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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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ゲンバノミライ(仮) 第56話 遠くからのエリーさん

ゲンバノミライ(仮) 第56話 遠くからのエリーさん

窓を開けると、鮮やかに朝日が差し込んできた。冷え込む時期に入ったが、こうやって日の光を浴びると温かい気持ちになる。
垣田エリーは、酸味のきいたブラックコーヒーを一口飲んで、いつものように設計システムを立ち上げた。担当する大型複合施設の規模縮小に向けた設計変更作業が、大詰めを迎えていた。
海辺の街の復興に向けて、構想立案から調査・設計、施工、その後の運営までを一手に担うコーポレーティッド・ジョイント

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ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

頼まれたらすぐに持って行く。終わったら回収して、手入れをして、いつでも再出動できるようスタンバイする。シンプルだが、求められているのはそういうこと。ニーズを間違いなく受け止めることが何より大事。

企業向け資機材レンタルサービス会社で働く清水豊は、入社以来、そう教わってきた。伝票形式だった在庫管理を電子化して、稼働履歴を担当者間で容易に共有できるようシステムを構築したのは、顧客対応のスピードと正確

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ゲンバノミライ(仮)第32話 応援職員の山木主査

ゲンバノミライ(仮)第32話 応援職員の山木主査

こんな広大な規模の工事は今まで見たことがなかった。あの災害から復興するためには、ここまでやらないといけないのか。
ニュースで見るのと現地に立つのとでは、まったく印象が異なる。自分が本当に役に立つのだろうか。

山木登は、小さな自治体で土木系職員として働いていた。数年だけ違う部署にいたことがあるが、それを除けば工事の発注や監督などを担当してきた。工事といっても、数百メートルの道路工事や、道路の維持補

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ゲンバノミライ(仮)第28話 境界線上の森田社長

ゲンバノミライ(仮)第28話 境界線上の森田社長

ようやく最上階まで立ち上がってきた。設備や内装の工事はこれからなので完成にはまだ時間はかかる。最初の1棟ができても、周辺は更地のまま。だが、復興に進んでいることが見えてきただけでも大きな進歩だ。

森田真知子は、復興プロジェクトを包括的に手掛けるコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の下請企業で社長をしている。3代目続く小さな総合建設業の会社として若くして家業を継いだ。社長としての肩書

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ゲンバノミライ(仮)第27話 電気設備の三谷部長

ゲンバノミライ(仮)第27話 電気設備の三谷部長

現場に据え付けている監視カメラの映像が切れたとの連絡が入ったのは、昼前のことだった。
今回の現場は、360度カメラや各種センサーなどが縦横無尽に設置され、現場の状況をリアルタイムに確認している。施工情報として蓄積されて維持管理にも利用されるため、カメラの異常は将来にも関係する由々しき問題だ。

三谷民男は、電気設備工事会社で部長を務めるベテラン技術者だ。復興街づくりを手掛けるコーポレーティッド・ジ

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ゲンバノミライ(仮)第26話 技研の大山研究員

ゲンバノミライ(仮)第26話 技研の大山研究員

「俺の感覚だが、多分いける。進めよう」
技術研究所にいる大山規子は、天野渡からの電話に思わずガッツポーズをした。

「天野君、さすがだね。昔から偉い人をうまく転がすのが得意だったもんね」
「よく言うよ。そうやっていつも俺を小間使いに使うのは大山さんの方じゃないか。旦那さんもさぞ苦労してるだろうと思うよ」
お互いの立場は変わったが、こういうやり取りはあの時のままだ。

大山と天野が出会ったのは海外留

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ゲンバノミライ(仮)第25話 リベロの能登君

ゲンバノミライ(仮)第25話 リベロの能登君

「ちょっと待ってくれ。戻って右側の梁の交差部を見せてくれ。そこじゃない。もう少し手前だ」
能登隆は、足元に気をつけながら、足場を手前に戻って下側に目をやった。
装着しているスマートグラスを通じて、本社にいる現場アドバイザーの中島泰之が同じ様子を大画面で見ている。

いったい何が問題なのか。
鉄筋が絡み合うように組まれた梁部分を凝視してみるが、まだ見つけられていない。

「どこか分かるか?」
そう言

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ゲンバノミライ(仮) 第10話 型枠工の鉄ちん

ゲンバノミライ(仮) 第10話 型枠工の鉄ちん

型枠大工の田中鉄郎は、初めて取り仕切りを任された。手元として手伝って、コンクリート型枠用合板、いわゆるコンパネを加工したり組み立てたりしたことは何度もある。だが、図面を基に計画を考えて、自分が職人を使う立場になって仕上げていくという全体を一人で取り仕切ったことはない。嬉しいが、緊張する。

「分かりました!」といつものように大きな声で返事した田中に対して、親方の古里典助は妙なことを言ってきた。

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