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がん克服日記

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余命1か月と言われた父親のがん克服日記です。忘れないよう日常の日々を書いていこう思います。自分の為に。悔いのないように。 2020年3月20日からの記録です。 ■現状 ・大腸(…
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新盆

新盆

今日は父が亡くなり、初めてのお盆、新盆。

正直初めてお盆というのを意識した。
言葉ではもちろん知っていたが自分ごとでは無かった。

父が肉体を無くし、魂の存在になり居るとしたら、年1回帰ってくる時がお盆。里帰りみたいなもんだ。もしくは、向こうが里だったら久しぶりによく行った旅行先に行くようなもんか。

どちらにせよ、こっちに居る自分たちには逢える日である。

お寺さんを家にお呼びしお経を唱えても

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愛国から幸福へ

愛国から幸福へ

切符が出てきた。

愛国から幸福ゆき

同じ学びをし経営者の大先輩である掛村さんから頂いた切符。

ふと徐に、机の横の父親に御供えをした。

なんとも言えない愛を纏い、更に温かい眼差しで見守ってくれているように感じた。

この切符は記念切符。
2月22日は両親の結婚記念日であり私たちの結婚記念日でもある。

父親もこの日に思い入れがあり、
別の駅の切符を購入して私たちに渡してくれた。
父親の最期の

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7、8、9日 お墓探し

7、8、9日 お墓探し

この3日間は千葉の実家に帰り、父親のお墓を見に行った。地元から少し行った駅の15分くらいのところ。

母親も行きやすそうで、とても静かなところ。
この日は晴れていて、すごい爽やかな空気が流れる。

いわばここが新しいお父さんが住むところか、いいねと思う。

今回、専用のお墓ではなくて永代供養にしようかー、そこまで豪勢にする必要ないしねと話していたが、いざ見に行ってみると意外にお墓がちっちゃい。そり

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20日 誕生日

20日 誕生日

本日は告別式。そして父親の誕生日。
奇しくも同じ日。
66回目の誕生日。
この日は雨。

ほとんど寝られず3時半から目が覚めていた。

9時には式場に入り、お父さんにお線香を。
ふと目を遣ると何か昨日より微笑んでいるような。のりちゃんやお母さんも気付き、不思議だね、昨日の通夜でみんなが来てくれたから楽しかったのかな、と話していた。

葬儀屋さんが言うには、実はまだ聴こえていると言われてますよ、

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19日 お通夜

19日 お通夜

この日は快晴。前日の大雨から打って変わって。
とても爽やかな日だ。父親らしい日だ。

夕方からなので母親とゆっくり式場に行く。

式の前に湯灌の儀というお清めの時間がある。お風呂に入ったり、着替えたり身支度をする時間。
丁寧に洗っていただき、気持ち良さそう。表情も爽やかになった。生前お風呂が好きだったから、本当に気持ち良さそう。
病の影響で黄疸が出て顔が黄色かったが、お化粧をしてくれた。
山が大好

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18日 父親の事

今日は千葉は雨と風で大荒れ。
母親と、今日は家でゆっくりしようねと話す。

鹿児島の生徒さんが送ってくれた水素水生成機。母親がとても気に入って沢山作っている。楽しいらしい。
これで少しでも元気でいてくれたら嬉しい。

本当に皆さんから沢山の応援を頂いた。実際のものから情報からご縁から数えたらキリがないほどの応援を頂いた。本当に有難い。。落ち着いた時に少しずつ御礼をしていけたらと思う。

ここ数日夜

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17日 母親との時間

この日は移動が多い日だった。朝から母親連れてほとんどドライブ。車の中でも沢山喋った。

とにかくこの数日母親と過ごし、沢山話しをしている。お互いの隙間を埋めるように。母親からもなんだか話せて軽くなったありがとうと言われる。とても心が安らぐ。

先ずはスクールに行き必要なものを取りに行く。両国を越えるのと越えないのだと遠さの感じ方が違う。千葉から行くと江東区は30分くらいでドライブに丁度良い。
父親

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16日 人を大事にする。

お父さんは病院からそのまま八幡の葬儀屋の安置室へ。毎日逢いにいける。
逢いに行くと、ただ寝ているようだ。今にも起きそう。少し半開きだった口も閉じている。少し微笑んでいるようにも思える。

