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代々木公園のベンチで、また一緒に。


妻が出て行って2週間が過ぎた。
小さいメモのような手紙が置かれたダイニングテーブルは、そのスペースだけ見えないガラスケースで覆われているかのように怖いくらい綺麗で、それ以外の場所はあっという間に見るも無残な姿になってしまった。

テーブルの上でどんどん領地を広げる空き缶やコンビニ弁当の容器。
無造作に積み上げられた洗濯物と、洗い替えがなくなってユニクロで買ってきた下着類の包装を解いたビニールやタグ。

リビングの真ん中に置かれていたローテーブルとソファは隅に追いやられ、2階の寝室にすら上がらなくなって、降ろしてきた自分の布団だけがテレビの前にだらしなく広がっている。

仕事に出ている間に妻が戻ってきてこの有り様を見ていたら、これを見て余計寄り付かなくなっていたらと何度かぞっとする想像もしたが、もしかしたら今日帰ったら家が元通りになっているかもしれない。妻が家に立ち寄っていたら、その形跡がわかるかもしれない。
そんなことを考えていたら正直もうどうしようもなくなってしまい、何もかも片付けられずにいた。


メッセージを送っても一向にそれを確認した様子はなく、もちろん返事も来ない。最初はこんな恥ずかしいことになっているなんて知られぬまま、どうにかいつも通りに戻らないかなんて考えで、あえて何も知らせていなかったが、数年前から家を出て一人暮らしをしている娘に観念して助けを求めたのが3日前だった。

自分の携帯だけ電波がなくなったんだろうかと思うくらいに全く音沙汰のなかった彼女たちだったが、ついに娘から返信が来た。
携帯から勢いよく通知音が鳴る。
飛びつくように携帯を拾い上げ、両手で掴んだ。

"今週金曜、駅前の焼き鳥屋に20時に来れる?飲んで話そう 奢ってね"


いや、飲んでいる場合でも焼き鳥を食べている場合でもない。
母さんが帰ってこなくて、どこにいるか知ってるか?と送ったのだったが、それに対しての娘からの返信はなぜか一方的な焼き鳥の誘いだった。

それでも、行くしかない。
娘はきっと何かを知っているんだろうと思った。
もしかしなくても既に妻から話を聞いていて、もっともしかしたらそこに妻を連れてきてくれるのかもしれない。

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