見出し画像

小鳥カフェ トリコヤ ⒛はじめての誘惑 連載恋愛小説

「先に見つけたのは私なんだからねー、私の勝ちー」
ハイハイとなだめられながら、かの子は抱え上げられる。
荷物を肩にかつぐような、まるで色気のない運びかたで。
「すみません、文乃ふみのさん。ちょっとコレ片づけてきます」
「お気になさらず。ごゆっくりー」
文乃の声が愉快そうに笑っていた。

日が落ちると、初夏とはいえ気温がぐんと下がる。
調子に乗って夜風を浴びたせいか、体の芯から冷えていた。
「んんー、さむい…」
「暖房入れるから」
無造作に腕をはがされ、なんかつめたいとあたる。

創史そうしはあきれたように息を吐き、かの子の前髪の乱れを直す。
「シラフでもキツイのに、酔うなよ」
「はー、文ちゃん来て楽しかったあ」
客人がいるからまずいの、と何やらお説教モード。

かの子はベッドの上で膝立ちをして、創史の肩を引き寄せる。
彼の耳を甘くかじって、誘惑の真似事をする。
「おかえり…さそえてる?」
彼の中で理性と本能がせめぎ合っているとしたら、うれしいのになーという、ちょっとしたいたずら心だった。

創史の目の奥が鈍く光った。
生暖かいエアコンの風のなか、息詰まるような緊張感が漂う。
かの子が身じろぎすると、熱く求めあうキスになる。
唇を合わせたまま器用にジャケットを脱ぐのが、視界の端に映った。
冗談でしたー、と言うつもりが、彼は止まらなかった。

***

翌朝は大ゲンカになった。
文乃にとっておきの朝食を作りたかったのに、見送りすら間に合わなかったのだ。
死んだように眠ってたから放っておいた、と犯人はしれっとしている。

出張明けの彼氏に対する酷すぎる仕打ちについて、くどくど説いてくる。
大事な人に友人を紹介してなぜ叱られるのかと、かの子は一歩も引かなかった。
痴話ちわゲンカ中、失礼しまーっす。かのちゃん、俺の曲歌ってくれない?」
あいだに入ってきた忠司を、冷たくいなす創史。
「どさくさに紛れてスカウトすんな」

(つづく)















この記事が参加している募集

私の作品紹介

恋愛小説が好き

最後までお読みくださり、ありがとうございました。 サポートしていただけたら、インプットのための書籍購入費にあてます。 また来ていただけるよう、更新がんばります。