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『「秘密の夏休み」~タイムカプセルみつけて冒険の旅をさあ始めよう~』<9>

 「はぁ、最近の夏休み、つまんないよな。」
「何年か前まで、秋音くんや陽多くんがこの家に入り浸っていて、よく一緒に遊んでくれて楽しかったのにね。」
「二人とも売れっ子になって全国飛び回っているから仕方ないよ。」
小学五年生の夏休み、オレたちはまた無人になることが増えた春心のおじいちゃんが所有している古民家に遊びに来ていた。大人たちはそれぞれ忙しいらしい。一番暇そうだった陽多くんは売れっ子作家兼ひきこもり支援サポーターとして全国の空き家を回って、その空き家でひきこもりの人たちに自立を促す教室の講師もしていた。秋音は超売れっ子ミュージシャンになっていた。全国にファンがいて、四十七都道府県ライブツアーを毎年行なっている。その忙しい合間を縫って、陽多くんが開いている教室で音楽を教えたり、ライブしたり、二人とも多忙なはずなのに、なんだかとても楽しそうだった。

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 「大人たちはいいよなー好きな時に好きな所へ行けて。」
「私たちはせいぜい夏休みに東京からここへ遊びに来るくらいだもんね。」
「ボクは東京よりこの街が落ち着くな。この家好きだよ。静かで読書しやすくて。」
一緒に来るはずだった親たちが急用で来られなくなり、オレたちはほったらかしにされていた。でもオレのお父さんの実家がすぐ側にあるから、その家の人たちが一応保護者代わりになってくれて、面倒は見てもらえたけれど、お父さんが死んでしまってもういないから、なんとなくオレはお父さんの実家に馴染めなかった。だから、お父さんの実家のすぐ近所の春心のおじいちゃんの家で子どもたち三人だけで宿泊していた。三人だけとは言え、もしかしたら元々この家を借りていた陽多くんや秋音がオレたちに会いにひょっこり顔を出してくれるんじゃないかと少しだけ期待もしていた。陽音は本が好きで、作家の陽多くんが大好きだし、オレは音楽が好きで、ミュージシャンの秋音が大好きだから、まるで二人はオレたちの父親代わりみたいだった。数年前まで、二人は自分たちだけが独占できる一番近くにいてくれる大切な存在だったのに、二人とも今や全国のファンを抱える有名人、みんなのものになってしまった。どんどんオレたちの手の届かないところへ行ってしまうようで、なんだか少し寂しかった。もちろん二人が努力しているのは間近で見ていたし、それぞれが夢を叶えたことはオレもうれしかったけれど、でもほんとはあの頃と変わらず、ずっと側にいてほしかった。

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 「退屈だから、恐竜の秘密基地にでも行こうか。」
「うん、秘密基地に行こう。」
山間の少し開けた公園にある恐竜の遊具はオレたち三人の秘密基地だった。
「ここってこんなに狭かったっけ?」
「昔は三人で入っても余裕だったのにね。」
小学一年生の時、大人たちに連れられて初めて訪れた公園。恐竜の遊具はなんだか最近少し狭く感じられるようになった。

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 オレの双子の弟の陽音は顔こそそっくりだけど、性格は全然違って、大人しくて少し怖がりで、でもやさしくて、読書が好きな子どもだった。
「陽音くんはまた読書?本当に本が好きなのね。」
春心が感心している。
「うん、恐竜の中にいると落ち着くんだ。本を読むのにぴったりで。」
「春心さ、何でオレのことは呼び捨てなのに、陽音のことは「くん」付けるんだよ。不公平だよな。」
春心はいつだってオレのことは颯音って呼び捨てして、陽音のことは陽音くんって呼んでいるのがずっと気になっていた。
「だって仕方ないじゃない。颯音が私のこと呼び捨てするんだもん。陽音くんはちゃんと春心ちゃんって呼んでくれるから、だから私も陽音くんって呼ぶの。」
「今さら春心ちゃんなんで呼べるかよ。春心は春心だし。」
「じゃあ私も無理。」
春心とオレは出会った頃から男友達同士のような関係で、走り回ったり、ふざけ合ったりして遊んでいた。陽音が大人しいということもあって、まるで陽音の方が春心より女の子みたいだ。春心は元気で明るくて、強気で、負けず嫌いで、それからいちい陽音のことを褒めるし、オレのことはけなすし、なんか気に入らない。

