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そして人生はつづく


 眠い。眠すぎてまともに頭が働かない。


 正直noteの記事を書く気力も体力もない。


 が、私はどうしても毎週noteを更新しなければならないのだ。


 もし仮に毎週投稿をストップさせてしまうと、その罰として私は陰で私のことを監視している冷酷非道な謎の人物Qから超極太バナナを座薬の如く肛門の穴に無理矢理挿入され、その状態のまま輸送船にブチ込まれて「人体と結合した状態で売買される革新的なバナナ」、通称『ラジカルバナナ』(※ラジカル=革新的な、の意)としてフィリピンへ密輸されてしまうからだ。



 もうおわかりだろう。しっかりと睡眠時間を確保出来ていて、正常に脳が機能しているような人間の書く文章ではないことが。



 なんでこんなに眠いのか?今朝起きて、iPhoneの『ヘルスケア』アプリで睡眠時間を確認してみると3時間8分しか寝れていなかった。



 さ、3時間8分!?



 昨日は寝ようとしても全然眠りにつけなくて、本や漫画を読んだり入眠用クラシック音楽を聴いたりしたんだけど全然効果がなく、最終的にPodcstを聴いてたら寝落ちしたのだ。最後に時計を見たのは午前2時半ぐらいだったか。



 なんでこうなってしまったのか。多分、今週は私の週末におけるルーティーンが崩されてしまったからだろう。



 いつものルーティーンでは、私は金曜日の夜に結構な夜更かしをする。決して好んで夜更かしをしているわけではない。平日の労働から解放された喜びからついFANZAにアクセスして夜更かしをしてしまうのだ。普通に良くない。来週からはちゃんと規律正しく生活しようと思う。



 しかし今週末は土曜日の午前中にTOEICの試験があったから、金曜日に夜更かしするワケにはいかず、22時半ぐらいに寝たのだ。



 だからなのかはわからないが、生活のリズムが狂って昨日は全然寝られなかった。



 FANZA……某インターネットサイトにアクセスして無理矢理身体を入眠状態にさせるという手もあったが、一回FANZA……某インターネットサイトに手を出してしまったが最後、翌日の激しい気怠さが確定してしまうということを身をもって学んでいたから何とか我慢した。


 って、っていうかいつもFANZA観てるワケじゃねーしィ?成人をターゲットにした商品のマーケティング戦略を勉強する一環として「あなたは18歳以上ですか?」の問いかけボタンに「はい」押してるだけだスィ~?ぜ、全然そういう意図があってやってんじゃねーしそういう猥褻で卑俗なモノに向けるような視線を注がないでいただきたい。私は極めて真剣に人間の本能的な欲求というものに対峙し、日々右手を酷使しながら研究に励んでいるだけなのだ。(結局煩悩に敗北してんじゃねえか)



 でも、寝られなくて逆に良かったこともある。その時間で星野源のエッセイ『そして生活はつづく』を読めたことだ。



 まさか星野源のエッセイがこんなに面白かったとはね。



 私の浅薄なイメージだと、星野源はガッキーと結婚した文化人寄り枠のタレントという印象しかなく結構「素通り」してたのだが、オードリーの若林さん経由でなんとなく興味を持ってエッセイを買って読んだら至極面白かった。



 というかまず、自分のダメな部分とかつまらない日常をなるべく面白く解釈しようというテーマで書かれているので、なんとなくテイストがこのnoteと酷似している(※あくまで個人の所感です)。

 このnoteも基本ネガティブなことばっかり書いている巨大闇属性モノだが、そのどうしようもない黒い感情を無理矢理面白く昇華させようとして、結局不完全燃焼的にパッとしない表現ばかり繰り出されている……いや、失敬、星野源のエッセイの方がちゃんとスッキリとしたオチがついている分このnoteは彼のエッセイの下位互換かもしれません。


 もし星野源のエッセイを読んでる読者諸賢の方がいたら、このnoteが星野源のエッセイに過大な影響を受けて書かれているんじゃないかと錯覚してしまうぐらいに思考が似てるというか共感出来たんですよね。


 たとえばやらなきゃいけないことを先送りにしちゃったり、人付き合いが苦手だったり、スパゲティー食べるときにソースをこぼしちゃいがちだったり……。


 私もスーパー銭湯のお食事処で一人でざる蕎麦を食べている時、めんつゆに入れるわさびの分量を間違えて盛大にむせてしまい、鼻の穴から蕎麦の麺をにゅるりと排出してしまったことがある。


