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奇縁r

篠宮蘭香食べ歩きツアーまでの道のりは、薫が思っていた以上に遠かった。
正式名称、高松丸亀商店街。
この商店街は複数の商店街が集まって出来た商店街で、日本有数の大規模商店街である。
また十数年前に行われた再開発により、下降の一途を辿る商店街の賑わいは大きな活気を取り戻し、今や日本の商店街の再開発成功事例において、右に出る者はいない。
商店街への入口は多いが、薫と蘭香が入った入口付近にシャレた飲食店は無く、観光地というより、どちらかというと生活感の溢れた、いかなごのくぎ煮の匂いがするような、そんな商店街の光景が広がっている。
少し不安そうな薫の横顔をみた篠宮蘭香は
「あー、ごめんごめん、おしゃれなカフェとかあんまり無さそうな雰囲気だよね。この商店街が香川県の中心地街で若い人も多いんだけどね、〝こういう所〟がどうしても香川なんだよね。」
少し笑って誤魔化すように、篠宮蘭香は見当たらないカフェを探しながら話す。
「でも大丈夫。もう少し歩いたらそれこそ商店街の中心地に着くから。そこまで行ったらおしゃれなお店がいっぱいあるから。」
少し焦りながら話す篠宮蘭香を横目で見ながら、薫も笑顔を作る。
しかし確かにこの商店街、今のところ若者の気配が見当たらない。
薫が大学時代、ゼミで仲の良かった山地が良く香川に唯一あるアニメイトは、大阪の郊外にある小さなアニメイトよりも小さいと。
暫く歩くと鼻から感じる匂いが変わり、それまでのうどんの出汁の匂いや佃煮の匂いがなくなり、都会的な甘さの中にタイヤの焦げた匂いが感じられる、それでいてスパイシーな、つまり色々な香水の匂いが混じりあった、そんな匂いがしてきた。
辺りを見渡すと確かに人の層も変わり、若そうな人が多く、先程までよく見た熟年層は見えなくなった。
「ほら!私の言った通り!ちゃんと若い人も多くいるでしょ?ここからが香川の本気ってとこですよ!」
薫の横にはいつになくテンションの上がった篠宮蘭香が現れ、ウキウキワクワクとした、そんな表情が見られる。
確かにここは都会的だ。大阪で言うところの心斎橋筋商店街のような、そんな活気で溢れている。
違いといえば外国人観光客が少ない程度で。普段外国人観光客で溢れかえっている大阪と違い、日本人の多さに薫もどこか安堵感と清々しさを感じている。
上を向いて、お上りさん気分で歩いていると、小さな段差に薫はつまづき、転けかけた。
「私のおすすめはもう少し先のイベントスペース近くにあるんだけど、大丈夫?」そんな転けかけた薫を篠宮蘭香は気遣ってくれる。
「いえいえ、ちょっとワクワクしちゃったもので。」おどけてショートカットの髪の毛をかきながら笑う薫に、篠宮蘭香は「実はね、私もワクワクしてるんです。なんだか、さっき出会ったばっかの人とこうやって歩いてると、楽しくって。」
篠宮蘭香がワクワクしているのは、先程から薫にも伝わっている。
歩く人がみんなおしゃれで、活気が溢れて、こちらまで元気が貰える気分だ。
大きな横断歩道の先に見える椅子やテーブルが並べられた場所を「あそこ!あのイベントスペースの近くに私のおすすめのカフェがあります!」と、少し高くなった声で嬉しそうに篠宮蘭香はイベントスペースを指差す。
赤に変わりかける信号を小走りで渡りきると、先程までのアーケードの下に小さな商店が並ぶ商店街とは違い、どこかモールを思わせるような、そんな雰囲気の場所に風景が変わる。
不規則に並べられた椅子やテーブル、そしてその奥には簡易ステージがあり、そこにはシルクハットを被った若い男性が大道芸と手品を織り交ぜたような、芸をしている光景が見える。
帽子から白い鳩を数羽出し、左手に持ったステッキを鳩の頭上に振りかざすと、キラキラと光る小さな粉が鳩の頭上に広がり、老若男女様々な観客が「わぁっ!」と声を上げ、拍手が鳴り響く。