お母さんはひとしきりお父さんに話をしている。
本当に好きだったんだなと感じる。子どもには見せない表情がある。2人の間の愛情をひしひしと感じる。美しさを感じる。

この日は母親と沢山色んな事話した。
お父さんの

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15日 まだ整理がつかないがここに記していきます。

まだ整理がつかないがここに記していきます。

昨日の朝3時に泊まり込みしていた母親からの電話で飛び起き、すぐさま病院へ。のりちゃんも慎太朗も一緒に。

着いた時には心電図は赤く0の表示。
お母さんが一言「死んじゃった。」

駆け寄りお父さんに触れてみるとまだ温かい。
生きてると同じように温かい。
手を取り、出てきた言葉は「良くがんばったね、ほんとうに良くがんばったね」それしか出てこない。
あとは言

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14日 

本日の午前2時半に父、石井良明は永眠しました。
最期は安らかに息を引き取りました。
皆さまには多大なる応援を頂き、本当に感謝しかありません。ありがとうございます。

13日昼から意識が混濁し、何回か起き上がり話すことができました。
最期に交わした言葉は「ありがとうね」でした。
孫の慎太朗と私の手を両手で取ってありがとうね、と伝えてくれました。

その前日は何も言わず母親と私の手を握り伝えてくれまし

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13日 容態急変。

朝8時、支度をしていると母親からの電話。
話してみると「すぐ来て」の一言で切れる。

色々な想いが巡り、のりちゃんと慎太朗ととにかく早く駆けつける。

病室に入ると苦しそうなお父さん。
朝痛みでのたうち回ったとの事。今は多少落ち着いている。
今までそんな事は無かった。痛みに強い父親は人一倍我慢強い。その父親がのたうちまわるというのは相当痛いのだろう。

痛み止めの点滴のせいか意識は朦朧としていて、

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12日 体力が下降。

12日 体力が下降。

個室生活4日目。克服生活18日目。
今日も朝病室へ。
開けたらあまり調子が良くなさそう。話を聞くと昨日一日は調子は良かったみたいだが、朝起きた時には調子が良くないみたい。今日の朝ごはんは食べられなかったみたい。

一進一退。いや、3歩進んで2歩下がる。それでも前へ前へ。あとは気持ちだ。

サポートする方も、昼から次の朝まではお母さん、朝から昼までは奥さんののりちゃんがサポートする体制をして分散。お

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11日 少しずつ変化が。

個室病室3日目。
なんとこの日は便が5回も。3回は普通であとの2回はゆるいとの事。

今は食べたら出る。
普通の事でも今のお父さんには大変な事だ。それがこんなにある事は大きな変化だ。
日常のありがたみを感じる。人間の摂理のありがたみを感じる。
食1つ取っても自然の道理に外れると致命的である事が良く分かる。生かされている事は本当だ。

感じるのは、肝臓の腫れが少しずつ収まってきて、圧迫していた腸の通

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10日 良い判断だった

10日 良い判断だった

昨日から個室に入院。
昨日は一度お父さん以外は家に帰り、朝8時半に病室へ。丁度ご飯の時間終わり。あまり食べてないとの事だったが、顔色が少しいい。

昨日まで見ていて辛そうだったけど、今日は楽そう。それだけでも家族は心が楽になる。苦しそうな顔を見ているのは、どうしてもこちらも苦しくなる。

着いて早速、100g分の煮出した地鶏のスープを飲んでもらう。濃厚で悪くはないみたい。
これが大事なタンパク源と

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