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夏の元気なごあいさつ―肆
ひとまず、壱弥は神道の本を三冊借りることにした。ナナシのことが分かるとは思えないが、まずは基本を学ぼうと考えたのだ。
帰宅して昼食を済ませた後、自室で借りてきた本を開いた。「神道への誘い」というタイトルのものだ。
その中に、産土神について書かれた一節があった。
産土神とは生まれた土地の守護神のことで、その者が生まれる前から死んだ後まで守護するとされている。
しばしば氏神と混同されるが、氏
夏の元気なごあいさつー参
「あ、そうだ!明日のお昼前、いっちゃんちくるけん」
「なんかあるん?」
「うん、ちょっと、ね。家おるやろ?」
「多分おるよ」
「絶対おって」
「あ、はい」
どことなく有無を言わさぬ物言いが姉と重なり、壱弥は一瞬たじろいでしまう。
女性に口答えしても良いことがない、という教訓は子供のころから染みついているのだが、それは希穂に対しても同じだった。
「よし。じゃあ、また明日ね!」
何の用事が
隣の席の徳大寺さん―第6話
隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。
最近、お昼休みも一緒に過ごすようになった。
毎日ではないけれど、徳大寺さんはお弁当を作ってきてくれる。酸っぱくないものを。
今日は、鶏肉と米を使ったタイ料理?を持ってきてくれた。
でも僕は歯が痛くて、口に入れた瞬間、少し顔をしかめてしまった。
「お、美味しくなかった?」
「あ、違うんだ。虫歯があるみたいで。今日は部活を休んで、歯医者に行くん
夏の元気なごあいさつー弐
「改めて訊かれると、なんでなのか気になってくるな」
「うむ。我はそのような習慣は知らぬぞ。ほれ、そのスマホとやらで調べてみんか」
何故か“スマホ”は知っているらしい。壱弥には、ナナシの知識の基準がよく分からなかった。
言われた通りスマートフォンで中元の由来を調べてみると、もともとは中国の道教に由来すると書いてあった。
かつて中国では一月十五日、七月十五日、十月十五日を「三元」として祝う習慣
隣の席の徳大寺さん―第5話
隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。
その日は顧問の先生の都合で、部活が1時間も早く終わった。
いつもどこからともなく現れる徳大寺さんの姿が、今日は見当たらない。
僕は帰り支度を整えて、図書室へと向かった。
窓際の席に、徳大寺さんがいる。後ろから近づいて名前を呼ぶと、弾かれたように顔をあげた。
「け、謙介くん。部活、もう終わったの?」
「うん、先生の都合で。何を書
隣の席の徳大寺さん―第4話
隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。
昼休みになるといつも、自席で小さな弁当箱を広げて黙々と食べているらしい。
僕は購買部へ買いに行ったり学食で食べたりしているから、徳大寺さんの弁当の中身をよく知らない。
その日の昼休み前、珍しく教室内で徳大寺さんが話しかけてきた。
「謙介くん、今日はお昼ご飯持ってきてる?」
「ううん。購買で買おうかなって」
「あの……それなら、一
夏の元気なごあいさつー壱
ジョギングを終えて帰宅するころには、かなり気温が上がってきていた。
厚手の狩衣のようなものを着ているナナシだが、暑さを感じないのか涼しい顔をしている。
「ふむ。ここがイチヤの実家というやつであるな。なかなか立派じゃのう」
玄関前で建物を見上げながらナナシが言った。
香月家があるのは、町南西の小高い丘の上だ。二階建ての母屋と平屋の離れがあり、そこでは祖父母が生活している。
「四六時中、
我は名無しである―弐
「どげんしたとね? 狐につままれたごつ顔しとるばい」
「あ、いや。ちょっと疲れとるんかな。さっき、ここに子供がおったっちゃけど。もしかしたら、本当に狐やったんかな」
「ははは、そうかもしれんたいね。あぁ、昼ごろに組合のほうに顔ば出すって、お父さんに言っとって」
「うん、分かった」
坂本は参拝を済ませてから帰っていったが、その間もずっと、壱弥の隣にいる子供の姿に気がつくことはなかった。
「ふむ
我は名無しである―壱
子供のころから、「神様」という存在は壱弥にとって身近なものだった。曾祖父が近くの産土神社に参拝することを日課としていて、いつも一緒について行っていたからだ。
「神様はわしらの目には見えんばってん、わしらのことをいつも見ておらっしゃるとぞ」
それが曾祖父の口癖。
誰も見ていないと思っても、神様が必ず見ている。それならば常にいい子でいなくては、と壱弥は子供ながらに思った。
神様に顔向けでき