見出し画像

最高のリーダーは何もしない/十八史略、老子

リーダーシップについて考えるとき、多くの人が頭に浮かべるのはカリスマ性を持つ強力なリーダー像かもしれません。けれど、中国古典の知恵や現代の組織論に目を向けると、意外かもしれませんが「最高のリーダーは何もしない」という逆説的な考え方が浮かび上がります。この考え方は、一見奇妙に思えるかもしれませんが、実は深い洞察に満ちています。

経営者向けの書籍やセミナーでは、理想の社長像について語られることが多々あります。例えば、ある書籍には次のような言葉がありました。

悪い社長は、社員から馬鹿にされている。
普通の社長は、社員から怖がられている。
いい社長は、社員から尊敬されている。
最高の社長は、社員から『いるのかいないのかわからない』と思われている。

この言葉は、単にリーダーシップのあり方を示すだけでなく、組織運営における究極の目標を示唆しています。

では、なぜ「最高のリーダーは何もしない」と言われるのでしょうか?
そして、現代のビジネス環境において、どのようにこの考え方を取り入れることができるのでしょうか?

中国古典や現代の組織論を紐解きながら、真の理想的なリーダーのあり方を考察してみましょう。

中国古典でも繰り返し指摘されるリーダーのあり方

こうした考え方はなにも最近のことではなく、中国古典にもたびたび同様の話が登場します。

鼓腹撃壌(こふくげきじょう)
古代中国伝説上の聖天子である尭(ぎょう)が、世の中が無事に治まっているのかどうかを確かめるために、ひそかに変装して町に出たとき、老人が腹つづみをうち、地面をたたいてリズムをとりながら、太平の世を謳歌する歌を歌っていたという故事からできた言葉。

『十八史略』

日が出りゃ働き、
日が沈めば休む。

井戸を掘って飲み、
田を耕して食べる。

帝の力がなんであろう。
居ても居なくても同じことさ。

君主が自分たちに何もしてくれなくても、自分たちは自分たちの力で暮らしを維持することができるのだと村人たちは楽しそうに歌い、踊っている様子を見て、堯は世の中が平和に治まっていることを知り、安心したという逸話です。

民衆が幸せに暮らせていることが自分のお陰で世の中が治まっているのなどと驕るのではなく、良い政治のおかげだと気づかせないことが良いというのが、聖人である堯の考え方で、喜びであり、これこそが理想の政治だと思ったそうです。

続いて、『老子』からの引用です。

太上は下これあるを知る。
その次は親しみてこれを誉む。
その次はこれを畏る。
その次はこれを侮る。
信足らざれば、焉(すなわち)信ざられざること有り。
悠としてそれ言を貴くすれば、功は成り事は遂とげられて、百姓は皆「我自ら然り」と謂う。

『老子』

(現代語訳)
最も理想的な君主というのは、民衆はただその存在を知るだけで何をしているのか解らないくらいで良いのだ。
次に良い君主は民衆がその功績を讃えるような君主であり、その次は法と罰を厳しくして民衆が恐れるような君主であり、その次は民衆から愚かだと侮られるような君主である。

君主が誠実さを欠いて余計な事をするから民衆からの信頼を失うものだ。
だから理想的な君主とは悠然としてめったに口を挟まず、人々が力を併せて事業を為すようにさせて、民衆が「我々の力で国が良くなった」と自らを誇れるようにするのだ。

冒頭の「悪い社長は~」も老子の言葉を引用した言葉であることがわかりますね。

現代の組織論にあてはめてみる

これを現代の組織論にあてはめた場合、リーダーは部下に指示したりチームを引っ張るのではなく、ただ存在する程度に部下から認識されるという事になります。

一見すると無責任なようにも思えますが、そもそもこれが成り立つには組織としての高いレベルでの完成度が前提となります。つまりトップが何かと現場に口を挟まずとも動ける自立的な組織であり、部下が主体的に行動し、リーダーが介入せず意思決定・判断が行われる組織ということになります。

現代的な表現で言うなら、ティール組織です。上下関係ではなく個々のメンバーが横の関係で円滑に意思決定・判断を行い、リーダーは不必要な関りを減らし、マイクロマネジメントもしない。組織自体も進化していけるという考え方ですね。

また、心理的安全性にも言及していると読み解くことができます。心理的安全性の高い環境で個々のメンバーが主体的に動くことができれば、部下は上司の顔色を伺ったり、判断・許可を問いかける必要が減ります。この状態ならリーダーは部下のマネジメントに割く時間が最小限となり、経営をはじめとする優先かつ重要なものに集中することが出来るようになります。

この状態を実現するには、社内の秩序が完成しており、業務フローも整備されており、基本的に誰がやっても同じように成果が出るような仕組み化が必要となります。

まとめ

「最高のリーダーは何もしない」は額面通りに何もしないということでは決してありません。社長がいちいち細かい指示を出さなくても社員が十分に仕事を回せる状態が作れていることが大前提。また、組織として成果を出していてもそれは自分の努力や才能によってもたらされていることだと思い上がらないという重要な示唆が古典の中にも読み取れます。

何もしないリーダーがしていること
・社員を信頼して仕事を任せることができる
・社員が自律的に動ける環境を作る
・うまくいっても自分のおかげだと気づかせない

人はうまくいった時にはついつい自分の手柄を吹聴したり、誇張したくなるもの。そうした承認欲求をぐっと堪えて、心から部下の成長を喜び、あわせて感謝をする気持ちを忘れなければ聖天子である尭のような心境に至ることができると思います。

マネジメントの実務としては、部下に一定の権限を委譲し、自律的に業務を遂行できる環境を整え、部下が自由に意見を言える心理的安全性を確保することが重要です。そして部下が成果を出した際には、自分の手柄ではなく、メンバーの努力を正当に評価することです。

リーダーシップの真髄は自分の存在を感じさせず、部下が自発的に動ける環境を作ることだと私自身は思います。

最後までお読みいただきありがとうございます。


この記事が参加している募集