見出し画像

小鳥カフェ トリコヤ ⒑森に住むひと 連載恋愛小説

「住めそうですか、ここ」
「はい!申し分ないです」
高台に建つマンションは北側に森があり、とにかく風通しがいい。
見晴らしもよく、大きな窓は空を一面に映しだしている。
「あ、でも窓際は避けてくださいね。カラスとか天敵が見えると、ストレスになるので」
ここなら、どんなコでも気に入る。自信を持ってかの子は太鼓判を押した。

「住んでみませんか」
彼が窓を開けると、森の匂いとともに澄みきった風が通り抜けた。
街が一望できるテラスから店の方角を指差し、創史そうしはこちらを振り向く。
「トリコヤから、徒歩15分」
「えっ…どういう…」

***

ストレスからくる耳鳴りに悩まされ、自然に近い場所に越してきた。
日の出から日の入りまで、じかに時を体感できる。
朝は野鳥が元気すぎて、長年染みついた夜型を克服できた。
「下界に下りるたびに自然と運動になるし、条件は悪くない」

言っていることがやっとふに落ちて、かの子はやたらとまばたきをした。
いろんなことをすっとばしている気がする。
「あ…そっか」
じゃあ、という感じで、創史はかの子の髪にふれ、身を屈める。
事態を把握しきる前に、唇が合わさっていた。

「拒否反応出た?」
混乱しすぎてよくわからず、無言で見つめ返してしまった。
創史は少し考えたあと、両手でかの子の頭を包み、ゆっくりと長く唇を食む。
木漏れ日が、ちらちらとまぶたに降り注ぐ。

唇が離れた音に、我に返る。
びっくりしすぎてかの子は後ずさり、柵に背中を打ちつけた。
「ど、どういう状況ですか、これ」
「ん?なんか変?」
心底不思議そうに聞かれて、頭が完全にバグを起こす。

「鳥じゃなくて私と住む…?」
なんかいい響きだな、と創史は含み笑いをしている。
だますつもりはなく、単純に気が変わったという。
「さっき一緒に坂をのぼってるときに、決めた」

***

森林浴だ、毎日バードウォッチ祭りだ、とはしゃいだのがまずかったのだろうか。
坂道を彩る青モミジがあまりにみずみずしくて、紅葉も見たいなー、と口走った気もする。

癒やしを求めてトリコヤに通っているが、かの子がここにいたほうが話は早いことに気づいたと、彼は言う。
こんなところに住んでいるから、佐東創史はどこか現実離れしているのかもしれない。
「イヤだと思ったら、早めに教えて」と「ハイ、時間切れ」までの間隔が妙に短かった。

(つづく)



この記事が参加している募集

私の作品紹介

恋愛小説が好き

最後までお読みくださり、ありがとうございました。 サポートしていただけたら、インプットのための書籍購入費にあてます。 また来ていただけるよう、更新がんばります。