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修了展示 『Archipelago 〜群島語 〜』

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ことばの学校2期修了展示『Archipelago 〜群島語 〜』 佐々木敦が主任講師を務める、ことばと出会い直すための講座:言語表現コース「ことばの学校」の第二期の修了展が開催… もっと読む
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修了展示 『Archipelago ~群島語~』 について

修了展示 『Archipelago ~群島語~』 について

佐々木敦が主任講師を務める、ことばと出会い直すための講座:言語表現コース「ことばの学校」の第二期の修了展が開催された。展示されるものは、ことば。第二期修了生の有志が主催し、講座内で執筆された修了作品だけでなく、「Archipelago ~群島語~」というコンセプトで三種類の企画をもうけ、本展のための新作も展示された。2023年8月10日と11日に東京都三鷹の SCOOL で開催。

以下マガジンに

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Archipelago ~群島語~

Archipelago ~群島語~

企画: 01. コンセプト企画

おなじひとつのコンセプトをもとに活動していても、そのコンセプトの理解は人によって異なる。それはともすればコンセプト共有の失敗として受け取られるが、むしろ、そのコンセプト理解のズレすらも顕在化させてみると、コンセプトを元に活動する人たちの「あいだ」が浮き彫りになるのではないか。時にはズレ、時には重なる、その「あいだ」を想像してみてください。

ことばの群れ、人の群れ

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心臓 (下坂裕美)

心臓 (下坂裕美)

 新幹線では、ずっと遠くの景色を見ていた、近くは速すぎるから。神社で買った家内安全のお守りをポケットに入れて、駅の売店でもらった小銭をポケットに入れて、新幹線の中で外したピアスをポケットに入れて、それを全部落としてきてしまった。ポケットに穴が空いていたから。ミシンの音よりも大きな声で言う。
 顔が見えなくても、あなたが笑うのがその輪郭でわかる。
 開け放たれた部屋であなたが揺れる。あなたはわたしの

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モナドには窓がない (今井友哉)

モナドには窓がない (今井友哉)

 「モナドには窓がない」と言ったのは、ライプツィヒ生まれの17世紀の哲学者・ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツだ。より正確には、『モナドロジー』第七節にて、「モナドには、ものが入ったり出たりする窓がない」と彼は書いた。それにたいして、「モナドは窓をもつ」と言ったのは、オーストリア生まれの20世紀の哲学者であるエトムント・グスタフ・アルブレヒト・フッサールである。『間主観性の現象学』第三巻・

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隙間 (今津祥)

隙間 (今津祥)

 私は一人暗い部屋の中にいた。厚い窓によって薄められた蝉の鳴き声や車の音はうっすらと聞こえてきたが、どうもそれが私の世界のものであるとは考えられなかった。今年は例年よりも暑い夏のようだが、部屋の暗闇の中にいる私にはなんの関係もなかった。夏は情報でしかなかった。外界がすべて情報であるような部屋に暮らすようになってからもう3か月が過ぎていた。友人に勧められて会社を辞めて、はじめは使い古された細胞が生き

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分かれる水の岸辺より (秋山拓)

分かれる水の岸辺より (秋山拓)

 部屋を出て大きく息を吸うと外の匂いがする。周囲に満ちていた私が薄れ外に広がっていく。私と入れ替わるように私に外が満ちていく。
 私の肌とその内と外に意識を向ける。私を作る階層の表層は今、肌のほんのすぐ外にある。私の階層は階調を作り、私ではない外もまた階調と階層をもって互いの表層で接している。
 潮が満ちて引くように私の外の私は満ち引きを繰り返している。月と日の運行よりも忙しない私自身の日々の営み

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カルヴァンの紅い灯 (小映)

カルヴァンの紅い灯 (小映)

 きみにとって大事な何かがわたしの知らないところにあるように、きみがしてくれた約束は、わたしにとって他の何よりも大切なものだった。だからわたしはいつまでもこの場所で、あの約束を待ちつづけていようとおもう。この世界のどこかで手に入れたのだろうきみの幸せが、この場所できみ自身の生み出した影により、いつか損なわれてしまうことのないように。形のないその闇が、約束が果たされるのを待つこの心を押し流し、いつか

