見出し画像

『「秘密の友達」~二人だけのファッションチェンジスクール~』<10>

 ボクはずっと着せ替え人形に憧れていた。かわいいワンピースやキレイなドレスを着せてあげることができるから…。幼馴染の春心ちゃんは颯音と一緒に外でスポーツしたり、音楽を聞くことの方が好きで、女の子だけど人形遊びにはあまり興味がなかった。誰かにもらったという人形もほったらかしだった。ボクがその人形に興味を示すと、「そんなにほしいならあげるよ。」とボクにその人形をくれた。ボクは春心ちゃんからもらったラベンダー色の髪の人形を本棚に本と一緒に並べて飾った。今でも密かに大切にしている着せ替え人形はたくさんの本に紛れて、ひっそり佇んでいた。

画像1

 「ねぇ、あなた二年四組の瑞木陽音くんよね?」
日曜の昼下がり、図書館で本を読んでいると突然見知らぬ子から話し掛けられた。
「うん、そうだけど…キミ…誰?」
顔を上げて見たところ、彼女は同じ学校の制服を着ていた。
「私、二年一組の楠木晴風(くすのきはるか)っていうの。瑞木くんって双子だから、実は一年生の頃から知ってたの。」
双子の兄の颯音とは一年生の頃は同じクラスだったこともあって、ボクらは学校で目立っていたと思う。
「そっか、颯音のことも知ってるんだ。颯音とは二年生になってから、クラスも離れてしまって。」
「一年生の頃は同じクラスだったから、先生とかクラスメイトはたいへんだったんじゃない?そっくりで間違えてしまいそう。」
たしかにボクたちは容姿がとても似ていたけれど、性格は全然違っていた。
「しゃべり方とか、性格が違うから、慣れてくるとみんなけっこう間違えずに接してくれたよ。」
「ふーん、そうなの。ところで、颯音くんって何気にここの図書館に来てるよね?実は私、前から時々見かけてたの。私も本が好きだから。」
「そうなんだ、楠木さんも本が好きなんだね。」
「晴風でいいよ!最近はオンライン図書室で電子書籍を借りる子が多いけど、私は紙の本の方が好きなの。質感とか、それから読む時も目が疲れないし。」
「ボクもだよ!電子書籍はどうも苦手で…だから図書館に来てるんだ。学校にも図書室があったらいいのにね。」
昔は学校に図書室があって当たり前だったらしいけれど、今や図書室のある学校はほとんどなくなっていた。代わりにオンライン図書室というのが普及して、ネット上で本を借りるのが当たり前の便利な時代になっていた。
「図書館は大人というかお年寄りが多いから、私たちみたいな若い世代は目立つじゃない?だから颯音くんのことみつけたの。」
「たしかに、オンライン図書室が苦手って人はお年寄りに多いものね。ボクは本に夢中で、晴風さんのこと気付かなくてゴメン。」
「さんとか要らないし!私も陽音って呼ぶから、晴風でいいよ!ねぇ、それより、その本って柳木先生のけっこう昔の本じゃない?」
ボクは陽多くんの古い本を抱えていた。
「うん、家にあったはずなんだけど、ちょっとなくしてしまって、読み返したいなって思って。」
「私、柳木先生の大ファンなの!いつか会って、握手とかしてもらって、サイン書いてもらえたらなーなんて夢見てるの。」
「サイン本なら、ボクの家にたくさんあるけど…。」
「えっ?すごい!見てみたい!何でそんなにたくさんもってるの?」
「陽多くんが新刊出る度にサイン書いて送ってくれるから…。」
「陽多くん?柳木先生のことを陽多くんって呼ぶなんて、もしかして親戚とか?」
彼女は目を輝かせて聞いてきた。と同時に彼女の大きな声に周りの大人たちが迷惑そうにボクたちをじろじろ見始めた。
「図書館であまり大きな声で話すと注意されちゃうよ。」
「そっか、ゴメン。じゃあこれから陽多の家に行ってもいい?柳木先生のサイン本見せてよ!」
彼女はなかなか強引な子で、ボクはイヤとは言えなかった。
「うん、本を見せるくらいならいいよ。」
「ありがとう!」