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 「いーこと思い付いた。」
オレは公園のあちこち穴を掘り始めた。
「ちょっと、颯音、何やってるの?勝手に穴なんて掘ったら、大人に叱られるよ?」
「ほら、秋音の『タイムカプセル』って歌の中にある秘密基地のタイムカプセル探そうと思って。」
「はぁ?バカじゃない?あれは秋音くんの作り話じゃない。ただの歌詞なんだから。」
「だけど、昔、秋音やおまえのお父さんが言ってたじゃん。ここが秘密基地だったとかどうとか…。」
「そうだけど、あの歌って子どもたちが入れ替わるとかどうとか現実離れしたファンタジーな歌詞じゃない。作り話よ。」
「でもさ、暇だから。タイムカプセル探すんだ。」
「颯音ってほんと、陽音くんと違って子どもっぽい。私、陽音くんと一緒にあっちで本読んでるから。」
春心は呆れて陽音の方へ行ってしまった。ウソみたいな歌詞だけど、でもオレは分かる。ずっと秋音の音楽聞いて育ったから。秋音の歌詞には時々、本音とか昔話が描かれていて、『タイムカプセル』もきっとそうだと思うんだ。作り話なんかじゃない。この歌はきっと、秋音の子ども時代の歌だ。

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 「日が落ちて来たから、そろそろ帰ろう。こんなに穴ばかり掘って。誰かにバレないうちに、元に戻さないと。」
春心が文句を言いながら、オレの掘った穴に土をかぶせて元に戻し始めた。
「おい、見つけたぞ!」
十か所以上掘ったと思う。ついに見つけた。古ぼけた空き缶に入ったタイムカプセルを。
「えっ?ウソ?ほんとにタイムカプセルなの?」
「ボクにも見せて。」
中身を確認すると四通の手紙が入っていた。
「瑞木颯太…父さんだ!」
「こっちは柳木陽多…陽多くんだ!」
「残りの二通は桧木春音…パパの手紙!それから柊木秋音…秋音くん!」
「すげーほんとにあった!秋音のタイムカプセル。」
オレたちがワクワクして手紙を読み始めた瞬間、地震が起きた気がした。ぐらぐら揺れ出して、目をつむった瞬間、違和感を感じた。

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 目を開けると、辺りの景色が一変していた。
「ねぇ…ここどこ?」
「公園じゃないみたい。恐竜の秘密基地もないよ。」
「木だらけで、なんか木で組まれた小屋もある…。」
誰かが手作りしたような鳥小屋のような子どもが入れそうな小屋があった。
「何、どうなってのる?私たち、さっきまで公園にいたよね?」
「ボク、なんだか怖いよ…。」
「とにかく、暗くなって来たから、山を下りよう。」
山を下りると、春心のおじいちゃんの家があった。でもさっきまでより何だか新しくて少し立派に見えた。明かりもついている。秋音か陽多くんが帰って来てるのかな?

