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奇縁

朝5時半、まだうすら暗い夏の朝に昂る気持ちを抑えつつ、大阪難波発の高速バスにレザーバックパックだけを背負って乗り込み、難波の地を旅立った。
大学卒業後、これといった定職にまだ着いておらず、やっと決まった就職先の入社前に自由な時間を謳歌したく、勢いで高速バスのチケットを買ってしまった。
いつもは8時前後に起きているのに今日は朝3時に起きて出発したせいか、あくびが止まらない。そのくせ気持ちは昂り、少し興奮気味。
まだ大学も夏休み前で、この時間の始発から高速バスを利用する客は、思っていたよりも随分と少なく、通路側に座る予定の客はまだ乗り込んでいない。
窓側席の特権であるコンセントに、レザーバックパックから取り出した充電器を差し込み、まだしっかり充電が残っているスマホに、更なら圧力を加えるがごとく充電を加える。
高速バス乗り場近くのコンビニで、まだ夜中と朝の境目という時間もあって、眠そうにする若い男性の店員に温めてもらった肉まんを袋から取り出して、〝はむっ〟と誰が見ても美味しそうに、口いっぱいに頬張った。
肉まんの発する強い匂いまでは計算に入れておらず、食べてから気がついたものの、まだ乗客が少ないことが功を奏して、誰に何も言われることなく食べきることができた。
外の景色が少し明るくなってきた時に、梅田の阪急3番街の入口に面したバス停に止まった。
阪急3番街は所謂〝梅田近ダンジョン〟と呼ばれる、迷路のように入り組んだ梅田の地下街への入口と同時に、待ち合わせで有名な〝ビッグマン〟また西日本で一番売上が高い本屋と言われる〝紀伊国屋梅田本店〟へ繋がる出入口として、大阪府外共に有名なスポットである。
扉が開くと外に並んでいる人が入ってきて、乗客は一気に増えてきた。
ここでもまだ薫の横に人は乗ってこず、レザーバックパックを横の椅子に置いたまま、梅田のバスターミナルを出発した。
一人旅は気楽なもので、耳にずっとイヤホンをして、お気に入りで録音していたラジオ番組を聞きながら、SNSで友人の投稿を見つつ、コンビニで買ったペットボトルの紅茶を喉に流し込んだ。
空が明るくなってきて、ついに大阪を出る時が来た。
高速は生憎の渋滞に巻き込まれ、中々バスは進まないままである。
イヤホンで聞いていたラジオにも少し飽きが来て、スマホを眺めていてもついウトウトしだし、次第に瞼は閉じていき、意識が遠ざかっていった。
肩を叩かれ、「すみません、そこ、私の席なんで、荷物のけて貰えますか?」と尋ねられ、少し寝ぼけながら「あ、すみません!すぐのけますんで!どうぞ!」と慌てふためく自分に気づき、外を見ると海が広がっていて、ここが兵庫県だと気づくことになる。
「いやぁ、お眠りの所すみませんね。この時間はまだ眠気が消えきらないですよね。」
隣に座った40〜50代ほどの中年の男性が、寝ていたことを微笑ましそうに話しかけてきた。
返すように「普段もう少し遅い時間に起きているもので、さっきご飯も食べたんでつい寝ちゃってまして」
ハハ八ハと横に座るおじさんが笑い、少し間が空いて、沈黙が始まった。
気まづい。これが嫌なんだ。お互い無理してまで話すタイプでは無いが、これが逆に気を使う。
少し脚を開くと当たってしまい、下手に寝てしまって体が触れるとそれもまた気を使う。さっきまでとは一変して、神経を使う旅になってしまった。
海の見える神戸の街並みを過ぎ去り、青々とした山が見える道に入った時、時間は6時半を回っていた。
暫く山だけが見える風景を眺めていると、サービスエリアにバスが駐車し、ここで20分間の休憩をとるとこになった。
トイレに行くため、席を離れようとしたが、いかんせん今度は横ではおじさんが目を瞑っている。小さな寝息が聞こえ、起こそうにも起こせそうにない。
5分ほど経ち、肩を叩こうとした瞬間、おじさんの目が微かに動き、間一髪で触れかけた手を引っ込める。
「あぁ、もう休憩でしたか。あ、すみません!今度は私が寝ちゃってましたね。すぐ動きますんで」おじさんは先程の僕のように寝ぼけながら、ヨタヨタとした足持ちで、慌てて席を立とうとした。
