小鳥カフェ トリコヤ ⒈新しい朝 連載恋愛小説 目次 完結済み リンク有 全21話
なぜ名前しか知らない人とカラオケに行ってお茶した挙句、自宅にまでついていったんだ。
「ヤバイ奴だったらどーすんの」
「ですよね。むしろ、私のほうがヤバイといいますか…」
そして、人には言えぬ相談をネット上の友に打ち明けている現状よ。
「あの人、自然体すぎて疑うこっちが悪い気になっちゃって」
「経緯も知りたいけど、とりあえずガッツリ食われたとの認識でよろしいか」
自己嫌悪なんて、生易しいもんじゃない。
明日から社会生活できないし、お店にも行けない。
「いや、アンタ店長だわ」
文鳥オタクの文ちゃんは、ツッコミのキレがいい。
***
かの子の非常識な行動により、貴重な常連客がひとり消えた。
3日にいちどは必ず顔を出していたのに、あれから2週間。
彼はぱったり来なくなった。
コザクラインコの桜子が、かの子の人差し指から肩までちょんちょんと移動する。
髪にくちばしを突っこみ、羽づくろいならぬ毛づくろいをしてくれる。
「はー、いやされる…」
お客さんからはお金をとっておいて自分はタダで満喫している、開店前の至福のひととき。
スタッフのみなさんに朝ごはんを配膳し体調チェックを終えてから、すみずみまで掃除する。
あとは、ランチの仕込みとスイーツ作り。
ちなみに人間のスタッフは平日は少数精鋭でまわしていて、必ずふたりは入るシフト構成だ。
開店準備がワンオペなのは、たまたまだった。
***
通りに面した大きなガラス窓を、だれかが軽くたたくのが見えた。
あわてて立ち上がろうとすると、頭の上を指差される。
関くん(セキセイインコ)が飛びたって、止まり木に戻っていった。
カフェスペースと小鳥スタッフエリアの仕切りドアを慎重に閉めてから、入り口のロックをはずす。
おはよう、とほほえむ佐東創史のさわやかさに、かの子はクラッときた。
「おはようございます。あの、今オープン前で…」
「うん、ごめん。忙しい時間に。ちょっと急ぎで頼みたいことあって」
連絡先を聞き忘れたと言われ、あたふたと交換する。
朝ならではの元気なさえずりを、彼は目を細めてながめている。
その横顔に気をとられて、反応が遅れた。
「明日の定休日、ウチ来れる?」
「えーと、…」
「明日来て。来てくれないと困る」
強引なんだか紳士的なんだかわからない語り口に吞みこまれ、またしても了承してしまった。
ずっと前からの知り合いみたいな気安さがそうさせるのか。
正直、詐欺の手口かも…と身構えている部分もあった。
(つづく)
*23年7月に公開していた作品です。
加筆・修正し、分割して再掲します。