記事一覧
小説|乳の雨ふる(小映)
闇を厭い、光を求める。生存本能がそう欲する。闇を恐怖する。真の孤独は光から生じるのに。視野へ見とめたわずかな昏がりを闇と錯覚し、ただひたすらにそれを恐れる。その闇は影にすぎず、影のつくる輪郭だけがあなたなのに。だからこそあなたは恐れている。その通り。現にいま、闇を欲望さえするあなた自身を。そうでしょう? そう。ほんとうのところ、あなたは光を恐れている。「光あれ」神は云われた。
すると光があった
詩|いつもみたいに(今津)
風が血の息吹を立て
地が忘れられた故郷の歌を思い出して
海が遭難した骨の哀愁を感じて
時間が陽光の暖かさをひさしぶりに思い出させてくれた
朝、目を覚まし
砂浜の匂いは黴の匂いに類似し
痛くないのに痛みの記憶だけはある
その足で
駆けるだけのことはとりあえずして
欠伸をしたら
涙が溢れて
欠伸は止まらず
涙は
砂と合流して
とりあえず履きならしたスリッパを探そうとした
夜
になっても
涙はや
エッセイ|杏仁豆腐、その後(林恭平)
お友達と臨んだ初めての文フリ出展。人海戦術によるてんやわんやの校正作業まで終え、ギリギリ崖の上を行くように印刷会社へと原稿データを代表者が提出してくれる頃合いだった。巻末に各自のプロフィール文をねじ込めないかとダメ押しの原稿依頼がグループラインに展開されたのを、私は寝不足の通勤電車で確認した。
ゼロから合同誌を作る大変さを経験し、達成感、虚脱感で考えは回らない。でも急速に膨らむ表現欲求と、他者
『群島語 0号』 巻頭言 | 離陸するための準備
以下オンラインストアで販売中の「群島語 0号」から「巻頭言 | 離陸するための準備」を無料公開します。
小説は一人で書ける。一人でしか描けないこともある。しかし言葉は一人のものではない。
誰かの言葉が、別の誰かの言葉を触発する。それは私たちの日々に溢れる普通のことです。
そんな言葉の力を小説を共同で作ることで加速させてみたら?
そんな実験的な試みが「言葉の共同制作」。
まずは巻頭言をぜひお読み
泣けるキウイ (小瀧忍)
パース、オーストラリア
ホストマザーのミセス・ヘザーが昨日の晩に教えてくれた通りに、僕は冷蔵庫に入っていたペースト状のクッキーの「もと」を取り出し粘土のように形を作っていく。こんな時に例えばミッキーやドラえもんみたいな形にするっていうのも「あり」かもしれないけど、そしてこの家の末っ子、ルーカスが大好きな「忍者タートルズ」なんてものがクッキーで表現できたとしたなら、それは今のこの僕にとってちょっ
輝けるプリズンホテルと再監獄化する世界 (小映)
巣鴨プリズン, 1947年
強要された自白をもとに取調官の右手から調書が析出されるのではなく、おのが肉筆による自白書を要求されるこの場所はいかにもありふれた監獄の一室という態で、そのあまりにも殺風景で典型的な部屋のつくり、と文書作成を強要してくる男たちの権威主義的欲望を露わにした典型的に凡庸な顔つき、が互いに馴染みすぎており、心の底でこれは笑うべき箇所なのだと確信され、同時に笑ってはいけない要
高橋利明自転時点自伝 (高橋利明)
5歳まで広島に住んでいた。
だけど、広島時代の記憶はほとんどない。父の仕事の都合で、10 歳まで静岡にうつった。静岡に行ってから幼稚園に通いだした。私は12月生まれだし、背も低かった。年中さんまでは、おうちで両親とべたべただったので、同級生の中ではちょっぴり「おくれた」子供だったのではないかと思う。
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小学生になってからは、コロコロコミックを読むようになった。テレビゲームに夢中になった
桃食まぬ子ら (近藤真理子)
桃太郎
このあいだは、あのなんというか、大変な無礼をいたしまして、その……どう言えばよいか……。謝られたって、腹に据えかねると思います。あれから、なぜこんなことになってしまったのか、どこで間違えてしまったのか考えていたのですが、分からないんです。いえ、どこでだって正せたはずなのに、できなかったんです。わたしは、自分をまさに鬼だと思いました。これからどうすればいいのかまったく分からなくて、ここで
二〇二〇年九月八日@函館 (林恭平)
この世で一番おいしいソフトクリームがどこにあるか、ご存知だろうか? 私は知ってしまった。
函館の中心地から、海沿いの「いさりび鉄道」に乗ること四十分。北海道みやげの定番・トラピストクッキーでおなじみの、トラピスト修道院がある。
そこに通じる並木道がえらく写真映えするらしいと聞き、訪れていた。雄大な草原をあらかた映
ば
え終えると、小さな売店のソフトクリームを食べることにした。炎天下に無人駅か
見知らぬ土地からの手紙 (樋口貴太)
拝啓
忙しなく鳴いていた蝉の音も絶え、朝夕の涼しさに秋の訪れを感じます。新潟ももうだいぶ涼しいでしょうか。
今月分の養育費が先日届きました。毎月、必ず月初に届けていただいてますが、大変ではありませんか。少しくらい遅れても私たちは平気です。どうぞご無理ないようにしてください。
先日、息子を連れてあの場所に行きました。涼しくなってくるこの時期、あそこの水音を思い出してつい足が向いてしまいます。あ
明るい町 (磦田空)
またこの町に来ることができたので、あなたに手紙を書いています。
気がついたのですが、この町にはいつも白く小さい花がたくさん咲いています。道路の植え込み、誰かの家の軒先、普通なら雑草が群生しているような公園の隅、ポストの根元、立ち並ぶ家家のカーテンと窓ガラスのあいだ、思えば白い花が視界に入らないことがないような気がして、それにどうして今まで気がつかなかったのか不思議に思うくらいです。街はいつもとても
港に囲まれた村 (西山唯)
港に囲まれたこの村では
船の軋む音が休みなくこだまする。
僕は8階建ての小屋に住み
クージを育てている。
ここでは白い月しか昇らないから
植物がよく育つ。
最近はクージを乾燥させて
織物も織るようになった。
いつからか僕は
ここから動けなくなってしまったのだ
夜になると村人は釣りとダンスをはじめる。
竿先についたネオンが
一斉に弧を描き人々を楽しませる。
僕は窓からそれを見て、
君の元へ戻るか