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【物語】二人称の愛(上) :カウンセリング【Session35】

※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。

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2016年(平成28年)03月14日(Mon)ホワイトデー

 昨日までの『東北被災地の旅』がまだ抜け切らない学は、午前中のカウンセリングを休みにし、新宿にある自分のカウンセリングルームで昨日までの出来事を振り返っていた。そして夜になり銀座にあるみずきのお店『銀座クラブ SWEET』に向かったのだ。そう今日はホワイトデーで、学はみずきたちにプレゼントを渡しに行くためだった。
 学はみずきたちに、学のホワイトデーのプレゼントが何か期待されていることを知っていたので、何を贈ろうか悩んでいた。そしてみずきのお店へと入って行ったのだ。

倉田学:「こんばんは倉田です」
ゆき :「こんばんは倉田さん。『東北被災地の旅』で疲れてませんか?」
倉田学:「ええぇ、大丈夫です。午前中、ゆっくり出来ましたから」
ゆき :「そうですか、それは良かった。今日はどうしたんですか?」
倉田学:「えーと。ホワイトデーでしたよねぇ」
ゆき :「もしかして倉田さん。その為にわざわざ来たんですか?」
倉田学:「ええぇ、まあぁ」
ゆき :「みさきー、倉田さんがホワイトデーでプレゼント持って来てくれたみたい」
みさき:「本当ですか倉田さん」
倉田学:「ええぇ、まあぁ」
みさき:「みずきママ、倉田さんが来たよー」
美山みずき:「倉田さん、こんばんは。今日はどうされたんですか?」
倉田学:「いやぁ、ホワイトデーだからプレゼントを」
美山みずき:「本当ですか倉田さん。ありがとう御座います」

 学はカバンから何やらスケッチブックを取り出しこう言ったのだ。

倉田学:「ではまず、みさきさんから渡します。みさきさん、これをどうぞ」

 そう言って学はみさきにプレゼントを渡した。そして次に学はゆきにこう言ったのだ。

倉田学:「ゆきさん、これをどうぞ」

 そして最後に、みずきにはこう言った。

倉田学:「みずきさん、これをどうぞ」

 学が三人に渡したのは『東北被災地の旅』で学が描いた絵だった。みさきには岩手県 陸前高田市にある『奇跡の一本松』の絵だ。そしてゆきには『日和山公園』からの石巻市の風景、最後にみずきには『がんばろう!石巻』の看板とその周りの風景の絵だった。
 三人はこの学からのプレゼントを受け取ると、こころがきゅーと締めつけられる感覚と、昨日までの出来事がいっぺんに蘇って来た。そして三人とも前を向いてしっかりと歩んで行こうとこころに誓ったのであった。しばらく三人は学から貰ったプレゼントの絵を見つめていた。そしてこう言ったのだ。

みさき:「倉田さんありがとう。このプレゼントは、わたしの宝物です」
ゆき :「倉田さんありがとう。姉のみきの分までしっかり生きます」
美山みずき:「倉田さんありがとう。やっぱり倉田さんは『形のないプレゼント』をあげるのが上手なんですね」

 これを聴いた学は、ホワイトデーも悪くないな・・・。と少し思ったのだった。そして学はみずきにのぞみにもプレゼントを用意してあると告げたのだ。それを聴いたみずきはのぞみを呼びに行った。そしてのぞみが奥のフロアからやって来た。

倉田学:「こんばんはのぞみさん。お久しぶりです」
のぞみ:「こんばんは倉田さん。わたしにプレゼントって何ですか?」
倉田学:「たぶん今ののぞみさんには、これが一番いいかなと思って」
のぞみ:「なんでしょうか?」

 学はカバンから赤い色地に白い十字とハートマークのキーホルダーらしき物を取り出した。そしてこう言ったのだ。

倉田学:「のぞみさん。これ見たことあります?」
のぞみ:「ええぇ、まあぁ」
倉田学:「では、何だかわかりますか?」
のぞみ:「『ヘルプマーク』ですか」
倉田学:「せいかーい。これ手に入れるの、届出れば審査そんなに厳しくなんだよ、今のところ」
のぞみ:「でもこれ、妊婦さんとかしか使えないんじゃ?」
倉田学:「まだ、ちゃんと普及してないけど。これの定義って今のところ。義足や人工関節を使用している方。内部障害や難病の方。妊娠初期の方。援助や配慮を必要としている方々となっているんですよ」
のぞみ:「そんな定義だったんですか。わたしてっきり妊婦さんだけかと」
倉田学:「でも実際は妊婦さんの間で一番使われているかなぁ。男性でこの『ヘルプマーク』をつけているひとを僕は見たことがないから」
のぞみ:「これを付けることに何かメリットがあるんですか?」
倉田学:「まだ認知度は低いけど、電車などで今後広く普及されると思うよ。それに妊婦さんの間ではそれなりに普及して来ているから、女性が付ける分には付けやすいんじゃないかなぁー」
のぞみ:「そうなんですね。そう言えば地下鉄とかでステッカーが貼ってあるの見掛けたことあります」
倉田学:「僕はちゃんとこれが普及されればいいと思うんだけどなぁ。でも 誰でも簡単に手に入ることになると悪用したり、転売するひとが出てくる可能性があるから、そう言うのはきちんとしないとね」
のぞみ:「わかりました。ありがとう御座います。お守りがわりにカバンに付けたいと思います」

