと、白い肌に夏の気配が感じられた。

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★「図書室のない学校」シリーズ物語一覧★

☆第1章~小学生編~☆

 <1>『「図書室のない学校」~夏休みの宿題交換大作戦~』

 <2>『「図書室のある学校」~春音と秋音の入れ替わり大作戦~』

 <3>『「夏休みの約束」~「ライトスクール」で友達の秘密を探ろう大作戦』

 <4>『「約束の夏休み」~ミッション変更、四人そろって仲良くなろう大作戦~』

☆第2章~大人編~☆

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・前編)

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・後編)

 <7>『「約束の夏」~あの頃思い描いていたボクたちの今、そしてこれから~』(春音)

 <7に登場した童話>ポプラの木

 <8>『「永遠の夏休み」~あの世でみつけたオレの生きる道~』(颯太) 

☆第3章~子ども編~☆

 <9>『「秘密の夏休み」~タイムカプセルみつけて冒険の旅をさあ始めよう~』

 <10>『「秘密の友達」~二人だけのファッションチェンジスクール~』(陽音)

 <11>『「秘密の本音」~颯音から陽音へ送る手紙~』(颯音)

 <12>『「図書室フェスティバル」~遥かな時を越えて新しい図書室で夢を描くよ~』(晴風)

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