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ふらんつの『この世の鍵』シリーズ

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日常で起こるとても些細な出来事――特別には感じられずほとんど意識もされないけれど、その中には重要な意味を持つものがあります。 そんな世界のシークエンス(もしくはシーン)を集めてみ… もっと読む
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女難

女難

 藤村隆之はいつものように颯爽《さっそう》とポーカーフェイスで出社した。藤村は一見どこにでもいる男だが、他の男にはない特有の色気があった。自然と周囲の女との縁が多くなる。それによって女への怯えは強まり、無難に過ごそうとすることによってますます立ち居振る舞いは颯爽とし、ポーカーフェイスに磨きがかかることになった。

 座席に着いて向こうを見ると、すでに原田景子はいた。今日は出社が早い。原田は藤村より

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連休明け、布団のなかで

連休明け、布団のなかで

 スマホの目覚ましのアラーム音で目が覚める。7:40。祐子《ゆうこ》はその時間に目覚ましを設定している。アラームを止めるが、布団からは出ない。7:50にもう一度鳴るように設定してあり、それまではゆっくり布団のあたたかみを味わうのだ。

 できればもう一度眠りたいが、10分は短い。どうせ10分後に起きなければならないという事実を思うと、大抵の場合眠り込むことはできなかった。

 一度目のアラームを7

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職場でのポジション

職場でのポジション

 惑わされずに――これが社会人になってからの志郎のモットーだ。

 33歳の派遣社員である志郎は、スーツを着ると自動的に、無意識にこのモットーの支配下となる。普段の緩《ゆる》く朗《ほが》らか、言ってしまえば子どもじみたような志郎の姿は消える。彼はビジネスマンというより、ビジネスロボットと化す。つまりバリバリ能動的にやるわけではなく、《《ほどほど》》にやるのだ。

 なぜほどほどにやるのかと言えば、

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スーパーで逡巡

スーパーで逡巡

 彼は近所のスーパーに向かった。休日の夕方。寒くて出かけるのも億劫《おっくう》だったが、『100円割引券』は今日までしか使えない。どうせヒマだし何かしら買ってこよう。

 で、何にしよう? ――とりあえず彼は、明日の朝食用の食パンを買うことにした。彼はもうすぐ40歳になる。独りアパートに暮らす彼は、料理などほとんどしない。食べるものもあまり健康的なものとは言えない。

 面倒さにやや苛立《いらだ》

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