伝説のキャバレーとキノコの誘惑
この秋は信州も雨ばかり。地面が乾いた記憶がないぐらい。なのでキノコが生える。豊作らしい。みんな大好き松茸だけでなく、いろんなキノコがポコポコ生えてくる。
松茸山を持ってるわけではないので松茸の出来に一喜一憂することはないんだけど、それでも「豊作」ということばの響きは悪くない。
なんだけど、キノコ全般に関しては豊作=めっちゃうれしいとは素直にならないしなれない。なぜなら、キノコがたくさん採れるということは「毒キノコ」も盛大に採れる(採らないでいいんだけど)ということだからだ。
さすがに最近は毒キノコを見分ける迷信というか都市伝説を真に受けてる人は少ないと思うけど、まったく毒キノコ事故がなくはない。縦に割けるキノコは毒がないとか、毒キノコは派手な色をしてるとか、塩漬けにすれば大丈夫とかないから。
そもそも毒キノコの本当の怖さは「食べて見みないとわからない」というところにある。明らかな毒キノコなんてほんの一部で、キノコ類には「毒性不明」のものも結構あるのだ。
*
とか言いながら、それでもやっぱりうちの近くにキノコが生えてるのを見つけると穏やかではいられなくなるのはなんでだろう。直截に言えば「食べたいぃ」。原始人かよと自分でも思う。理性的ではいられなくなるのだ。
現代人だし他に野菜も育ててるし、べつに野生のキノコを食べなくても食べるものはあるじゃん。わかってるよ。けど、キノコを見つけた瞬間、本能的なのかなんなのか、すごく「これ、食べれるんじゃない?」というよくわからない気持ちになるのだ。
東京にいたときは、そんな気持ちになったことはない。というか道にキノコ生えてないし。けど里山で暮らすようになってから、なぜかキノコに誘惑されるのだ。
その地味な艶やかさは、「あなたの郷里の娘を呼んでやってください」を売りにしていた伝説の老舗銀座キャバレーの誘惑にもちょっと似ている。行ったことないのでイメージだけど。