見出し画像

小鳥カフェ トリコヤ ⒕インコさんの過去 連載恋愛小説 

ドアをバンバン叩かれたり大声を出されたりするほうが、まだよかった。
入口のロックをはずす音がかすかに響き、何者かが侵入した気配がした。
かの子はこわすぎて一歩も動けず、口を覆ってうずくまる。

休憩室の鍵をかける暇もなかったとハッとしたのと同時に、勢いよくドアが開かれた。
「…不審者じゃないんですけど」
悲鳴をあげられて不服そうにしているのは創史そうしで、無条件に緊張がほどけそうになる。

存在を確かめるように抱きしめられた。
「ライン見てよ」
もがいてみたけれど、びくともしない。
「もらったことない。声が好きって思い込まされてたから」
気配を察して顔をそむけてみても、あっさりあごをつかまれる。
彼らしくない、焦ったような口づけ。

「はー、誤解してる」
スペアキーは柚葉が持っていたもので、動画の件も彼女に聞いたという。
痛いくらいに暴れていた心臓がまだ落ち着かないが、伝わってくる鼓動も同じくらい速い。
「似ているように聞こえたかもしれないけど、オレには全然ちがう」

***

そのバンドはスリーピースで、ボーカル&ベース三國みくにゆり、ギター佐東創史、ドラムス広尾忠司、という布陣。
楽器の少なさを感じさせない重厚な音色と、うねるようなリズム。
彼らが本格派なのは、素人にも一目瞭然だった。

「たしかに、ゆりのために曲は書いてた。でも恋愛感情はない。妹みたいな感覚」
柚葉の検索能力が高すぎて、創史とゆりの熱愛疑惑までヒットしていた。
彼女の海外移住で解散したというのは、ガセではないらしい。
「3人のグルーヴを楽しんでたというか、やりきった感がある。バンドはもういいかな」

「でも、ゆりさんの声好きだよね。仕事関係でいい声の人、いっぱいいるよね」
このままため込んでいたら、窒息しそうだった。
「んー?そりゃまあ…」
同業はなんかちがう、とふわっとした反応しか返ってこない。

(つづく)














この記事が参加している募集

私の作品紹介

恋愛小説が好き

最後までお読みくださり、ありがとうございました。 サポートしていただけたら、インプットのための書籍購入費にあてます。 また来ていただけるよう、更新がんばります。