画像17

 そもそも友達を自分の部屋に連れて行くことなんてなかった。というか学校に友達自体いるかどうかあやしかった。友達と呼べる存在がいるのかよく分からなかった。いつも颯音と春心ちゃんとばかり遊んでいたから、他に友達がほしいとも思わなかったし、それよりもひとりで本を読んでいる方が好きだった。
「本棚に本がたくさん!柳木先生の本もほとんど揃っているのね。すごい!」
彼女はボクの部屋に入るやいなや、子どもみたいに喜んだ。
「陽多くんは元々お父さんの友達で、小さい頃から一緒に遊んでもらったり、交流があるんだ。本も定期的に送ってくれて…。」
「すごい!柳木先生と家族ぐるみの付き合いがあるなんて。うらやましい!いいなぁ、陽音は。そう言えば名前も似てるものね。」
彼女は夢中で陽多くんの本を読み出した。
「これが柳木先生の直筆サイン?やっぱり先生の字って感じ。やさしくて、温かくて…。」
彼女は指先で陽多くんの字をなぞった。ボクは小さい頃から陽多くんのサインをもらって当たり前の暮らしをしていたから、サインがそんなに貴重なのもなんて気付かなかった。
「そんなにほしいなら、一冊あげるよ。」
「えっ?いいの?ありがとう!宝物にするから!」
うれしそうな彼女はふと本棚の奥の人形の存在に気付いた。
「ねぇ、あれって着せ替え人形?妹さんでもいるの?」
「あ、それは幼馴染からもらった人形なんだ。いらないっていうから、たまたまもらっただけ。」
ボクは慌てて答えた。だって男のボクが実は人形が好きで、大切に保管しているなんて言ったら、軽蔑される気がしたから…。
「ふーん、そうなの。人形が好きなのかなって思って。だってほら、陽音くんって女の子みたいにかわいいから。あっ、ゴメン、男子にかわいいなんて言ったら嫌がられるかな。」
ボクはうれしかった。かっこいいって言われるより、かわいいって言われる方が何倍もうれしかったから。
「そんなことないよ、かわいいってボクにとって褒め言葉だよ。ありがとう。」
この時、彼女はボクの気持ちを察してくれたと思う。だから提案してくれたんだと思う。ボクは本当に感謝している。強引な性格の彼女に。
「ねぇ、来週の日曜日、私の家に遊びに来ない?サイン本のお礼したいから。」
こうしてボクは次の日曜日、彼女の家に遊びに行くことになった。

画像3

 彼女の部屋に入ってみて驚いた。パステルカラー、レース、リボン…女の子が好きそうな夢見心地のかわいらしい世界が広がっていた。
「すごい!女の子のお城みたい!」
「この部屋はママの趣味なの。ママが好きなものを無理矢理私にも押し付けるのよ。私は本当はもっと落ち着いた部屋、男の子の部屋みたいなところで過ごしたいのに…。」
彼女はぶつぶつ文句を言っていたけれど、ボクにとってはまさに憧れの部屋だった。
「着せ替え人形もたくさん並べてあるんだね。」
「あぁ、あれもママの趣味。ママが自分のコレクションを勝手に並べてるの。私も好きだろうって思い込んで…。」
何体ものキレイな人形が棚にずらりと飾られていた。
「洋服もかわいいのがいっぱいだね!スカートもワンピースも全部かわいい!」
ボクはずっと憧れていた女の子の洋服を見て、ついつい興奮してしまった。
「その服もみんなママが勝手に買ってくれるの。私はスカートとかワンピースよりも動きやすい男の子みたいな格好の方が好きなんだけど。何でもかんでも女の子らしいものを押し付けるの、ママって。男の子の兄弟に囲まれて男の子みたいな生活してたから、女の子らしい部屋に憧れるんだって。」
彼女はまだぶつぶつ文句を言っていた。
「本当は髪の毛も短くしたいのに、女の子なら少しは伸ばしたらってショートカットにもさせてもらえなくて…。」
ついには溜め息をついてうんざりしている様子だったけれど、ボクはそんなことよりも目の前に広がる憧れの世界に心奪われていた。
「ねぇ、ちょっとだけあの人形触ってみてもいい?」
「いいわよ。ほら、サイン本のお礼するつもりだったし。好きなだけ遊んで行けばいいわ。」
ボクは初めてたくさんの人形の着せ替えをして楽しんだ。彼女は別にさげすむこともなく、側で静かに本を読んでいた。