「カフェはあっちの建物の中ですよー」目を細めた篠宮蘭香は手品に見惚れた薫のTシャツの袖を掴み、カフェの方に引っ張っていく。
カフェの入っている建物は3階建てで、その2階に篠宮蘭香イチオシのカフェが入っていると言う。
が、しかしそのカフェに入ると人が多く混みあっていて、席が空くには30分待ちとの事だった。
待合席は外で換気の悪い場所で、夏の湿気も相まって蒸し暑く、仕方なく薫と篠宮蘭香は建物1階にあるタピオカ屋へ行くことにした。
「ごめんね。あそこいつも混んでるけどここまで混んでることは無いんだけどなぁ。」すっかり落ち込み、肩を落として背中を丸めた篠宮蘭香が言う。
薫は作った笑顔で篠宮蘭香の肩を2度叩き、「ま、そういうこともありますよ。仕方ない仕方ない。」
タピオカ屋に席はなく、座るなら向かい側の建物前にあるステージ近くのテーブルを使って飲んで欲しいとの事だ。
座って飲むことを推奨するには、やはり飲み歩きをすると環境美化に影響があるかららしい。
外の席も随分と埋まっているため、薫が席を確保し、篠宮蘭香がタピオカを買うことにした。
「根本さん何飲むんですか?私はシトラスにするけど…」
こういう時薫は迷う。今朝のバスの休憩時間の時も迷っていたように。
しかしここで素早く決めない男はモテない。確か何かの恋愛ムック本に書いていたはず。
「それじゃあ僕はミルクティーでお願いします。」篠宮蘭香に伝えた後で選択のミスを後悔した。
この暑さ、そして乾いた喉、当たり前だが篠宮蘭香と同じようなシトラス系などサッパリしたものの方がよかった。が、しかしここで選択を変える男もまたかっこよくない。
自分のミスに目を閉じて、ステージから少し離れた席を確保し、久しぶりにポケットからスマホを取り出した。
寂しいことにほとんど通知は来ていなかったが、1件、雅から連絡が来ていた。
「薫さん。初連絡がこんなもので申し訳ないんやけど、今僕のいる所の雲行きが少し危ういから気をつけた方がいいと思いますよ!一応!念の為に!」
律儀そうに見えないのに律儀な雅からのチャットに少し笑みをこぼしていると、後ろからタピオカを両手に持った篠宮蘭香が歩いてきた。
「根本さんなんかニヤニヤしてません?」不思議そうな表情で篠宮蘭香は薫の背後からスマホを覗く。
何もやましいことをしている訳では無いが、薫は条件反射でスマホの画面を一瞬手で覆い隠し、「いや、実はね、篠宮さんに会う前に仲良くなった男の子がいて、その子から雨雲が出てるって連絡があって」
妙な汗を背中に感じながら、ドギマギしながら薫は説明した。
「へぇー。そうなんですか。雨がねぇ。」
頭上の透き通るアーケードを篠宮蘭香は見上げながら、すました顔でそう言った。
スマホの天気予報アプリで薫も確認してみたが、この後の降水確率は20%。ほぼほぼ降らない、そういった予報だ。
「一応私は折りたたみ持ってるんですけど、根本さん傘は持ってますか?」
タピオカシトラスティーを〝ズズズ〟と吸い込みながら、篠宮蘭香は薫に尋ねる。
左手に持ったタピオカミルクティーをテーブルに置き、「あー、そう言えば持ってきてなかったかもしれない…」
用意周到なはずだが、傘を忘れてきていた。変えの下着や靴下は5着ほど持ってきているのに。
「それじゃあこの後傘見に行きませんか?私バイトまでもう少し時間ありますし。」
ピンク色のケースに入っているスマホで時間を確認し、篠宮蘭香は提案した。
薫もスマホで時間を確認すると、乗るべき電車まではまだもう少し余裕があった。 「まぁ、僕もまだ時間はありますし、よければ。」
「それじゃあもう少し歩いたところに色んな服屋さんもありますし、その辺で見つけましょうよ。」