 学は思ったのだった。このプレゼントがのぞみの発達障害に本当に役立つかどうかは、わたし達社会の問題であると・・・。そしてこれをすぐ悪用して稼ごうとか、儲けようと考えるそんな卑劣なひとが多い今の世の中を学は憂いだのであった。
 学は今日、お客さんとして『銀座クラブ SWEET』に来たので、少しお酒を飲んで帰ることにした。のぞみは学をお店のカウンターの席に案内し、こう言ったのだ。

のぞみ:「倉田さん、飲み物は何にします」
倉田学:「ウイスキーのストレートを」
のぞみ:「どんなウイスキーが宜しいでしょうか?」
倉田学:「では、『シングルモルト宮城峽12年』でお願いします」

 そう言うとのぞみはバーテンダーに、学の注文した飲み物をお出しするように言い、学の席の隣に座った。そして学にこう言ったのだ。

のぞみ:「わたしも何か飲んでもいいかしら?」
倉田学:「いいですよ」

 そう言うとのぞみは『ニューヨーク』と言うカクテルを頼んだ。それぞれの飲み物がバーテンダーから二人の前に差し出された。学の前に『シングルモルト宮城峽12年』のストレート、そしてのぞみの前にカクテルグラスがそっと置かれた。
 二人はまるで恋人のように乾杯したのであった。のぞみの頼んだ『ニューヨーク』と言うカクテルは、色鮮やかなオレンジ色でバーボンウイスキー、ライム、グレナデンシロップそして砂糖を入れてシェイカーでシェイクして作られるのであるが、ここがバーテンダーの見せ所でもある。バーテンダーは手際よくメジャーカップでお酒の分量を計り、それぞれの材料をシェイカーに入れてシェイクする。
 そしてそのシェイクされたお酒は、のぞみの目の前に置かれたカクテルグラスに注ぎ込まれるのだった。カクテルグラスは次第にオレンジ色の湖で満たされ、グラスから溢れるギリギリの所まで満たされて行ったのだ。この分量と味、そして手際の良さがバーテンダーの見せ場である。

 学はこの一連の動作を観察し、プロのバーテンダーの『仕草』『表情』『呼吸』に合わせて行ったのだ。それは学の何時ものカウンセリングの時のクライエントに合わせて行くのと同じで、こうすることによりバーテンダーの動作を『モデリング』することが学には出来たからだ。二人が乾杯した後、のぞみはバーテンダーにのぞみの好きな曲を流すようお願いした。

のぞみ:「すいません。何時ものわたしの唄をお願いします」
バーテンダー:「何時ものですね。わかりました」

 そう言うとバーテンダーは、中島みゆきの『恋文』と言う曲を流した。そしてのぞみは学にこう言ったのだ。

のぞみ:「わたしの初恋って小学五年生の終りなの。その当時、幼なじみだったひとつ上のとおるくんって言う男の子なんだけど・・・。とおるくんが小学校を卒業して、すぐ離れ離れになってしまったの」
倉田学:「そのとおるくんとは、どうして離れ離れになったんですか?」
のぞみ:「とおるくんが小学校を卒業して、とおるくんの家が放火されたの。そしてとおるくんを残して、とおるくんの家族はその放火で亡くなったのよ」
倉田学:「とおるくんにはその後、会っていないんですか?」
のぞみ:「ええぇ、とおるくん親戚の叔母さんに引き取られたみたいで・・・。それ以降音信不通に」
倉田学:「のぞみさんは、とおるくんのことをまだ好きなんですか?」
のぞみ:「ええぇ、わたしの恋愛はあの時から進んでいないの」
倉田学:「もし、とおるくんが現れたら、のぞみさんは前に進めるんですか?」
のぞみ:「わたしにもわからない。でも、とおるくんに会わないときっと前には進めないと思うんです」
倉田学:「それはとおるくんが、昔のとおるくんで無くてもですか?」
のぞみ:「ええぇ、どんな形であろうと、今のとおるくんに会う必要があるんです。そうしないと、わたしは前に進めません」

 こうのぞみは学に答えたのだ。学はもうこれ以上、のぞみに何も訊かなかった。そして何時ものようにウイスキーを三杯『三本締め飲み』で飲み、みずきのお店『銀座クラブ SWEET』を後にしたのである。



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