画像4


「ママの人形じゃなかったら、あげるんだけど、ママの人形だからさすがにプレゼントできなくてゴメンね。でも今思い付いたんだけど…。」
彼女は何かを企てた様子で、にやっと笑った。
「陽音にだけ話すけど、私、男の子の格好をして歩いてみたいの。ママと一緒の時はそういうフリフリの洋服ばかり着て歩いているから、うんざりしていて。それならシンプルな制服の方がマシって思って、ひとりの時はなるべく制服着てるんだけど。」
あぁ、だから日曜日の図書館でも制服姿だったのかと納得した。
「もしも違っていたら謝るけど、陽音って女の子の服に興味ある?もしも着てみたいなら、休みの日だけ、洋服交換しない?」
やっぱり彼女にはバレていた。でもそのおかげで、素敵な提案をしてもらえた。
「うん、実はこういうかわいい服着てみたいって思ってたんだ。今は学校でもだいぶ制服自由に選べるようになったけど、さすがにスカートは選べなくて…。本当はスカート履いてみたかったんだ。」
制服の自由化が進んで、女子でもズボンを男子でもキュロットなどを選べるようにはなっていたけれど、ボクはなんだか颯音に申し訳ない気がして、普通の男子の制服を選んでいた。颯音は音楽もしているし、男らしい性格で、ボクが女の子らしい制服を選んでしまったら、颯音までからかわれるんじゃないかと思って、自分の本音は隠し通していた。
「じゃあ決まり!名づけて休日限定開校の『ファッションチェンジスクール』!陽音と私だけの秘密の学校ね!好きな洋服選んで。試しに着てみようよ。」
彼女のクローゼットに所狭しに掛けられている洋服の中から、選んで着てみた。女の子サイズだけれど、元々華奢なボクにはぴったりだった。
「陽音、私より似合うよ!かわいい!あとウィッグがあれば完璧なんだけどな。」
彼女もボクの洋服を着て喜んでいた。ボクはうれしかった。初めて自分が憧れていたスカートを履けて。そしてかわいいと言ってもらえて。ボクはお小遣いで茶色のロングのウィッグを購入した。来週から本格的に開校するファッションチェンジスクールが待ち遠しくて仕方なかった。

画像5

 颯音とは小学生の頃までは学校でもずっと一緒だった。ボクが颯音に四六時中くっついて歩いていただけなのだけれど。家でも学校でも何をする時も二人一緒だった。だから当たり前のように、颯音と同じ中学校を選んだ。本当はもっとかわいい制服の学校に憧れていたけれど、かわいい制服よりも颯音と一緒にいることを選んだ。元々秋音くんの影響で音楽をしていた颯音は中学生になると軽音楽部に入部した。ボクは帰宅部を選んだ。だから放課後は特にひとりでいる時間が増えた。二年生になってからはクラスも離れ離れになってしまったし、ますます颯音と一緒にいられる時間が減ってしまった。一緒にいて当たり前だと思っていたのに、それは当たり前のことではなかった。少しずつボクたちはそれぞれの人生を歩み始めていて、大人になるってそういうことなんだろうけど、なんだか寂しかった。そして一緒にいられる時間が減ったせいか、ひとりの時間が増えたせいか、ボクは自分の気持ちにも気付いてしまった。ボクはたぶん颯音のことが好きなんだと…。

 でも男同士だし、しかも兄弟だし、こういう気持ちは持ってはいけないんだと自分に言い聞かせて気付いてしまった本心は本棚に飾っている人形のケースの中に、着せ替え人形が好きという気持ちと一緒に隠していた。大事な気持ちだけれど、公にしてはいけない、誰にも伝えてはいけない、秘密の気持ち…。でも思いがけず、晴風がファッションチェンジスクールなんて発案してくれたから、隠していたはずの気持ちも一緒にボクの元へ帰ってきてしまった。颯音を意識するようになってしまった。だから気付かれないように、家でも距離を置くようになった。

