1964東京五輪

「東京オリンピック1964」

「東京オリンピック1964」

オリンピックの終了後ですが 市川崑監督のドキュメンタリー映画 「東京オリンピック1964」を観ました。 あまりに素晴らしくて涙がこみ上げてきました。 紆余曲折の末やっと開催されたアジアで初めての大会。 観客で埋め尽くされたスタジアムが湧き 人間の人間らしい世界の祭典。 昭和天皇の圧倒的な存在感。 老若男女日本中が希望で満たされて、 平和を願い世界が一体になった大会。 聖火が聖火らしく アメリカ人がアメリカ人の ドイツ人がドイツ人の顔をしていました。 このオリンピッ

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東京オリンピックは成功だったのか?失敗だったのか?

東京オリンピックは成功だったのか?失敗だったのか?

盛り上がりを見せたオリンピックもついに閉会式を迎えました。 開会式前はやるべきかやらざるべきか、賛否両論ありました。 今でもやるべきだったのかどうかはわかりませんし、答えもありません。 ただ今回の東京オリンピックが成功したのか、失敗したのかはちゃんと考えなくてはなりません。 開催中の盛り上がり、視聴率、メダルの数、コロナ禍の開催において特に大きなトラブルが無かった点などを考えると成功だったように思えます。 しかし、開催期間中の出来だけではなく、開催してから数年~数十

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57年前の東京オリンピックに父はいた。

57年前の東京オリンピックに父はいた。

2020オリンピックの幕開け、ピクトグラムの シュールさと面白さ(隠しきれない小林賢太郎色に 個人的に感慨深かった!)に度肝をぬかれた 開会式から数日たち 早くも日本選手の金メダル獲得のニュースで テレビは大賑わいですね。 さかのぼって、1964東京オリンピック。 私はまだ生まれていなかったですが その時、父は代々木競技場のコート場にいました。 バスケットボール決勝審判(アメリカvsソ連) として、ホイッスルを吹いていたのです。 もともと実業団でバスケットボールを し

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亀倉雄策 TOKYOオリンピック

亀倉雄策 TOKYOオリンピック

擦った揉んだあったTOKYOオリンピックがついに開幕した。 隈研吾が設計した新国立競技場 人が少なくても賑わって見える工夫を施したモザイク状の観客席 皮肉にも誰一人いなくなってしまった。 よく見れば0のロゴと0の天井 ZEROから歩き出そう。 そんな話はさておき 自分の中のオリンピックといえば選手や競技ではなく 亀倉雄策が手掛けた1964年TOKYOオリンピックのポスターである。 日の丸と五輪マークで構成されたモダンデザインの極み。 締め切りを忘れて誰よりも取りかかりが遅

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オリンピック開会式を見て思ったこと

オリンピック開会式を見て思ったこと

今日、というかさっきまで、まさに東京オリンピック2020の開会式が行われていた。 見ていてたくさん感じたことや思ったことがあったので、それを書いてみます。(完全に1個人の感情です) コロナで選手たちも不安だろうに、出場してくれてありがとう 確かに、どの競技も比較的選手生命は長くなく、 逃したら上を狙えない・もう出れないというのもあるが 安心とは言えない世界情勢の中来てくれただけでありがとうだよなぁと思った。 そして、NHK大河ドラマの『いだてん』好きとしては 泣けるシー

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1964.Tokyo それは色彩の饗宴だった / 「終わらない歌」 ゆず

1964.Tokyo それは色彩の饗宴だった / 「終わらない歌」 ゆず

作家 杉本苑子さんのエピソードを 1964年10月10日。のちに体育の日となるこの日、開会式を迎えたのが東京オリンピック。 この開会式に参加した、杉本さんは、その印象をこんな風に書き残しています。 「うつくしさは想像を越えていた。色彩の饗(きょう)宴(えん)である」 色彩の饗宴。 前日の突然の雨にスモッグが洗い流され、どこまでも果て無く広がっているかのような青い空が東京をつつみこんでいて。 各国の選手はその青空のもと、色とりどりのお国柄をまとって行進を続ける。日本

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1964東京 初めてアジアに来たユーゴスラビアの若者が親日家になるまで

1964東京 初めてアジアに来たユーゴスラビアの若者が親日家になるまで

1964年、アジアで初めて開催された東京オリンピック。ユーゴスラビアの若者が、サッカー選手として来日した。 当時は東西の冷戦時代で、ユーゴスラビアは中立政策を採っていた。日本でどのような待遇を受けるのか、出発前は不安が有った。   初めて訪れたアジア。飛行機を2回乗換して着いた東京は想像以上に発展していて驚いた。心配していた差別や政治的な対立は無く、各国の選手が自由に交流していたのに感動した。練習試合で大阪に行く為に乗った新幹線、初めて見るカラーテレビ。快適な合宿所の暮らしを

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【モリの社会派つぶやき日記】2021/07/11/日
東京オリンピック開幕までもう少し。実は、1964年のオリンピック時にもドタバタが続いていたという。同年に多くの犠牲者を出した新潟地震があり、千葉県ではコレラ騒ぎがあった。東京は異常な渇水に見舞われた。今年はどうなるだろうか。

【モリの社会派つぶやき日記】2021/07/11/日 東京オリンピック開幕までもう少し。実は、1964年のオリンピック時にもドタバタが続いていたという。同年に多くの犠牲者を出した新潟地震があり、千葉県ではコレラ騒ぎがあった。東京は異常な渇水に見舞われた。今年はどうなるだろうか。

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唯一の親子ツーショット

唯一の親子ツーショット

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【秘蔵カラー写真で振り返る】秋晴れの「1964東京五輪」開会式

【秘蔵カラー写真で振り返る】秋晴れの「1964東京五輪」開会式

56年前、東京の空は青く晴れ渡っていた――。あの頃、日本中の人々が感じた熱狂、そして未来への希望を振り返る。 会場である国立競技場に入ってきた、聖火リレーの最終走者。聖火台へと続く182段もの階段を、勢いよく駆け上がっていった。 「開会式は2時間も前の集合で、神宮外苑で初めて行進の練習をしました。きちんと整列して行進できるよう1時間以上も念入りにやらされ、『いいかげんにせえよ』と(笑)。日本選手団の前から9列目、左から4番目という位置まではっきり覚えています」 元日本サ

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