凡ゆるジャンルの凡ゆるアートに触れる事。これも行の一環。
原始仏教は、真理探究の場であり、それ以外のものではなかった 比丘とは、文字通り乞食者であり、世間の経済生活には属していなかった 比丘は職業ではなく、職業社会から離脱したものとみなされた 唯一行うのは、真理探究、そしてそれを人々に分かち与えることだけであった それ故に尊敬されたのだ
そのような意味で、仏教は原点に帰るべきだ 今の寺院に真理探究はあるであろうか DSが経済支配を強める中、人々は貧しくなり、重税に喘いでいる そんな中で、DS論理に従って金儲けに走る寺院は、存在意義を失っている 新しい形の真理探究の場としての、本物の寺院が必要だ 心のオアシスが