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 家の中に入ると、見知らぬおじいさんがひとり居間でうとうとしていた。
「ねぇ、あの人、誰?」
「うちに勝手に入って寝てるなんて泥棒?」
オレたちがひそひそ話していると、その人は目を醒ました。
「おや?キミたちどこの子だい?この辺では見かけない顔だね。」
「おじいさんこそ、どちら様ですか?ここはオレたちが春心のおじいちゃんから借りている家なんですか。」
オレは強気でそのおじいさんに問い返した。
「春心のおじいちゃん?うちの孫なら春音だよ。人違いじゃないかね?」
たしかに「春音」とその人は言った。春音って、春心のお父さんの名前…。
「ねぇ、この人、うちのおじいちゃんに似てる気がする。」
春心がひそひそ耳うちした。
「あのカレンダー、二十年以上前だよ。」
陽音も驚いた様子でつぶやいた。
 オレたちは自分たちの身に起きていることを少しずつ理解し始めていた。タイムカプセルを開けたら、タイムスリップしてしまったんだと。それに気付いて、慌てて春心のひいおじいちゃんに下手な猿芝居をし始めた。
「すみません、オレたち東京から来たんですが、お金を落としてしまって、その泊まる所もなくて…。」
「そうなのかい。交番教えようか?お巡りさんに探してもらおう。」
「いえ、親たちには連絡したので、少しだけ泊めていただけませんか?」
「そうかい、そういうことなら、今夜はうちに泊まるといいよ。」
春心のひいおじいちゃんはオレたちをすんなり受け入れてくれた。

 「はー良かった。とりあえず居場所確保できて。」
オレたちは少し新しくなった見慣れた畳に横になった。
「ねぇ、もしもほんとにタイムスリップしちゃったなら、どうしよう?」
「戻れるのかな、ボクたち。」
二人は心配し始めていた。
「バカ、戻れないわけないだろ。何かわけがあって少しの間、過去に戻ってしまっただけだよ。またはこれは夢かもしれない…。夏休みの夢…。」
「夢ならいいけどね。とにかく明日明るくなったら、またあの公園に行ってみましょう。」
「そうだね、あそこに行けば戻れるかもしれない。」
こうしてオレたちは不安を抱えたまま眠りについた。

 「朝食ごちそうさまでした。おいしかったです。」
「もう迎えが来たのかい?もう少しうちにいてもいいんだよ。」
「いえ、大丈夫です。お世話になりました。」
オレたちはひとまず、春心のひいおじいちゃんにお礼を言うと、あの場所へ急いだ。

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 「ここに来てみたけれど、やっぱり昨日と同じだな…。」
「恐竜の秘密基地じゃないね…。」
「掘った穴もないし、タイムカプセルも手紙もなくなってるし。」
オレたちは今にも壊れそうな誰かが作った小屋の中で作戦会議を始めた。
「せめてあのタイムカプセルさえあれば、戻る手掛かりがつかめると思うんだけど…。」
「何もないから、どうしようもないよね。やっぱりボクたちもう戻れないんじゃないかな。」
「何、弱気になってるんだよ。オレたちどうせ退屈な夏休み過ごしてたじゃん。ちょっとの間の冒険だよ。夏休みの冒険!」
「颯音ってば、昨日は夏休みの夢だとか、今日になったら夏休みの冒険だとか、お子様はのんきでいいわね。ねぇ、陽音くん、こんな時って陽音くんならどうする?」
春心はオレのことを無視して陽音に頼り始めた。
「ボクは…ボクなら困った時は本に頼るよ。いろんなこと書いてあるから。ヒントもらえるし。せめてここに本があったらな…。」
「本?それよ!小学校に行ってみない?昔この街にあった小学校には図書室があったってパパから聞いたことあるし。」
「図書室ならボク、行ってみたいな。」
「よし、図書室に行ってみるか。」

 街を歩くと、やっぱり少し様子が変わっていた。今はないお店、駄菓子屋さんとかあるし、それに廃校になってボロボロの小学校はまだ活気があった。
「ボクたち勝手に入って大丈夫かな?」
「小学生だし、なんとかなるわよ。」
「教室じゃなくて、図書室に行くだけだし。」
校内に潜入して、「図書室」を発見した。
「うぁーすごい!たくさん本が並んでいてすごいな!学校の中に図書館があるなんて。」
本好きの陽音は無邪気に喜んだ。
「喜んでいる場合じゃなくて、過去に戻る方法を探さないと。」
「百科事典とか読めば書いてあるかしら…。」
本を物色し始めると、誰かがやって来た。
「ヤバイ、隠れよう。」
図書室のベランダに出て、窓からそっと中の様子を伺った。
「あれって司書の先生じゃない?」
「そっか、図書室があるから司書の先生もいるのか…。」
その時、またぐらぐらと目の前が揺れて、地震が来たと思った。