「いえいえ、大丈夫ですよ!まだあと15分ほど時間残ってますし。あ!足元注意してくださいね!」
ヨタヨタとした足で慌ててバスを降りようとするおじさんに声をかけ、少し距離を置いてから、自分もバスを降りた。
あまり大きなサービスエリアでは無いが、食べ物の自販機が幾つも並んでいて、用を足してから何か買って帰ろうかと、財布を取り出した。
流石に山の中ということもあり、手を洗う水は夏でもとても冷たく感じ、眠気覚ましに顔を何度か洗い流した。
トイレから出て先程の自販機の前に立ち、焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、ホットドッグ…何を買おうか迷ったが、大阪出身者はこんな時、決まってたこ焼きを買う。そしてその買ったたこ焼きを評価し始める。僕だけかもしれない、でもきっと、大阪の人は自身の厚意としているたこ焼き屋の味と、他所で食べるたこ焼きの味を、比べたがる人種であったりなかったり。
とにかくもうすぐバスが出るので急いでたこ焼きを買って、バスに飛び乗った。
席の前に着くとおじさんがすでに座っていて、「あ、すみませんすみません、のきますんで、どうぞ」笑顔で優しく席を立ってくれて、僕も「毎回すみません。ありがとうございます」と笑顔で返した。
こうしたやり取りは、さっきまで少し緊張気味だった、そんな人の気持ちを切り替えるのだと学び、仕事先でも使えればいいと思い、頭の中のメモにしっかりと書き留めた。
するとおじさんが手を出してきて「どうぞ、さっきは中々気づけなかったので、お詫びとお近付きの印に、良ければ」
おじさんはそう言って、アイスココアの缶を手渡してきた。
「ありがとうございます!そんな気を使わなくっても…ありがたくいただきます」
お礼を言ってから缶をプシャッと音を立てて空け、冷えたアイスココアをいただいた。
自分の左手に持つたこ焼きの存在に気づき、中を開けると爪楊枝が2本入っていることを確認し、おじさんに「良ければ一緒にたべませんか?たこ焼き」自然と出た笑顔で話した。
おじさんは嬉しそうに「いいんですか?ありがとうございます。それじゃあ遠慮なく、いただきますね。」と笑顔で食べ頃の熱さに冷めてきたたこ焼きをひとつ取り、あまり大きくない口で頬張る。
薫も爪楊枝でたこ焼きを頬張ると、外はカリッとして中はふわっとしたたこ焼きであった。心の中で、大阪のたこ焼きは外も中もふわとろっとしたたこ焼きが主流、まだまだだね。と、勝手に自販機のたこ焼きを評価し始め、このたこ焼きに〝エセたこ焼き〟とたこ焼きにとってはあまりにも不名誉な渾名を名付けた。
しかしたこ焼きを入れている舟のパッケージ裏を見てみると、製造元は〝東大阪市 河内小阪 御厨…〟と印字されており、勝手に疑ってすまなかったと心の中で小さく侘び、もう1つ口の中に放り込んだ。
たこ焼きをおじさんと2人で食べ終え、製造元 東大阪市 河内小阪 御厨(以下省略)の舟をビニール袋に入れ、処分しているとおじさんが「いやぁ、美味しかったですね。あのサービスエリア、小さい割に意外といい物が置いてある。今度行く時は私も今のたこ焼きを買おうかな」笑顔で満足気なおじさんを見て、薫も大変嬉しく思った。
「ここで出会ったのも何かのご縁。私神戸で本の編集等を行っている者でして、渋谷直人と言います。」唐突な自己紹介が始まり、これは薫も言うべきか、どうするべきか…
迷った挙句、「そ、そうですね、ここでお会いしたのもきっとご縁があったからでしょうね。」「僕は根本薫と言います。仕事はこの間決まったばかりで、専門商社に入社することになっています。」

薫の旅路はまだ始まったばかりであり、ここで出会ったのも何かのご縁。奇縁が奇縁を呼ぶこともしばしば
次回はまたいつか、気の向いた時にでもお会いしましょう

※本文章はプロットなどは作成せず、ただ思いのまま、文字を綴った作品です。
誤字脱字、内容の辻褄が合わないなどはお許しください。
また本文章は30〜40分ほど文章を綴り続けた作品です。

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