透き通るようなオレンジのタピオカシトラスティーを飲み干した篠宮蘭香は立ち上がり、スマホを真っ白のMaison de FLEURのトートバッグに入れた。
薫も残りのタピオカミルクティーを飲み干し、席を立った。
「篠宮さん、ゴミ捨ててくるんで、よかったら」薫は篠宮蘭香に手を指しのばし、飲み終わったカップをタピオカ屋のゴミ箱に捨てに行く。
篠宮蘭香と歩いていくと、頭上のアーケードがそれまでと違い、大きな丸い、ドーム状のアーケードに変わったことに気づいたのは、商店街の街並みが変わったからかもしれない。
GUCCI、BOTTEGA VENETA…、先程までの商店と違い、このドーム状のアーケード下にある商店はどれもハイブランドなど、到底手が出ない店ばかり。
篠宮蘭香に聞くとここは三越だそうだ。当たり前と言っては当たり前だが、もちろんここで傘を買えるはずはない。
篠宮蘭香は少し決まり悪そうに「間違えたかも…。私Francfrancに行くつもりだったんだけど、行き過ぎたかも…。」
どうも篠宮蘭香は方向音痴らしい。
結局薫がスマホでFrancfrancの大体の位置を調べ、そこへ篠宮蘭香が案内する、という形で丸く?収まった。
着いたのは先程のイベントスペースの裏側に建つ商業施設で、そこの1、2階が雑貨屋、Francfrancになっていた。
「ごめんなさい!二の足を踏まさちゃった!」両手を合わせて謝っているにしては、ちゃっかりウィンクしている。しかしながら全く憎まれないその性格は、篠宮蘭香にとって天性の宝物なのだろう。
Francfrancに入るとクーラーが快適な温度に効いており、2人して「はぁ…」と声が出て、笑った。
傘のコーナーを探し折り畳み傘を見ているとやはり迷う。こういった所でも薫の優柔不断な性格が出てくる。
無地の紺色の折り畳み傘にするか、緑の小さな星の模様が所々散りばめられた折り畳み傘にするか、左手を右脇に当て、右手の平を拳にして下顎に当てて考えていると、横から篠宮蘭香が「ねぇねぇ、これなんかどうかな?」と黒い折り畳み傘を差し出してきた。
「これ私の根本さんのイメージなんだけど。」と篠宮蘭香は少し自信無さげに薫に伝える。
折り畳み傘を開いてみると、開くまでは黒一色だと思っていたが、そこには白のドットとストライプが、不規則に並びあいながらも均等を保ったデザインが施されていた。
確かに薫はドット柄が好きだ。それでいてストライプもあまり邪魔をしていない。良いデザインだ。
値段も2500円と、この先も使う事をを考えるとあまり高くない。
「ありがとう篠宮さん。この傘結構気に入ったかも。これにするよ!」あまりテンションの起伏の激しくない薫も、女の子にこうして物を選んでもらえることはやはり嬉しかった。
篠宮蘭香も嬉しそうな表情を見せ、レジに向かっていると「あのね、この後もう一件だけ行きたいところがあるんだけど、根本さん来てくれる?」と、篠宮蘭香は薫に話す。
左手の腕時計を確認すると、時間はまだもう少しだけ余裕がある。
「少しだけなら、駅に時間までに着ければ大丈夫かな。」少し危ないが何とかなりそうだ。
「わかった!それじゃあレジの外で待ってるから。場所はこの近くだから!」
レジで2500円を払って折り畳み傘を買い、スマホで誰かと電話をしていた篠宮蘭香の元に向かい、2人でFrancfrancを後にした。




筆者執筆量が想定以上に伸び、前回の奇縁gにて高松丸亀商店街編は前後編として作成すると記していましたが、全中後編の3部作になります。
既に後編も執筆済みですので、この後直ぐに読んで頂けます。
大変長い編となってしまいましたが、是非お時間のある時にでも続きの高松丸亀商店街編の後編、奇縁naも読んでいただければと思います。
それでは皆様、続編にてまたお会いしましょう。

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