画像6

 待ちに待った日曜日。誰もいないという晴風の家で、お互いの洋服をチェンジした。これって陽音くんが書いた物語の中に登場するそっくりな顔の子たちが入れ替わる話となんだか似ているなと思った。別にボクたちは顔は似ていないし、性別も違うけれど、それでもこうして洋服を交換することくらいはできる。着せ替えくらいはできるんだとなぜか勇気をもらえた。
「ねぇ、これって柳木先生の物語にもある入れ替わる二人の話みたい!」
「ボクもそう思ってたよ。」
彼女はボクの服を着て、ボクは選びきれないほどある彼女の部屋の洋服を着て、外出した。忘れずにウィッグもつけて。

画像8


「やっぱり、髪が長いとそういう服ますます似合うよ!陽音かわいい!」
「そうかな、ありがとう。晴風もかっこいいよ。」
着慣れないワンピースを着て、長い髪を風になびかせて外を歩いた。少し恥ずかしい気もしたけれど、それ以上にうれしかった。やっと着てみたかった服を着られて外を歩いていることが幸せだった。
 ボクらは洋服を交換したまま、図書館へ行ったし、本屋さんにも行った。それからそれぞれが着てみたい服をそれぞれ好みのショップへ入って選んだりした。
「陽音はその服がほしいの?じゃあ今度ママに買い物に連れて来てもらった時、その服も買っておくから。」
「えっ、いいよ、そんなの悪いよ。」
「悪くないよ。どうせママも陽音と同じような服が好きだし。ほしいって言えば買ってくれるから。でも代わりに私も好きな服選んでいいでしょ?」
彼女はボーイズファッションショップに入ると、
「そのうちこの服買っておいてね。」
と笑った。
 おかしな関係だったけれど、なんだか不思議と楽しかった。晴風は本当にボクが好きと言った服を買ってくれていたし、ボクも新しい服を買う時は晴風がほしいと言っていた服を買うようになっていた。それぞれのクローゼットにはお互いの好みの趣味の服が並んだ。それは少し滑稽だけれど、身近に彼女がいてくれる気もして、ボクはなぜか幸せだった。

画像8

 「もうすぐ夏休みだねー」
七月に入ったばかりの日曜日。ボクたちはいつものようにファッションチェンジをして、ボクは女の子になりきって、彼女は男の子になりきってアイスクリームを食べていた。
「傍から見ればカップルのデートに見えるかもね。」
晴風がくすくす笑っている。

画像9


「夏休みはどうする?まさか毎日服を交換するわけにはいかないよね?」
「そうだねーうちのママは日曜日は仕事でいないことが多いけど、平日休みの日もあるし…。」
「ボクの家もお母さんとそれから颯音がいるから、毎日は無理かな。」
「お父さんは?」
「三歳の頃に死んでしまっていないんだ。だから陽多くんが父親代わりみたいなもので。」
「そうだったの…知らなくてごめんなさい。うちのパパは単身赴任中だから今は家にいないの。」
「気にしないで。ボクが話してしなかっただけだし。晴風もたいへんだね。お父さん家にいなくて。」
「うん、パパがいないから、ママはどうしても私のことばかり干渉するの。子ども時代の夢を押し付けたり、女の子らしい趣味の部屋に勝手に模様替えしたり…。」
「でも晴風のお母さんは悪気ないと思うよ。晴風は趣味じゃないかもしれないけれど、ボクにとっては趣味の合う素敵なお母さんだよ。」
晴風がとけそうなアイスクリームを食べながら「そうかな」って少し困ったような表情をした。