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 目をつむって、開いた瞬間、中には司書の先生ではなく、双子のような子どもたちが二人で何やら話をしていた。
「ねぇ、あれって子どもの頃のパパと秋音くんじゃないかしら。」
「ほんとだ、秋音くんと春音くんだ。まるでボクと颯音と同じように双子みたい。」
春心のお父さんと秋音は兄弟でもないのに、本当にそっくりで、子どもの頃、オレはオレと陽音のように二人は双子なんだと信じていた。しばらく見分けがつかないくらいだった。
「じゃあ春音、これに着替えて。」
「分かった…。」
え?何?あの二人、服交換しちゃった。そして図書室を出て行ったから、オレたちは慌てて二人の後をそっとつけた。
「春心のお父さん、秋音くんの家に行っちゃった…。」
「秋音は春心のひいおじいちゃんの家に入ったぞ。」
「どうなってるんだ?」
「ねぇ、これって『タイムカプセル』の歌詞の通り、二人は入れ替わって過ごしたってことじゃない?」
「ほら、やっぱり、オレが言った通り、あの歌は実話だったんだよ。」
オレたちは大人たちの子ども時代の秘密を知ってしまった。秋音のやつ、オレと同じくらいイタズラ好きだったんだな。春心のお父さんもなかなかやるな。大人の目をだまそうとするなんて。楽しい秘密の夏休みの始まりだと思った。

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 気付くと入れ替わったはずの二人は消えていて、また春心のひいおじいちゃんの家に辿り着いていた。
「おや?キミたち、まだ親御さんたち迎えに来ないのかい?」
オレたちに気付いた春心のひいおじいちゃんが玄関を開けてくれた。
「はい、すみません、もうしばらく泊めていただけませんか?」
「いいとも、好きなだけ泊まっていくといいよ。年寄りひとりで寂しかったんだ。孫の春音も帰ってしまったばかりで。」
「ところでキミたち何年生?」
「オレたち五年生です。」
「じゃあ春音と同級生だ。」
どうやらオレたちは春音くんと秋音の小学五年生時代にタイムスリップしてしまったらしい。歌詞の中にある、小学生の夏の秘密…。それをオレたちはこれから解き明かせるのかもしれない。

 とは言え、春音くんになりすました秋音は東京だし、秋音になりすました春音くんは秋音の家にいるし、二人と接触することは難しかった。というか出会えるわけがない。オレたち、未来から来た春音くんとそれから颯太くんの子どもです、なんて自己紹介できるわけもないし…。

 頻繁に小学校に行ったら、大人たちにバレてしまうだろう。オレたちはまだ整備されていない木々が茂る公園の秘密基地で過ごすことが多かった。
 ある日、本を持った春心のお父さんがやって来た。
「見つかるとヤバイから隠れよう。」
オレたちは木々の間から春音くんの様子を伺っていた。
「春音くん、ボクと同じで本が好きだったんだね…。」
あのぼろい小屋の中で、本を読み始めた。間もなく、もうひとり誰かがやって来た。オレたちのお父さんだった。
「颯太、どうしたの?」
お父さんだ、と陽音がうれしそうに見つめた。
「ゴメン、勝手につけて来て。ここが秋音の秘密基地なの?良い所だね。」
あの小屋、秋音の秘密基地だったんだ。頑丈な恐竜の秘密基地とは大違いで、手作りだから、きっとすぐに壊れてなくなってしまったんだ。今じゃあ跡形もないもの…。
「オレにも本読ませて。」
「うん、いいよ。」
お父さん、春音くんのこと秋音くんと思い込んで仲良くしているみたい。なんだか不思議な光景だね、なんて陽音が微笑んだ。

