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カルヴァンの紅い灯 (小映)

 きみにとって大事な何かがわたしの知らないところにあるように、きみがしてくれた約束は、わたしにとって他の何よりも大切なものだった。だからわたしはいつまでもこの場所で、あの約束を待ちつづけていようとおもう。この世界のどこかで手に入れたのだろうきみの幸せが、この場所できみ自身の生み出した影により、いつか損なわれてしまうことのないように。形のないその闇が、約束が果たされるのを待つこの心を押し流し、いつか消し去ってしまうことのないように。

 きみからの消息が絶えて幾年にもなるけれど、そうおもうことでいつのまにか、のっぺりとしてどこまでも平坦なこの月日を生き抜けるようになっていた。苦しむのは、何かを考えてしまうから。痛むのは、何かを期待してしまうから。そのことに気づいてから、わたしはただ眺めるという仕方があるのを知った。音もなく幽霊のように通りを行き交う男の群れや舟の幌を見送りながら、だからわたしはこれからもきっとこの窓の内側で、ガラスへと映り込むこのからだが朽ちてゆくのを見守るのだ。


 ときおり訪れる名もない男たちをつかのま受け入れるほかは、窓を向いたこのソファから通りを見つめるだけの日々。けれどそうしていても時計の針は進んでいくし、窓辺の花々はどんどん咲き、次々に枯れてゆく。そのことを初めて不思議だと感じたのも、たぶんずっと昔のことだとおもう。通りから窓へと近づいた男の視線がこの身を射る。男の顔は一瞬ニヤリと表情を歪めてそこから消える。愛想笑いなのか、数秒後に扉が叩かれる兆しなのか、いまだにその違いがわからない。どちらにしても、幽霊も笑うのだ。





企画: 02. 開け放たれた部屋

 部屋とはある孤独な単位の象徴です。しかし、その部屋が開け放たれる。しかし、部屋の外に出る、というわけではない。孤独から解き放たれるわけではない。
 この展示ではそれぞれの部屋を孤島と見立てて、会場の各地に作品を点在させています。それぞれの孤島=部屋=作品が、他の島から分け隔てられている状態でありながら、同時に外を想像するとはどういうことなのか。
 孤島には、作者の私物がばらまかれています。それはいわば、孤島=部屋からの漂流物です。作品と一緒に、漂流物としての私物もまた読書のよすがにしていただけたらと思います。

企画作品一覧



修了展示 『Archipelago ~群島語~』 について

佐々木敦が主任講師を務める、ことばと出会い直すための講座:言語表現コース「ことばの学校」の第二期の修了展が開催された。展示されるものは、ことば。第二期修了生の有志が主催し、講座内で執筆された修了作品だけでなく、「Archipelago ~群島語~」というコンセプトで三種類の企画をもうけ、本展のための新作も展示された。2023 年8 月10 日と11 日に東京都三鷹のSCOOL で開催。

『Archipelago ~群島語~』展示作品はこちらからご覧ください。



「群島語」について

言葉の共同性をテーマとし、言語表現の新しい在り方を試みる文芸誌『群島語』
2023年11月に創刊号を発表。

今後の発売に関しては、X(Twitter)Instagram で更新していくので、よければ是非フォローお願いいたします!

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