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小鳥カフェ トリコヤ ⒎女神と舌鼓 連載恋愛小説

報酬はいただいているので、とお礼の食事を拒んだはずが、当然のように彼の家に招き入れられた。
結局、デリバリーのメニューを見せられている。

「なんで来るわけ」
「いやいや、ギター借りに来るって言ったじゃん。入れてよ」
勝手知ったる足どりで部屋に入ってきた男の人が、かの子の存在に目をひんむいた。
ただでさえくっきりとした目鼻だちが、さらに迫力を増す。
「うえ、女神じゃね?」
かの子が圧倒されていると、ずいと近づいてきて無理やりな握手になる。

***

すかさず創史そうしが彼の後頭部をスパンとはたく。
「コレ、広尾忠司ただし。作曲家」
ぞんざいな紹介に忠司は気分を害したようすはなく、ニヤニヤしている。
「こいつ、最近たてつづけに仕事が決まってんすよ。一時期めちゃすさんでたのに。マジ幸運の女神。あやかりたい」
歌姫とか女神とか、大げさなところが類友だ。

「あ、この中華屋。天津飯ガチでうまいから」
種類は違えど、距離の詰めかたも似通っている。
戸惑いはしたものの裏表のない感じが安心できて、かの子は忠司と普通にコミュニケーションがとれた。

三人で絶品中華に舌鼓を打つ。
忠司が帰るタイミングでかの子が立ち上がると、手をとられた。
「かの子さんは居残り」

***

何か粗相そそうがあったのだろうかと、カーペットで正座をする。
「知らない男に気を許しすぎ」
「知らない…って、創史さんのお友達ですよね。信用できるんじゃ…」
つまり佐東創史を信用しているということかと、問いただされる。
「はあ、まあ…」
相当変わっているけど、誠実な匂いはする。

「喉痛めて風邪ひいたのに?」
柚葉が口をすべらせたらしい。
普段使い慣れていない声帯をいきなり酷使したせいか、ずっと調子が悪くてやっと治ったところだった。
撮影会で勘づかれたのには、面食らったけど。
「マジでごめん。今後は暴走しないよう気をつける」

入り込むと周りが見えなくなる、天才肌というやつか。
地声がいくら好みでも、歌声となると話は別だ。
ところが、混じりけのない透き通った声に、脳髄をやられたという。
「ええと…あの、大丈夫ですか。脳ずい…?」
テクニック皆無の稚拙ちせつな歌が、あらぬ錯覚をさせたようだ。

「手放す気ないから」
「はあ…ほかの人のために歌うつもりないですけど。あんなのでよければ」
不思議なことに、かの子はもう、この特殊な副業を受け入れてしまっている。

(つづく)


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