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 春心のひいおいじいちゃんはオレたちを本当の孫のようにかわいがってくれた。見ず知らずのどこから来たかも分からないような子どもたちをやさしく受け入れてくれた。おいしいごはんを用意してくれて、時々お小遣いもくれて駄菓子屋でお菓子を買ったりもした。別に戻れなくても、ずっとこの世界でも構わないかもしれないと思い始めていた。

 ある日、小学校から帰宅した秋音になりすましている春音くんがやって来た。春心のひいおじいちゃんは彼を家の中に招いてしまった。
「まずい、隠れよう。」
オレたちはそっと隣の部屋から二人の様子を伺っていた。二人は春音くんがどうとか、それに戦争の話をしていた。春心のひいおじいちゃんのお父さんは戦争に行ったらしい。しかも特攻隊員に選ばれて。戦争や特攻隊のことはよく知らなかった。陽音は読書家だから、知っていただろうけど。何やら顔がそっくりの人と入れ変わってもらって、生き延びたらしい…。そんな映画みたいなことが本当にあったなんて。春心は少しショックを受けている様子だった。

 オレも双子だから状況は想像しやすい。もしも陽音が戦争にかり出されて、特攻隊員に選ばれたとしたら、オレは身代わりになるなんてできるだろうか。陽音を生かすために、自分の命を犠牲にすることなんてできるだろうか。秋音と春音くんがふざけて入れ替わっているのとはわけが違う。命懸けの入れ替わりなんだから…。

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 その夜、春心が寝静まった後、陽音に起こされた。二人で庭に出た。
「ねぇ、颯音、もしも颯音に何かあれば、ボクが身代わりになるから、安心してね。」
臆病で弱気な陽音からそんなことを言われて、オレは驚いた。
「そんな、戦争時代みたいなことにはならないよ。大丈夫、オレは当分死ぬようなことはないから。陽音に守ってもらわなくても、平気だから。」
「ボク、双子で良かったって思えるんだ。何かあったら助け合えるし、その気になれば入れ替わることだってできるんだし。」
陽音が笑って言った。
「たしかに、どっちがどっちか分からないって、考え方次第でなりすますこともできるから、いざって時は助け合えるよな。オレは陽音を守るから、安心しな。」
生まれた時から双子として生きていたから、深く考えることはしなかったけれど、性格は違えど、顔が似ているって奇跡的なことだし、もっと陽音のことを大事にしようと思えた。こんなに似ている人間って世の中にそういるものではないのだから。

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 秋も深まり、山は紅葉で黄色、赤色、茶色に染まった。秘密基地でイチョウや紅葉の葉を拾った。ドングリとか木の実も。それからポプラの木の葉も。
「いつも夏しか来たことがなかったから、この辺の秋の山って新鮮よね。」
「たしかに、お父さんの実家に来ることもあまりないし、この辺って夏のイメージしかなかったな。秋の山もいいね。」
「もしも戻れたら、この葉っぱと木の実、夏休みの宿題に使おうかな。好きなモノ感想文、秋の山とかにしようかな。」
そう言って、春心はポケットに秋色の山の欠片をつめ込んだ。

 戻れるどころか冬の足音が近づいていた。すっかり葉の落ちた木々に雪が降り積もり始めた。晴れた夜は凍てつく冬空に満天の星が輝いていた。東北は東京よりはるかに寒いけれど、東京では決して見られない美しい星空を見られて幸せも感じていた。
「戻れないまま、とうとう冬になっちゃったね。」
「仕方ないよ、こっちの生活にも慣れたし、もうこの世界で生きるってオレは決めたよ。」
「颯音はバカだから前向きでいいけど、私はやっぱり元の世界に戻りたいよ。ねぇ、陽音くん。」
「うん、戻りたい気持ちもあるけど、でもこっちの世界も悪くはないかな。自然がキレイだし、学校に図書室もあるし、紙の本もたくさんあるし。」
最初は怯えていた陽音も案外、この世界に馴染み始めている様子だった。
「それにしても、こんなにたくさんの雪は初めてだよな。」
「たしかに。東京じゃこんなに積もることはないもんね。」
「オレ、雪合戦してみたかったんだ!」
オレたちは冬の山の中でおもいきり遊んだ。雪合戦したり、雪だるまを作ったり…。

