小鳥カフェ トリコヤ ⒉歌唱依頼 連載恋愛小説
ちょっと歌ってもらおうかと思って、と切りだした創史を、かの子はぼうっと見つめてしまった。
「歌う?」
「そう」
「えと、だれが…」
「かの子さん」
まだ情報処理が追いついていないかの子にヘッドフォンをつけさせ、創史はワンフレーズ流してみせる。
「どう?」
「…聞いたことないです」
ふっと笑いながら、パソコンを操作している。
「まだ発表されてないからね」
***
音楽をやっている人なのかと、やっと納得する。
「あーオレが作ったわけじゃなくて、作詞のほう」
詞が完成すると歌入れをして、そのデータを提出するという。
急きょ入った依頼に2週間格闘して、締め切りは明日。
「あした?」
「厳密に言うと、今夜0時」
切迫感がまるでない。のんびりお茶を飲んでいる場合ではないと思う。
「まあ…いつものことだから。ギリまで粘るスタイルなのは。今まで知り合いに頼んでたんだけど、しっくりきてなくて」
「あの、ご自分で歌ったほうが早いのでは…」
察してよ、と苦笑いする。
あの日、延々とかの子にだけ歌わせたのは、そういうことか。
「ずっと狙ってたんだよね、実は」
一耳惚れした声に歌わせてみたいという欲求が抑えられなくて、カラオケ店に連れこんだ…?
「ええと、つまり…」
「声フェチ?」
声だけかい、と心の中で激しくツッコんだ。文ちゃんの影響だ。
「引いた?」
かの子は普通にうなずいてしまった。
きまり悪そうなその笑いかたが魅力的すぎて、何もかも許せる気になってしまう。
人生得してそうだな、この人。
(つづく)
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