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エッセイ

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香りが誘う記憶の旅

香りが誘う記憶の旅

土曜日の昼下がり、部屋の窓を大きく開く。
雲一つない大空。
庭の花の香りを纏ったもわっとした暖かい空気が一瞬で部屋へ入ってくる。

おそらくきちんとした生活をする人は、朝一番に窓を開けて澄み切った新鮮な空気を取り込むのだろう。しかし、私はこの日向ぼっこの香りがする空気を取り込む瞬間が無性に好きだ。

香りとは不思議なもので、私の印象深い記憶たちは全て香りとつながっているように思う。

春の夜の湿っ

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花を飼うススメ

花を飼うススメ

淡くてまろやかな桃色に惹かれて、芍薬の花を買った。

右手には夕食のための食材が入ったエコバックを持ち、左手には1本の花を持つ。わたしが通うこのスーパーの入り口には、小さな生花店がある。つい最近までは、桃や桜などの枝ものが並んでいたのに、いまでは色とりどりのガーベラやカーネーションで埋め尽くされている。

最近『花のある生活』が流行っているように思う。定期的に家のポストに花が届くようなサービスに登

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懲りない酒吞みたち

懲りない酒吞みたち

「僕たちみたいに酒が強いとなかなか酔えなくて困るよね」
「カシオレとか何杯飲んだら酔えるの(あんなの一生酔えないよね)?」

0次会と称した立ち飲みバー。すでにほろ酔いなのでは?という様子でこう豪語していた男は今、私の前で吐き気を催している。

――いい加減にしてくれ。

心の底からそう思いながら、全力で彼を店のトイレに押し込んだ。

***

「日本酒の会」という名称で、職場の若手の日本酒好きが

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観葉植物が私の部屋に光を呼んだ

6時半にスマホのアラームで目を覚ます。

――眠い。あと5分。

そう思いながらも、暖かい布団からのそのそと起き出し、部屋のカーテンを開ける。差し込む早朝の陽光が窓際のガジュマルの木に当たる。まだ成長途中の小さな木が嬉しそうに見える。

つぎに、寝起きのふわふわとした意識の中で、背丈の半分ほどあるゴムの木を窓際へと運ぶ。

――たくさん光を浴びて元気を出しておくれ。

通常は部屋のデスク近くに置い

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ふらり近所の老舗酒店へ

ふらり近所の老舗酒店へ

家の近くに、地元の酒好きの間では有名な老舗の酒店がある。

商店やカフェが軒先を連ねる通りの一角。

ひっそりと佇むその店の店内は酒で溢れている。ワイン、ビール、日本酒、焼酎、洋酒。なんとなく種類ごとに仕分けはされているが、様々な瓶が所狭しと並ぶ様子はまるでおもちゃ箱のようだ。雑多なようでいて、酒のひとつひとつが際立って見える。

「今日はどうしたん?何かお探しかな?」

店内に踏み込むと店主のお

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出来ないからこそ出来たこと――当たり前を越えていけ

出来ないからこそ出来たこと――当たり前を越えていけ

記事タイトルを見て「どういうこと?」と思った方がいるかもしれない。私がこの記事で伝えたいのは、「出来て当たり前なことが出来ないのは、みんなが出来ないことを出来るようになるきっかけだ」ということ。うん、ややこしい。

――あなたは当たり前のことを当たり前に出来るだろうか?

学校に行く、仕事に行く、ご飯を食べる、寝る、友人と話す、など世間一般に当たり前だと思われていることはたくさんある。例えば、ここ

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あの日の夜景はもう見られないと悟った

あの日の夜景はもう見られないと悟った

職場の同僚に誘われて、先日長崎を訪れた。私も彼女も長崎は2度目。しかし、6年前に訪れた私に対して、彼女は幼少の頃に訪れたらしく記憶がないという。そこで、王道の長崎観光ルートを満喫しようということになった。

2人とも写真を撮るのが好きなこともあり、写真映えするスポットを調べながら旅程を立てた。彼女はツアーコンダクターさながらにてきぱきと計画を決定していく。私はただ「それいいね!」と言うだけになって

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文字から滲む思いに浸る

文字から滲む思いに浸る

昔から文章を書くのが好きだった。学生時代は勉強の合間に自作の小説を書いていたし、何かあるごとに詩を書いていた。それは特に何かを目指していたわけでも、読み手を意識しているわけでもなかった。ただ書くのが楽しくて、自分の中から溢れてくる感情を昇華させていた。

そんな中、小学校高学年になると交換ノートが流行り、中学生になると手紙が流行った。これらは自分ひとりで書いているものとは違い、相手ありきで文章を書

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