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 雪で赤くなった手を温めながら家に帰ると、春心のひいおじいちゃんが温かいおでんを用意してくれていた。
「冬休みになるから、明日から孫の春音が遊びに来るんだ。みんな、仲良くしてね。同じ五年生だから。」
春心のひいおじいちゃんはなんだかうれしそうだった。
「どうしよう、間近でパパと顔合わせたらまずい気がする。」
「たしかに、ちょっと挨拶する程度ならいいけど、さすがに一緒に暮らすのはまずいよな。」
冬休みだから東京から春音くんになりすましている秋音が帰省するのだろう。場合によっては二人が元に戻って、本当に春音くんがこの家で暮らすかもしれない…。長時間顔を合わせるのはまずいだろうと考えた。

 「仕方ないからさ、他に泊まれそうなところ探そう。春心のひいおじいちゃんの家にお世話になるのは今夜で最後にしよう。」
「そうだね、ずいぶん長いことお世話になったものね。」
「私が生まれた時にはすでに亡くなっていて、会えなかったひいおじいちゃんに会えて、一緒に暮らせてうれしかった。」
オレたちは身支度して最後の夜を名残惜しんだ。

 「今まで、本当にお世話になりました。」
「帰ってしまうのかい?せっかくもうすぐ春音が来るのに。」
「すみません、さすがに親たちが迎えに来ますので…。」
「そうかい、じゃあ仕方ないね。今まで楽しかったよ。ありがとう。」
春心は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「おじいちゃん…ひいおじいちゃん、今までお世話になりました。」
えっ?と一瞬、春心のひいおじいちゃんは少し不思議そうな顔をした。
「また、遊びに来なさい。いつでも待っているから。」
春心のひいおじいちゃんはやさしい笑顔でオレたちを見送ってくれた。

 冬休みで誰もいない小学校の図書室へ向かった。誰にも見つからなければここで過ごせばいいと考えた。
「考えてみれば学校で過ごすのも悪くないかもしれないな。」
「本に囲まれて暮らせるなんて、楽しそう!」
陽音は妙にうれしそうだった。
「ねぇ、誰か来る。」
図書室に足音が近づいてきた。
「寒いけど、ベランダに隠れよう。」
秋音と春音くんだった。二人してあの時のように着替えをして、それからそれぞれギターと本を片手に笑い合っている。
 一瞬、中の二人と、ベランダから中を覗いていたオレたちは目が合った気がした。まずい、バレた、と思った瞬間、またぐらぐらと揺れ始めて、目をつむって開けた時、オレたちは恐竜の秘密基地に戻っていた。何事もなかったかのように、目の前には空き缶と手紙が無造作にちらばっていた。

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 「あれ?オレたちもしかして戻れたのかな?」
「うん、きっと戻れたんだよ。整備された公園に戻ってるし。」
「もしかして夢だったのかな?」
「夢ではなかったみたい…。」
春心がポケットからポプラの葉っぱとドングリを取り出して見せてくれた。

