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二〇二〇年九月八日@函館 (林恭平)


 この世で一番おいしいソフトクリームがどこにあるか、ご存知だろうか? 私は知ってしまった。
 函館の中心地から、海沿いの「いさりび鉄道」に乗ること四十分。北海道みやげの定番・トラピストクッキーでおなじみの、トラピスト修道院がある。
 そこに通じる並木道がえらく写真映えするらしいと聞き、訪れていた。雄大な草原をあらかた映

え終えると、小さな売店のソフトクリームを食べることにした。炎天下に無人駅からたどり着き、五百メートルほどの一本道を十分かけて歩いて、汗だくだった。
 純白の造形美にかぶりつく。冷たさよりもまず、モッ、という確固たる食感に驚く。密度がすごいのだ。のどに突っ込まれたら窒息するレベル。そしてそれは、とても幸せな最期のように思える。
 量も多くていい。味は牛乳の乳臭さに振り切ることもなく、すっきりした甘さだから、すいすい食べ進めてしまう。
 添えられるトラピストクッキー同様、ワッフルコーンもバターの風味が豊かで、ワッフル一人でやっていける強さを秘めている。そんなワッフルがソフトを盤石に支える。好感が持てる。
 気づけば食べ終えていた。刻一刻と溶けるソフトをなるべくいい状態で満喫できた自分が誇らしい。同時に、最高の時間が終わるのがとにかくさみしかった。
 長いものに巻かれる、という言葉はしばしば、没個性の意味合いで批判的に使われることがあると思う。でもソフトクリームに限っては、長く巻いてあればあるほど嬉しい。永遠に続くソフトクリームの螺旋に閉じ込められたら、どれだけ幸せだろう。
 ふと、「祈り、働け」という筆文字が頭に浮かぶ。数分前に、修道院の入り口に掲示されてあるのを見ていたのだ。
 私は無職だった。組織で思うように働けないモヤモヤ、新しく配属された上司との折り合いの悪さ、そこへ来たコロナ禍に、リモートワーク適性のなさが重なった。将来の不安から体調を崩し、考えた末に三十で会社を辞めた身の上なのだ。回復途上での、GO TOキャンペーンだった。
 また長いものに巻かれながら、自分のペースで続けられる仕事を探すか、と殊勝な気持ちになる。貯金もいつまでもあるわけではない。少ししたら、やはり経済力は欲しい。こうして北海道に一人旅ができて、トラピスト修道院のソフトを食べに来られるくらいには。
 などと俗っぽい方向に思いを馳せる。とはいえ働くのとか無理~、と気弱になりつつ、ふわついた決意が、わずかずつ固まり始める。





企画: 03. 見知らぬ土地からの手紙

 SCOOLに宛てて、様々な遠い土地から手紙が投函され、ここに集いました。
 手紙とは不思議な連絡手段です。手紙は、それを受け取る人にとっては、遠く離れた場所で書かれ、何らかの具体的な運搬手段を通じて、ある時間経過を伴って、此処に辿り着きます。その手紙を通して、受け取る人は、自分がいる世界とは異なる世界を感じることができます。
 SCOOLに展示された手紙の総体は、いわば、どこか今よりも前に書かれた遠く離れた土地の物語の集積です。手紙の文章を読んでいただきながら、手紙が投函された、ある場所、ある過去に思いを馳せてみてください。

企画作品一覧



修了展示 『Archipelago ~群島語~』 について

佐々木敦が主任講師を務める、ことばと出会い直すための講座:言語表現コース「ことばの学校」の第二期の修了展が開催された。展示されるものは、ことば。第二期修了生の有志が主催し、講座内で執筆された修了作品だけでなく、「Archipelago ~群島語~」というコンセプトで三種類の企画をもうけ、本展のための新作も展示された。2023 年8 月10 日と11 日に東京都三鷹のSCOOL で開催。

『Archipelago ~群島語~』展示作品はこちらからご覧ください。



「群島語」について

言葉の共同性をテーマとし、言語表現の新しい在り方を試みる文芸誌『群島語』
2023年11月に創刊号を発表。

今後の発売に関しては、X(Twitter)Instagram で更新していくので、よければ是非フォローお願いいたします!

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