画像10


「ところで、夏休みだし、毎日は無理でもいつもよりは頻繁にファッションチェンジスクールやろうね!夏休み何か予定ある?いない日とかあったら教えてね。」
「夏休みと行っても、特に予定はないかな…。もしかしたら死んだお父さんの実家には行くかもしれないけど。あ、東北なんだけどね。後はそうだな…秋音くんのライブに行く予定だよ。」
「秋音くんのライブってまさかあの秋音のこと?ミュージシャンの秋音?」
「うん、そうだよ。秋音くんも死んだお父さんの友達だから。」
「えっ、すごい!陽音って柳木先生と知り合いだし、秋音とも知り合いなんて。お父さんすごい人だったんだね…。何してた人なの?」
「うちのお父さんは警察官だったよ。仕事中に事故で死んでしまったんだってお母さんから教えられてる。」
「そうなんだ、陽音のお父さんもすごいね!警察官なんて。でも警察官に作家にミュージシャンってなんだかつながりのない職業ばかりで不思議。」
「大人になってからの友達じゃなくて、子どもの頃から友達だったんだって。」
「へぇーそんなこともあるのね。なんだか素敵。」
「あのさ、秋音くんのライブって興味ある?一緒に行く?チケットもらったんだけど、余ってるんだ…あ、関係者の特別席だから正面から見れる場所ではないんだけどね。」
「えっ?チケット余ってるの?颯音くんと一緒に行くんじゃないの?」
「去年までは二人で行ってたんだけど、颯音、軽音に夢中で、今年は学生のロックバンドコンテストに出場するとかで部活忙しいんだって。ちょうどライブの日とコンテストの日が重なっていて。」
颯音はますますロック音楽にのめり込んでいた。秋音くんみたいなミュージシャンになるんだってはりきって部活をがんばっていた。ボクはそんな颯音を心から応援したいと思ったし、それから颯音が音楽で忙しければ颯音を好きなボクの気持ちも気付かれずに済むと寂しい反面、安心する気持ちもあった。ボクたちの距離は少しずつ開いていた。
「そういうことなら、私も是非秋音のライブに行きたい!いつか行ってみたかったの。秋音のライブ。タイムマシンとタイムカプセルとタイムスリップって三部作が大好きで。」
「タイム三部作は秋音くんの人気曲だものね。リクエストしておくから。演奏してもらえるかは分からないけど。」
「ありがとう!うれしい!」
こうして中学二年生の夏は晴風と過ごす機会が増えた。服を交換して、図書館で夏休みの宿題をしたり、お気に入りのショップを覗いたり、冷たいものを食べたり…。異性とデートしているというより、気の合う同性の友達と遊んでいる感覚だった。女の子だけど春心ちゃんとも違うし、男の子っぽいけどもちろん颯音とも違う。馬が合うってこういうことなのかなと思った。

画像11

 「好きなモノ感想文は何のテーマにするの?」
「ボクは…本当は女の子の服に関して書きたいんだ。でもクラスのみんなにバレるのは恥ずかしいから、まだ悩んでいるよ。晴風は何について書くの?」
「女の子の服に関して書けばいいのに!別に誰も笑わないと思うよ。私は毎年柳木先生の本を読んで感想を書いているの。」
「それって昔で言う読書感想文じゃない?」
「そうそう、昔は好きなモノ感想文じゃなくて、読書感想文っていうものがあったらしいわね。私、その時代の方が良かったなー。だって学校に図書室もあったんでしょ?」
「うん、ボク一度だけ学校の図書室に入ったことあるんだけど、素敵な所だったよ。学校の中に図書館があって。」
「へぇーいいな。私も入ってみたい!どこの図書室に入ったことがあるの?」
「小学五年生の頃に…東北のお父さんの家の近くの小学校で。」
あの夏のことは忘れられない。颯音が秘密基地でタイムカプセルみつけて、ひょんなことから春心ちゃんとボクたちはタイムスリップして、小学五年生のお父さんたちを見ることができたんだ…。でもそれは三人だけの秘密だけから、晴風には内緒だけど。でも二人はもう忘れてしまったかもしれないな…。中学生になったらあまり三人揃って遊ぶこともなくなったし、今年もそれぞれ忙しいからもしかしたらあの秘密基地へは行けないかもしれないし、寂しいな…。そう感じてもいたから、晴風という新しい友達はボクにとって大切な存在だった。

 八月下旬の秋音ライブの当日。ボクはいつものように晴風の家に行って、驚いた。晴風は長かった髪をばっさり切ってショートヘアになっていたから…。
「どうしたの?その髪。似合ってるけど、お母さんに怒られるんじゃなかった?」
「せっかくの秋音のライブだし、思いっきりロックな格好したくて。髪切っちゃった。いつまでもママの着せ替え人形のままじゃいられないよ。私ももう十四歳だし。」
そう言って笑った彼女はなんだかとてもたくましく、カッコよく見えた。
「すごいなー秋音くんに負けないくらい、晴風もロックじゃん。」
「陽音も気合い入ってるね。紫色のウィッグ似合ってるよ。」
それまで控えめな茶色のウィッグをつけていたけれど、思い切ってパステルカラーの服に似合いうそうなラベンダー色の新しいウィッグを購入していた。まるで本当に着せ替え人形みたいだと自分でも笑えた。夏休みだし、いつもとは違うこと、楽しいことをしてみたかったのかもしれない。去年まで颯音にくっついて地味な格好でライブに行っていた自分とは大違いだと思った。