 幸い周囲に人がいなくて誰にも見られてはいなかったものの、自分がアホというか間抜けすぎて哀しくなった。豪快に笑い飛ばしてくれる友人でもいたらまだマシだったのだろうが、そんな存在はいないのでこういう場所でしかその体験を共有することが出来ない。


 みんな知ってた?口と鼻の穴って繋がってるから、わさびを上手いこと駆使すれば口から蕎麦をすすって鼻の穴から出し、それをまた口で啜って鼻から出すという『永久蕎麦精製マシーン』になることが出来るんだぜ!!※多分健康上良くないので真似しないでください。




 星野源がお腹が弱いという体質の持ち主であることにより、ウンコの話が頻繁に出てくるのも好感が持てる。


 私もお腹が痛くなりやすいので、ウンコが漏れそうになって何度も窮地をくぐり抜けているという点に関して並々ならぬシンパシーを感じた。


 「はらいた」の人間は基本的に無条件に味方である。「はらいた」にしかわからない苦悩と葛藤が、そこにはあるのだ。


 それに奇しくもこのnoteが2週間ほど前に更新した記事もウンコをテーマにしている。


 これもまた、何かの運命(さだめ)なのかもしれない……。



 ただ、筆者と星野源にもはっきり異なる点があり、それは星野源は素敵な母親に恵まれているということだ。


 彼の母親は星野源が幼少期の頃、友達などを家に呼んだ時に気を遣って自分への呼称を変えるのが嫌で自分のことを「お母さん」ではなく名前で直接「ようこちゃん」と呼ばせたそうだ。それもただの「ようこちゃん」ではなく「美人のようこちゃん」と呼びなさい、と言っていたそうだから相当茶目っ気がある方なのだろう。


 また、一人っ子で遊び相手がいなかった星野源のことを想って「急に何者かの手によってお風呂場の排水溝に引きずり込まれそうになる人」を演じて星野源のことをからかったり、彼が家族旅行でハワイに行った時についうっかりペイチャンネルを見てしまい多額の料金を支払わなければならなくなった際も叱責するのではなく爆笑したりと、かなり豪放磊落な性格であることが窺える。



 良いなあ、と思う。



 対して私の母親は、20年ぐらい前に「ゲーム禁止の家庭だし漫画ぐらいは買い与えてやるか」という父親のお情けにより購入された『ボボボーボ・ボーボボ』の1&2巻を「教育に悪いから」という理由で私が1ページも読まないうちに翌日ブックオフに売り飛ばした非常に狭量な人間である。


 20年以上も前のことなのに今なんか急に思い出して腹が立ってきた。 


 あの時小学2年生ぐらいの私が『ボボボーボ・ボーボボ』を読めていたら今頃鼻毛真拳奥義を会得してこの世に巣くう全ての悪徳組織を根絶やしにしていたかもしれないというのに……これが学術的用語で言う「機会損失」ってヤツだ(たぶん違う)。


 っていうか約20年前の母親に物申したいんだが「教育に悪いから」と『ボボボーボ・ボーボボ』を読ませなかったとしても、汝の息子はどうせ約20年後にnoteというブログで「肛門の穴に超極太バナナを挿入され~」とかいう全く教養の感じられない文章を書いてるんだから結局無駄な裁量である。無駄なご足労なんだそれは。ブックオフに行くのをやめて部屋でゆっくりお茶でも飲んでなさい。




 話を戻そう。本当に気を抜くとすぐに脱線するんだこのnoteは。



 そんなわけで星野源に少なからぬ興味を抱いた私は、彼がパーソナリティを務める毎週火曜日放送のラジオ番組『星野源のオールナイトニッポン』もradikoのタイムフリーで聴いてみた。



 私は無類のラジオ好きであるが、オールナイトニッポンは基本的に木・金・土の芸人枠しか聴いておらず、火曜日はTBSラジオの『火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ』をいつも聴いていたからこれまた「素通り」していたのだ。



