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ものかきのおかしみと哀しみ

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2018年9月の記事一覧

伝説のキャバレーとキノコの誘惑

伝説のキャバレーとキノコの誘惑

この秋は信州も雨ばかり。地面が乾いた記憶がないぐらい。なのでキノコが生える。豊作らしい。みんな大好き松茸だけでなく、いろんなキノコがポコポコ生えてくる。

松茸山を持ってるわけではないので松茸の出来に一喜一憂することはないんだけど、それでも「豊作」ということばの響きは悪くない。

なんだけど、キノコ全般に関しては豊作=めっちゃうれしいとは素直にならないしなれない。なぜなら、キノコがたくさん採れると

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展覧会でふられた気持ちになることについて

展覧会でふられた気持ちになることについて

僕は絵が描けない。描けたらいいなと思うけれど、まあ空を飛べたらいいなと思ってるのと変わりなくて憧れだけ。広告の仕事をしていたとき、ロットリングで小さなカットを描いたりはしたけれど、それ単体で鑑賞に耐え得るものではない。

だけど絵が描けないのに「いい絵」に出会いたいと思うから変なものだ。

お前にいい絵の判断なんかできるのか審美眼があるのかと問われればスライディングですみませんでしたと言うしかない

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霊泉とか鉱泉とかのある人生

霊泉とか鉱泉とかのある人生

今日も人通り少ないので、個人的な話。 bar bossaの林さんが日記で、一部の男性から見たとある特徴的な女性を「温泉系」と呼んでいる話を書かれていて世界は広いなと思った。

どういう女性のことなのかは、そこだけ切り取るように書くと「え?」ってなるので気になる人は林さんの日記を読んでください。

で、脊髄反射で思ったのは「あ、自分って温泉より霊泉とか鉱泉に惹かれる」ってこと。温泉とは違って、霊泉の

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なぜ職業欄に「人間」と書いてはいけないのか(個人的な話)

なぜ職業欄に「人間」と書いてはいけないのか(個人的な話)

個人的な話です。世間は平和な(たぶん)三連休の真ん中で、きっとみんなキノコ狩りに忙しくてほとんどnoteとかインターネッツを見てる人もいないだろうから。

なんで僕は文章を書くのか。仕事だからだよ、と言ってしまえばそれだけの話。そう、職業です。確定申告とかのシステム上、税務署に提出している諸々の書類も職業欄「文筆業」になっている。

なんだけど、まあまあ長くこの職業をやってても、自分が文筆業である

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浅生鴨さんに会ってきたかも(その3)本当のことは裸体より恥ずかしい

浅生鴨さんに会ってきたかも(その3)本当のことは裸体より恥ずかしい

プロの迷子(!)浅生鴨さんの新刊『どこでもない場所』の周辺に漂っているものたちが気になって始まったインタビュー。前回はこちら。

子どもの頃から、ふらふらどこかに行ってしまうのが好きだった。家出でもなく、スタンド・バイ・ミーみたいな冒険でもない。第一、自分一人だし計画性も何もなく、ただ思いついたら知らない「どこか」に自転車を走らせるだけ。

地図も持ってないし、スマホなんてもちろんない。ただ道路標

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『カメラを止めるな!』が大坂なおみと被って見えた話

『カメラを止めるな!』が大坂なおみと被って見えた話

まるでコートの大坂なおみを観てるようだった。もちろん、テニス全米オープンではなく映画『カメラを止めるな!』の話だ。それぐらい僕の意識は止まらないカメラに揺さぶられ続けていた。

話題の映画だってことはもちろん知っていた。いろんな意味で。だけど僕は余計なノイズはシャットアウトして、できるだけ映画そのものに集中するつもりでコートにじゃなく劇場に入った。

大坂なおみは「コートに入ったら私は別人で、セリ

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缶ジュースを返す

缶ジュースを返す

ときどき、どうでもいいようなことを思い出して困惑する。うっとりするような思い出というのでもない。記憶の澱と呼べるほど小説的でもなく、夕陽に映える鉄塔のシルエットほどエモくもない、ただの記憶だ。

たぶん中学1年か2年ぐらいだと思う。その頃、僕は放送部に所属していて、お昼の校内ラジオ放送とか校内ラジオドラマだとかをつくっていた。べつに、すごく熱心にというのでもなく、学校でクラスの教室以外に放送室とい

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浅生鴨さんに会ってきたかも(その2)役に立たないでほしい

浅生鴨さんに会ってきたかも(その2)役に立たないでほしい

浅生鴨さんの新刊『どこでもない場所』の周辺に漂っているものたちが気になって始まったインタビュー。前回はこちら。

悲劇と喜劇。人生は概ね、その狭間を行ったり来たりしている。

ある出版社の会議室で「組織に縛られない働き方のデザイン」という趣旨の企画で本の取材をしていたとき、斜め横の会議室では出版社の新入社員が集められ「正しい組織人の意識と行動を身につける」みたいな研修が行われていたこともあった。

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会いたかった文章

会いたかった文章

“いい音は会いたかった人なのだ”という意味のことを早川義夫さんが書かれている。

いい音は会いたかった人。このときのいい音とは技術的なことでも形而上のものでもない。文字通り、こころの芯を食った音のことだ。

「いい音」を「いい文章」に置き換えたとき、僕は会いたかったと思われる文章を書いているのだろうか。甚だ心許ない。

どんな仕事をしていても「こんなのでいいのだろうか」と悩むことはある。自分のアウ

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『どこでもない場所』の正しい注文の仕方

『どこでもない場所』の正しい注文の仕方

発売と同時に売り切れてAmazonから消えてしまい「どこでもない本」になった浅生鴨さんの新刊『どこでもない場所』。本屋さんでの正しい注文の仕方はこうです。

ぼく 「どこでもない場所探してるんですけど」
書店員「えっ」
ぼく 「どこでもない場所ですけど」
書店員「いえしりません」
ぼく 「えっ」
書店員「えっ」
ぼく 「まだ入ってないということでしょうか」
書店員「えっ」
ぼく 「えっ」
書店員「

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浅生鴨さんに会ってきたかも(その1)どこでもない場所にたゆたう人

浅生鴨さんに会ってきたかも(その1)どこでもない場所にたゆたう人

浅生鴨さんの新刊『どこでもない場所』の周辺に漂っているものたちが気になって始まったインタビュー。前回(予告編)を読み飛ばした方はこちら。
 
 
まだ携帯電話が単なる携帯電話だったその昔。着メロが16和音だとか、光るアンテナ、ジョグダイヤルを無駄にぐりぐり回してたりの時代だ。
なにそれ? という人はインターネット老人会に入れなくて残念かもしれないけれど、まあそういう時代があったんだと思ってほしい。

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ラジオの終わり

ラジオの終わり

夏休みが終わる。あるいは終わった。いい大人になってしまって、もう夏休みの喜びも哀しみも関係なくなっているのに、未だにこの時季はこころがぞわぞわする。僕みたいなどこにも所属していない仕事をしていると特に。
 
何がぞわぞわするんだろう。たぶんだけど、子どもの頃の感情の記憶(多くは干からびてる)をぱらぱらと眺めていると、どうやら「意味のない時間」から「意味あるものしか許されない時間」に引き戻されるのが

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