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afterwards (西山唯)

afterwards (西山唯)

 かつてここに居た人たちはもうここには居なくて、あの日ここに居なかった人たちは今ここにいる。僕はとある人を探してここに来た訳だけどあまりにも遅すぎたみたいだ。この部屋は南が一面窓になっていて光をよく取り込む。窓はこれひとつなのに日の出から日の入りまでずっと部屋が明るい。実際この部屋に滞在してる間、照明は必要なかった。周りには高い建物がなく代わりに草がよく生えている。その背丈は大人の僕をゆうに越す勢

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開け放つ準備を (林恭平)

開け放つ準備を (林恭平)

 誰でもウェルカム、というタイプの人間ではないので、「開け放たれた部屋」にはなじみが薄い。インドア派で、部屋に閉じこもりがちだ。人に言いたくないことも多い。
 でも、「開け放たれた部屋」という響きには心惹かれる。閉そく感が漂うよりも、開いた窓から風や音や香りが行き来するほうがいい。他人とのおしゃべりで発見する、思いがけない楽しさも知っている。
 要は、常時開け放たれているのはご容赦願いたいが、こち

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雲居島 (近藤真理子)

雲居島 (近藤真理子)

 前略。

 船の便の連絡が悪くて効率的に色々なことができないので、時間がたっぷりあります。だから、たくさん歩いて、色々しゃべって、ぼうっと遠くを見て、そうして一日が過ぎていきました。目ざめてから日が落ち夢に落ちるまでの時間を、秒針ではなく心臓の鼓動で刻みました。空気をたっぷり吸い、大気を一呼吸ずつに小分けにしました。海に閉じ込められたせまい島を、もっと狭い歩幅で歩き、水が分けた地を一歩ずつの距離

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記憶を保管する場所 (栗林彩)

記憶を保管する場所 (栗林彩)

激しい天気雨が止んだ。ここからは空がとても広く見える。
晴れた空には巨大な城塞みたいな雲が浮かんでいて今にも迫ってくる。
そのドラマティックな様子に圧倒されてすぐさまSNSにシェアをした。
ハートマークが飛んでくる。ストーリーをタップすると
同じように夏の雲に心を動かされたひとたちが
各々がその土地から眺める空をポストしていた。
遠く離れた場所にいても
同じ空を見上げて心を震わせ合っている。
そう

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墓地に囲まれた町 (今津祥)

墓地に囲まれた町 (今津祥)

 風呂場でシャワーを浴びているところを想像してみてください。シャワーの音だけが鼓膜に響き、風呂場の匂いだけが嗅覚にまといつき、シャワーを浴びる皮膚は暖かいお湯の温度だけを感じている。
 目を瞑ってみてください。
 そうして、今あなたが住む場所とは違う場所にいると想像してみてください。おばあちゃんの家かもしれないし、旅行先のニューヨークかもしれないし、友達の家かもしれない。シャワーを浴びている時だけ

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ファミリーレストランからの手紙 (坂野晶)

ファミリーレストランからの手紙 (坂野晶)

きょう、神さまを見ました。
その方はビルとビルの間にいて、
わたしに手まねきしたんです。
スーツを着た、きれいな男性でした。
1000円札を2枚くれて、
「今からそこのファミレスにいって、
12時ちょうどに和風ハンバーグ
セットたのみなさい」ってわたしに。
ハンバーグおいしかった。
それに神さまはきれいでした。
うれしかったから、なんとなく
残しておきたくて、店の人にペン
かりて、こうしてかいてい

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東京のアパート(最寄駅:牛込柳町) (秋山拓)

東京のアパート(最寄駅:牛込柳町) (秋山拓)

やあ、オサム。
僕の話を聞いてくれ。空っぽの風船を膨らませる時、僕たちは息を吹き込むだろ? 人間が、息を吸って吐くだけの生き物だなんて言う奴がいるけれど、そいつらにとって風船は分身みたいなものだって、君は思うかい?
もしそんなことを言う奴がいるとしたら(ハハハ、僕はただ息を吸って吐くだけの人生を送ってるんだ! なんて具合にね)そいつは偽物だよ。
そいつにとっては風船の方が本物だって、僕は思うね。

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