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見知らぬ土地からの手紙 (樋口貴太)


拝啓
 忙しなく鳴いていた蝉の音も絶え、朝夕の涼しさに秋の訪れを感じます。新潟ももうだいぶ涼しいでしょうか。
 今月分の養育費が先日届きました。毎月、必ず月初に届けていただいてますが、大変ではありませんか。少しくらい遅れても私たちは平気です。どうぞご無理ないようにしてください。
 先日、息子を連れてあの場所に行きました。涼しくなってくるこの時期、あそこの水音を思い出してつい足が向いてしまいます。あなたとは四季問わず、本当によく行きました。あなたは新潟を思い出すのだと言い、私にも会津を思い出すだろうとよく言っていましたが、実はあそこは会津には似ていません。今ではあそこは、あなたを思い出す場所です。別に行かずとも、日に日にあなたの面影を帯びてくる息子を見ればあなたが浮かびますが、あの場所で思い出すのはそういうものではないのです。
 日々生きているだけでは思い出さないことが、あの場所ではよく思い出されます。おそらく、場所に紐づいているのでしょう。水源地不動とか、植物園のわきの道とか、あるいはちょっとした木立でも、ふとその場所でかつて見たあなたの顔や所作、声などを思い出すのです。
 おかしな話ですね。あなたからは返事もなくて、こうして勝手にもう何通も養育費が届くたび手紙を出していますが、書くことといって今のことではなくてかつてのことで、私のことではなくてあなたのことなのです。
 一つだけ私の話をしましょう。会津の話です。この前実家の片付けをした際、母が会津の疎開先に宛てた電報が出てきたのです。会津では級の子ども全員で寺の広い坊で寝起きしていたのですが、ある日そのうちの一人が母の霊が出ると言って泣くのです。その子の母は東京で健在なはずで、東京で何かあったのだと思いましたが、次の日の電報でわけを知りました。
 ごめんなさい。あなたは戦争のころの話が嫌いでしたね。それにもしかしたら、私と一緒だった頃のことを思い出すのも嫌かもしれません。でも、お返事がなければそのこともわからないのです。ぜひ一度お返事を下さい。息子にも、せめてあなたの手だけでも見せてあげたいのです。

敬具

電報
サクヤクウシウウク イヘヤケル チチハハブジ ハハムカウ マテ





企画: 03. 見知らぬ土地からの手紙

 SCOOLに宛てて、様々な遠い土地から手紙が投函され、ここに集いました。
 手紙とは不思議な連絡手段です。手紙は、それを受け取る人にとっては、遠く離れた場所で書かれ、何らかの具体的な運搬手段を通じて、ある時間経過を伴って、此処に辿り着きます。その手紙を通して、受け取る人は、自分がいる世界とは異なる世界を感じることができます。
 SCOOLに展示された手紙の総体は、いわば、どこか今よりも前に書かれた遠く離れた土地の物語の集積です。手紙の文章を読んでいただきながら、手紙が投函された、ある場所、ある過去に思いを馳せてみてください。

企画作品一覧



修了展示 『Archipelago ~群島語~』 について

佐々木敦が主任講師を務める、ことばと出会い直すための講座:言語表現コース「ことばの学校」の第二期の修了展が開催された。展示されるものは、ことば。第二期修了生の有志が主催し、講座内で執筆された修了作品だけでなく、「Archipelago ~群島語~」というコンセプトで三種類の企画をもうけ、本展のための新作も展示された。2023 年8 月10 日と11 日に東京都三鷹のSCOOL で開催。

『Archipelago ~群島語~』展示作品はこちらからご覧ください。



「群島語」について

言葉の共同性をテーマとし、言語表現の新しい在り方を試みる文芸誌『群島語』
2023年11月に創刊号を発表。

今後の発売に関しては、X(Twitter)Instagram で更新していくので、よければ是非フォローお願いいたします!

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