 期待と高揚感に身を任せながらradikoのタイムフリーの再生ボタンを押す。しかし、流れてきたのは何やら神妙な彼の音声だった。



 どういうことかと思ってインターネットを検索して、大体の概要を把握した。こんなことになっていたのか。全然知らなかった。



 簡単に言うと、星野源が不倫しているというデマがX(旧Twitter)で拡散されている、と。そしてそれが完全にデマであることを星野源はラジオで釈明しようとしていたのだ。その回にはガッキーも電話出演し、噂が完全にデマであることを発表していた。



 なるほどね。最近XのアプリをiPhoneからアンインストールした私の直感は正しかったワケだ。


 私は持ち前の卓越したハッキング技術によりイーロン・マスクのアカウントに裏ログインしながら世界中の主要人物の裏垢が存在するタイムラインをこれまで観察してきたわけだが……というのは全部嘘で、普通に一介のアニメオタクとして2012年ぐらいから半匿名でXのアカウント(アニメアイコン)を運用してきたのだが、最近なんか本当に「こんなんに時間を浪費して何になるんだ?」っていう疑念が募ってきたので、思い切ってアプリを消すことにしたのである。


 Xを使っていても有益な情報はほとんど存在しないし、昔はただくだらないツイートを眺めるだけで気晴らしになることもあったけど、今は俗に言う「インプレゾンビ」を筆頭に「SNSの良くないところ詰め合わせセット」みたいな様相を呈してきてしまっている気がするから、これ以上何も得るものはないなと思って見切りをつけたのだ。



 ただ、10年以上使ってきたということもありアカウントを削除するのはなんだか惜しく、一応残したままにしている。本当に、極稀にリアルタイムの交通遅延情報とかを知りたい時とかは有用に働くので一応ね。といっても今回の件でデマが蔓延しやすいという性質が顕著に表れたから100%信用は出来ないが。



 そのXで、星野源は夥しい数の誹謗中傷を受けたと言っていた。



 辛かっただろう。『そして生活はつづく』の初版は2009年で、15年前ぐらいに書かれたものだから多少なりとも昔と今で心境の変化はあったのだろうが、でもやっぱり彼の人となりをなんとなく知れた気になった後でこういうニュースを目にするとやり切れないものがある。


 今はガッキーと結婚してるというのもあって世間一般的には勝ち組の印象がある星野源だが、約15年ほど前にはエッセイ内で自身が「孤独」や「ひとり」であることについての悩みを赤裸々に記しており、決して順風満帆な人生ではなかったのだ。と思う。



 Netflixオリジナルシリーズの『LIGHTHOUSE』を観てもわかるように、彼も若林さんと同じように、自分自身と周囲の齟齬や軋轢みたいなものに関して悩みに悩み抜いた過去があって、その内省を経て今の星野源があるのだろう。




 逆に、そうした悩みから得た教訓を自分なりの人生哲学に落とし込めているからこそ、ガッキーと結婚出来たんだろうなという気もする。まあガッキーと結婚することがすべてではないですが。




 最後に『そして生活はつづく』の中で特に印象に残った部分を引用させてもらう。

 本当に優秀な集団というのは、おそらく「ひとつでいることを持続させることができる」人たちよりも、「全員が違うことを考えながら持続できる」人たちのことを言うんじゃないだろうか。

引用:星野源『そして生活はつづく』



 彼はずっと前から気付いていたのだ。マジョリティが力を持つ構造の危険性に。



 だからこそ、それが現実になってしまった今回の件にはとても心を痛めたことだろう。



 もう二度とこんなことは経験したくないとラジオで言っていたが、私もそう思う。今まで星野源という存在を「素通り」してしまっていたが、『そして生活はつづく』を読んでから彼には今後もガッキーと穏便かつ幸せな生活を続けていってほしいと素直に思うようになった。 



 私も陰ながら今後の彼の活躍を応援しようと思う。








 はぁ、疲れた。滅茶苦茶眠くて全然頭働いてなかったけど気付いたら5000字以上書いていた。



 パパッと30分ぐらいで簡潔に書いて3時間ぐらい昼寝して睡眠負債を解消するつもりだったのに。もう2時間以上この記事の執筆に費やしてるよ。もう夕方だし昼寝出来ないじゃないか。全部インターネットの所為だ。液晶画面を見てる時間が長すぎて目がチカチカしてきた。ああやだやだ。こんな生活はもううんざりだ。




 そして寝不足はつづく。




おわり

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