画像12

 秋音くんはボクが小さい頃と比べて、かなりの人気ミュージシャンになったというのに、毎年欠かさず小さな街の小さなお祭りのライブに出演していた。どんなにツアーで忙しくても、必ずその日だけはその街に戻って、そこで歌い、ギターを弾いていた。どうやらそこが彼の原点らしい。よく覚えていないのだけれど、ボクは六歳の頃、初めて秋音くんをその場所で見た。花火の音がうるさくて、でも花火はとてもキレイで、その前のステージに秋音くんがいたことだけは覚えている。被っていた麦わら帽子が風で飛ばされて、陽多くんに拾ってもらって…。そうだ、麦わら帽子。今年は麦わら帽子も被って行こう。

画像13

 「ねぇ、麦わら帽子ってないかな?」
「えっ?麦わら帽子?ゴメン、ベレー帽とかそれからロリータ系の髪飾りしかないかも…。」
「そっか、じゃあライブ前にちょっと買って行こうかな。帽子屋さんに付き合ってくれる?」
「うん、もちろん、いいよ!」
ライブ前、晴風と一緒に帽子を選んだ。ライブのお礼って晴風がボクが一番気に入った貝殻の飾りがついたオフホワイト色の麦わら帽子をプレゼントしてくれた。ボクはお礼に晴風に似合いそうなロックな黒いハットをプレゼントした。

画像14

 ライブが開演した。花火も上がっているけれど、ボクらがいる関係者席からはよく見えない。秋音くんを見ながら、お客さんたちの席も眺めていた。みんな花火よりも秋音くんに夢中になっていた。毎年全国からファンが殺到して、事前に抽選でチケットを取れた人しか入れないライブだった。大きなドームやホールでライブをすることが多くなった秋音くんだけれど、この小さな会場がライブハウスみたいで一番落ち着くって前に話してくれた。お客さんたちと距離が近くて、表情も見えるから好きなんだって。

 最後に一番大きな花火が打ち上げられた。お客さんたちはなかなか会場を離れようとはしない。みんな「アンコール」、「アキトー」って叫んでいた。花火は消えてしまっても、お客さんたちの熱気が冷めることはなかった。ボクがリクエストしていたタイム三部作もちゃんと披露してくれた。

画像15

秋音くんがステージから降りて、ボクたちに気付いてくれた。
「あれ?もしかして陽音?何その格好?すげー似合ってるよ!」
笑われると思っていたけれど、秋音くんは女の子になりきったボクの姿を褒めてくれた。
「白い麦わら帽子もあの時みたいだし…。そういう格好の方が陽音らしいよ。隣の子は?ガールフレンド?」
「はじめまして。陽音くんのボーイフレンドの楠木晴風って言います。秋音のファンです!」
「ははっ、ごめん、ボーイフレンドか。楠木?楠木…。」
秋音くんは晴風の名字をなぜか気にして、彼女をまじまじと見つめていた。
「今日は颯音、来られなくて残念がっていました。ほんとは秋音くんのライブ見たいけど、オレも秋音に負けないくらいのミュージシャンになるために今はがんばらないとって。」
「学生のロックバンドコンテストって今日なんでしょ?オレも昔出たことあるから分かるよ。颯音、がんばってるんだね。そのうちあっという間に追い越されそうだな。」
秋音くんとそんなことを話していると、見慣れた人がやって来た。
「秋音くん、陽音くん?」
「陽多くん、来てくれたんだ!」
「締め切りなんとか終わらせて、来たよ。秋音くんのライブ、ひさしぶりに見たくて。かわいらしい女の子は陽音くん?」
「えっ、ウソ!柳木先生?本物?私大ファンなんです!お会いできて光栄です!」
ボクが返答するより先に、晴風が興奮した様子で陽多くんに話し掛けた。
「こちらの子はどなた?陽音くんの友達?女の子…だよね?」
「はい、陽音くんのボーイフレンドの楠木晴風と申します!是非握手してください!」
「なるほど、ボーイフレンドか。陽音くんはやっとなりたかった自分になれたんだね。良かったね、自分のなりたいものになれて。ずっと女の子に憧れていたんでしょ?」
陽多くんはボクの心をお見通しだったらしい。本当の父親みたいにボクのことを見ていてくれたから、きっと気付いてたんだ。ボクの本心に。
「うん、晴風のおかげで、やっと女の子になれたんだ。晴風がファッションチェンジスクールを開校してくれたから…。」
「何?そのファッションチェンジスクールって。何か楽しそうなことやってるね。それ次作のアイディアにするから詳しく聞かせて。」
陽多くんにファッションチェンジスクールのことを話すことになった晴風はとびきりの笑顔で喜んで説明していた。ちゃっかり陽多くんからサインももらっていた。
「もうすぐ春音くんも来るって。ライブには間に合わなかったけど、秋音くんに会いたいから絶対行くって言ってたよ。」
「そっか、じゃあ久しぶりに三人で大人の夏休みを楽しめるな。と言っても、今夜一晩しか時間ないけど。」
大人たちは忙しい合間を縫って、交友を深めていた。なんだかそういうのっていいな。ボクもあんな大人になれたらいいな。やっとなりたかった自分になれたんだから、ボクもなれるかな。なりたい大人になれるといいな…。

