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小鳥カフェ トリコヤ ⒗森の朝 連載恋愛小説

森に住む鳥たちの早起きっぷりは尋常ではなく、けだるい朝も否応なく目が覚める。
それでも、今朝は幸せな気分だ。

「ヘリンボーンの高級そうなジャケットで、あったかい感じ。いいよってやさしかったー」
寝る前にCMで見た俳優と夢の中で腕を組んだと報告しても、反応は返ってこない。
背中を向けたまま、寝たふりをされている。

「ちなみに、浮気じゃないです。なんなら夢でもしてました」
「誰と?」
そこはスルーしてほしかった。
かの子も寝返りを打ち、背中合わせになる。
「詳細の報告はないの?」
「忘れました、今」

よくよく考えると、ふたりは柔らかい物腰がどことなく似ていて、それを認めるのも気恥ずかしい。
「あ、そっちこそ各地で彼女とか作んないように。ハチャメチャにモテるからって」
ごまかすために口にした言葉で、かの子は現実に引き戻される。

***

マネージャーが昔上げた動画が今になって注目され、取材や演奏依頼が殺到し、彼は現在引っぱりだこ。
ロックイベントでゲスト出演したときには、ツウぞろいの観客や関係者の度肝を抜くパフォーマンスをしたらしい。

「俺と同じくらいの場数踏んでるはずなのに、なんかモノが違うっつーか、正直鳥肌立った」
と、興奮冷めやらぬ忠司ただしが教えてくれた。
楽器と一体化して体から音が出ているというのは、玄人くろうとらしい表現だなとかの子は思った。

好きならさわりつづけるし練習すればそれなりに良くなる、と創史そうしは言う。
「本人は騒がれるイミ、わかってないっぽい」と忠司。
「なんというか、ブレないですね」
「それな」

住む世界がちがうと卑屈になりたくないから、かの子は観に行ってはいなかった。
息つく暇もなく、次は人気バンドの全国ツアーにサポートとして入ることが決まっている。

(つづく)


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