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 「秋音たちがくれた秘密の夏休みだったのかな。」
「そうかもね。颯音が退屈だって言うから、お父さんたちがボクたちを楽しませてくれたんだよ、きっと。」
「好きなモノ感想文のテーマ、タイムスリップに変更しようかしら?」
「すげーなオレたち、秋音たちの秘密の夏休みを体験してしまったな。」
「颯音ってば、『タイムマシン』聞き過ぎなんだよ。お父さんたちが残してくれたタイムカプセルがタイムマシンになって、タイムスリップしちゃうなんて夢みたい。」
「今度秋音に会ったら、新曲にしてってタイムスリップの話してやろうか?」
「『タイムマシン』、『タイムカプセル』、『タイムスリップ』名曲三部作になったりして。」
「私、子どもの頃のパパとひいおじいちゃんに会えたから、本当にうれしかった。」
オレたちの小学五年生の夏休みは二度と体験できないであろう、不思議な思い出溢れるかけがえのない夏休みとなった。三人の秘密の夏休み。しゃべってしまったら、秘密じゃなくなるけど。でもどうせ大人たちは信じないだろう。誰にも信じてもらえなくて構わない。オレたちがひととき一抹の不安を抱えながらも楽しく充実した生活を過ごせたのは事実で、消えることはないのだから…。

 あーでもやっぱり戻ってしまうと後悔もする。せっかくだから秋音や春音くん、それにお父さんと一緒に遊びたかったな。まだ今ほど上手ではない秋音のギターも聞いてみたかったし。一緒に歌ったり、秘密基地で遊んだりしてみたかった。
 もしもまたいつかタイムスリップできたら、その時は一緒に笑い合えたらいいな…。

 「ねぇ、ボクたちもタイムカプセル埋めてみない?」
「いいわね、それ。」
「じゃあ、お父さんたちの手紙と一緒にオレたちの手紙も入れて埋め直そうか。」
「うん、そうしよう。」

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 二十歳になったら、また三人で開けようって約束した。その約束が守られるかは分からない。みんな忘れてしまうかもしれない。でもいつか誰かがこのくたびれた空き缶をみつけてくれて、開封してくれたら、その時はお父さんたちと一緒に遊んでいるオレたちの笑い声が開けてくれた誰かの元に届くといいなと思うんだ。

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 それはただの空き缶なんかじゃない。お父さんたちとオレらの秘密の思い出と将来の夢がたくさんつまっている宝箱なのだから…。開封した瞬間、オルゴールのようにオレたちの笑い声が鳴り響いて、そして開けてくれたキミも、もしかしたらタイムスリップしてオレたちと一緒に遊べるかもしれないよ。

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 「ひさしぶり!会いたかったよ、颯太くん。オレは颯音。」

「颯音くん?キミだれ?なんでオレの名前知ってるの?」

「だってオレたち、颯太くんと遊びたくて、秘密の夏休みから会いに来たんだ。なぁ、陽音。」

 耳をすませば、小学五年生のお父さんたちと再会したオレたちの楽しそうな声がきっと聞こえてくるでしょ?

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★「図書室のない学校」シリーズ物語一覧★

☆第1章~小学生編~☆

 <1>『「図書室のない学校」~夏休みの宿題交換大作戦~』

 <2>『「図書室のある学校」~春音と秋音の入れ替わり大作戦~』

 <3>『「夏休みの約束」~「ライトスクール」で友達の秘密を探ろう大作戦』

 <4>『「約束の夏休み」~ミッション変更、四人そろって仲良くなろう大作戦~』

☆第2章~大人編~☆

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・前編)

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・後編)

 <6>『「夏休みからの卒業」~途切れた夢の続きを取り戻すボクらの新しい夏の始まり』(陽多)

 <7>『「約束の夏」~あの頃思い描いていたボクたちの今、そしてこれから~』(春音)

 <7に登場した童話>ポプラの木

 <8>『「永遠の夏休み」~あの世でみつけたオレの生きる道~』(颯太)

☆第3章~子ども編~☆

 <10>『「秘密の友達」~二人だけのファッションチェンジスクール~』(陽音)

 <11>『「秘密の本音」~颯音から陽音へ送る手紙~』(颯音)

 <12>『「図書室フェスティバル」~遥かな時を越えて新しい図書室で夢を描くよ~』(晴風)

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