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#88[8Links]赤とんぼと木漏れ日[小説スケッチ]

まどかは午後のフライトでとある町へ。木漏れ日の落ちる森と、電信柱の灯り。前作、第二話。

挿絵、白黒写真、銀座松屋まえ、夜7時、幻想的なライトアップ

大粒の雨が窓ガラスを伝い、機体がゆっくり滑走路へと向かう。白と赤が交互に並ぶランプを見つめていると、瞼にうかぶあの光景。記憶に身をゆだね、しばしからだを預ける。Laptopラップトップは開かれることなく、バッグの底で、ねむったままで……。

・・・

上昇気流はやがて乱気流に変わる。機体が大きく揺れ出し、ふいに目を開けた。仕方なく雲をぼう然と眺めていると、急に視界が開けた。カッ……!と、あまりの眩しさに思わず目をしかめる。

厚い雲海のうねり、海面にゆっくりと白い息を吐き出すように沸き立つ、雲の波。神々しいなにかがまどかを照らし続け、あちら側からこちら側へ来た今は、まるで別世界のように思えて、いつまでも目をおとしていた。

・・・

ダムに沈んだM地区。おばさんは山を下りて、空港近くの町に引っ越していた。まるで何もなかったかのように、だれもあの日の話をしない。

赤とんぼも、小川も、木漏れ日の射すイチイの森も、全部なかったことになっている。まどかはあの光景に口をつぐみ、胸にしまっておくことにした。そうあるべきなのだ……。

おばさんはいつものように、あのやさしい笑顔でお茶を勧める。円がそっと口をつけると、あの時のいちごのガラスコップに入った魔法の液体がゆっくりと、喉を通り抜ける。氷を弄ぶとほんのり甘い深煎りの、変わらないあの頃の味が胸いっぱいに広がるのを感じた。

・・・

おばさんの家を訪ねる前に立ち寄るのが、B町に住む祖母の家だった。父は北側の、少し影になった場所に手早く車を停め、まどかはたんったんっと段を上がっていった。

瑞雲堂ずいうんどうさん、代が変わったのよ」祖母の家にいくと、町には数少ない贔屓ひいきの和菓子屋で、よくお菓子を買ってくれていた。

まどかは祖母のつくってくれるゴマ団子が好きで、出来合いのお菓子には手を出さなかった。お店では出せないつくりたての柔らかさと、香ばしい煎りたてのゴマの香り。

「好き嫌いをせず、食べなさい」銀色の包装からは想像のできない何かを選びとるのに、仕方なくきれいなレモンイエローの包みを開けることにした。

わ……。なにこれ。おいしくない……。レモン味? クリーム? チョコレート……? 中はケーキのようにぼそぼそとした、マドレーヌのような嫌な感触。なんの味かわからない。様子見どころか急降下さえもできないそれは、瑞雲どころか何にも乗れない気分で祖母の家を後にした。

・・・

お堂のご本尊様を見上げ、脇の細い渡り廊下に入ると、小さな流し台で近所のおばさんたちがおしゃべりをしながら、花の茎を切っている。窓からやわらかな陽ざしが差し込み、冷たい木の床はそこだけがほんのりと温かくて、その上を歩いて渡るのが好きだった。

黒い扉のついた、たくさんの棚のある部屋に着くと父は迷わずに、右横の上から2つ目の扉を開け、引出しをあけた。「瑞雲ずいうん堂」の包み、おまんじゅう、お水。ろうそくに火を灯し、手を合わせた。円は背の高い脚立に足を取られながら、お香をともしびに差し出し、灯りを分けてもらう。
立ちのぼる煙に、祖母の家から見える光景をかさねて目を閉じ、手を合わせた。

・・・

「じゃあ、元気で」父は祖母に一瞥すると、次の場所へ向かうようだった。時々、何も言わずにつれ出される時は、本を持っていない。

農道も、橋も、川でさえも無くなって「何町どこの、会社だれが作ったかわかるものがなくなり、電信柱の数を数え飽きると、空想にふけるのが好きだった。


アラブの民話、星の世界、ロケットと惑星。

ふしぎな薬を飲むと大人になれる女の子。

紅く燃え上がる火山、七色の湖、あたり一面に黄色い砂塵を巻き起こすヘリコプター、青いセスナ機の轟音。

ただ、ひたすら山の中を景色が流れていく。

その景色に、言葉はわからなくても、まどかの好きなものたちが映写機のように、走ったぶんだけ映し出されていった。


海辺の小高い丘から海を見渡すと防波堤が2つ見える



第三話へつづく。


写真 / 絵 / 文: 筆者(計3枚)
環境: SONY Xperia, Microsoft Copilot , Excel
音楽: 【ピアノ】milk chocolate /pianimo【フリーBGM】


※ この作品は、フィクションです(約 1,800字)
※ 執筆 7/14(約 4時間)

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ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

それではまた、次の記事でお会いしましょう!

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