画像16

 「陽音、私たちも打ち上げしよう!柳木先生たちみたいにもっと夏を楽しもうよ。」
「うん、そうだね。でもボクたちはまだ子どもだから、時間に限りあるけど。そんな遅くならないうちに帰らないと。」
「陽音は真面目過ぎ。ちゃんと時間は守るよ。今夜だけの話じゃなくて、残りの夏休み楽しもうってこと!だって大人と違って私たちには本当の夏休みがまだあるんだから!子どもの特権でしょ?夏休みって。」
「そういうことか、じゃあ明日からも夏を楽しもう!ボク、やっぱり女の子のファッションに関して好きなモノ感想文に書いてみようかな…。」
「それがいいよ!宿題とっとと片付けて、もっと思い出作ろう!」
晴風と秋音くんたちに背中を押されて、ボクは女の子として生きていきたいと思えた。女の子として生きてみようと思った。いつか颯音にも打ち明けてみようかな。ボクの本当の気持ちを。たとえ嫌われることになっても、受け入れてもらえても、どちらでも今のボクなら乗り越えられると思うんだ。だって着せ替え人形みたいな女の子の洋服と晴風と過ごした夏休みがボクを変えてくれたから…。
 ボクたちが過ごした中学二年生の夏休み、ボクらの側ではずっと心地よい風がさやさやとなびいていた。

★「図書室のない学校」シリーズ物語一覧★

☆第1章~小学生編~☆

 <1>『「図書室のない学校」~夏休みの宿題交換大作戦~』

 <2>『「図書室のある学校」~春音と秋音の入れ替わり大作戦~』

 <3>『「夏休みの約束」~「ライトスクール」で友達の秘密を探ろう大作戦』

 <4>『「約束の夏休み」~ミッション変更、四人そろって仲良くなろう大作戦~』

☆第2章~大人編~☆

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・前編)

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・後編)

 <6>『「夏休みからの卒業」~途切れた夢の続きを取り戻すボクらの新しい夏の始まり』(陽多)

 <7>『「約束の夏」~あの頃思い描いていたボクたちの今、そしてこれから~』(春音)

 <7に登場した童話>ポプラの木

 <8>『「永遠の夏休み」~あの世でみつけたオレの生きる道~』(颯太)

☆第3章~子ども編~☆

 <9>『「秘密の夏休み」~タイムカプセルみつけて冒険の旅をさあ始めよう~』

 <11>『「秘密の本音」~颯音から陽音へ送る手紙~』(颯音)

 <12>『「図書室フェスティバル」~遥かな時を越えて新しい図書室で夢を描くよ~』(晴風)

#こんな学校あったらいいな #物語 #童話 #小説 #図書館 #ファッション #人形 #着せ替え #夏休み #LGBT #ないものねだり #思春期 #中学生




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?