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3分で読めるストーリー

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大人向けの短いストーリーを書き溜めていきたいと思います。
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#星新一

「コトリ」

「お客さん、おめでとうございます! あなたが選ばれた方です!」

 アケミがたまたまスーパーへ行くと、入店10万人目だとかではっぴを着た男性店員に呼び止められた。ハンドベルの音と共に、記念品のオレンジをひとつもらうことになった。

 持った感じはなんの変哲もないオレンジだ。みかんよりちょっと大きくて、ずっしりしている。

「ありがとうございます。品種はなんでしょうか」

 アケミが聞くと、店員はニ

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ある愛のはなし

 魔女がいるという、古いちいさな国のちいさな城に、ある王さまがいた。王さまはお妃さまとくらしていたが、もともと体が弱いお妃さまで、なかなか跡継ぎに恵まれなかった。そんなことから、王さまは焦りもあり、浮気心を抑えることができなくなっていた。
 一方、お妃さまは国を統べる者がいなければならないことはよくよくわかっていた。王さまの葛藤を知ってかしらずか、その後、お妃さまは自分のいのちと引き換えに待望の王

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もぐらとことり

もぐらとことり

 ある大きな街に、もぐらくんと小鳥さんが住んでいました。二人は毎朝あいさつをするのが日課です。

 小鳥さんはいつも、大きな大きな鳥の話を聞かせます。
 もぐらくんも毎日、それはそれは大きなもぐらの話を聞かせます。
 話が終わると、もぐらくんは地下へ、小鳥さんは公園の木へとんで行きました。

 あるとき、小鳥さんは大きな鳥について行こうと思いました。
 ごおお……と大きな鳥は勢いよくやってきました

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じゃん憲法

じゃん憲法

「えー、本日お集まりくださった方々、まことに、まことに、ありがとうございます。皆さまはなんとも幸運な方々であります。なぜなら、本日、この国が新しく生まれ変わる瞬間を目にするのです。今まで長らく王の途絶えていた国ですが、本日この中の誰かが王に選ばれ、そして、そして! さらによい国へと躍進してゆくのです! 遅くなりましたが、わたくし本日の司会を勤めさせていただきます、カレイ・ノ・ニツケと申します。よろ

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おとぎの国

おとぎの国

 ある国のある森のおくに、古びた塔がたっていました。近くの村の人びとは、その塔には花のようにかわいいお姫さまがとらわれているだとか、魔女が薬を作っているだとか、好き好きにうわさしあっていました。しかし、その塔にのぼって真実をたしかめた者はだれ一人としていませんでした。

 あるとき、その村に、都会からきょうだいがひっこしてきました。お父さん、お母さん、それからお姉さんのアナベル、弟のサンベルの四人

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ぼくの旅

(1)

かつて、名のある音楽家が住んでいたという、古い街にたどり着いた。

ぼくは旅が慣れてきたばかりだったので、ある程度見当をつけて、言い伝えや歴史がある街を選んで滞在していた。旅を始めたばかりの頃は安全を重視していたが、そのつまらなさに気付いてからのことだ。
そういう街には何かしら不思議な力があると思っているので、できればそんなことも体験してみたい。そんな思惑も少なからずあった。

昼前に街

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真夜なかの天使

真夜なかの天使

「あたしの羽根が欲しいの?」

 雪沢のまっすぐな瞳がぼくを射抜いた。夜の教室は月明かりだけがぼくらを照らし出していて、まるで舞台の終焉のようだった。雪沢は上半身はだかで、大きくない胸をさらしているのにはずかしがるようすはない。下はプリーツのスカートで細い膝をのぞかせている。肌は白いがところどころ日に焼けたように赤くなっていて少し痛そうだった。それが、透明な青い光に透けて幻想的にも見えていた。もっ

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重い

重い

 わたしの目に映らなくなってしまったものがあった。わたしはそれがとても好きだったので大切に、大切にしてきたしたくさん愛情を注いでいつも声を掛け見つめ、とにかく、それはそれは大事にしてきたのである。

 それが見えなくなってしまった。
 それはいつでもそこにあった。わたしの隣にあって、なにかと役立っていたような気もするしわたしをひどく疲弊させるものであった気もする。それでも心から大事に思っていた。

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ひとりで歌うおんなのこ

ひとりで歌うおんなのこ

朝の静けさに包まれた町の、そこかしこが穴ぼこの石の円形劇場で、女の子は歌っていました。雲が流れてきて、たずねます。
「どうして誰もいないのに歌っているんだい」
「歌いたいからよ」
女の子は笑って言いました。

「ひとりでさみしくないのかい」
「こうして、あなたみたいに声をかけてくれる人がいるもの、さみしくないわ。あなたもひとりなのね?」
女の子がそう聞くと、雲はばかにしたように笑って言いました。

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いたずら猫共

いたずら猫共

 実樹の悩みは、顔にたったひとつある、大きなにきびでした。

十四歳になるころに右の頬にできたにきびは、十五歳を迎えた今日まで、ゆっくりと確実に育っていて、だんだん目立つようになってしまいました。気になって気になってついつい触ってしまうのでばい菌が入っているのかもしれません。

お母さんはよく実樹を見て、「あんた、触るからひどくなるのよ」と言っていました。そしてこうも言いました。「じきに治るわ。若

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男のゆくえ

男のゆくえ

 アニーズ通りは、灰色の石畳で埋め尽くされた灰色の町の、一番貧しいはずれにある。そこの街灯も人々も、不安な様子に満ちている。冷たい緑色の光を放つ街灯は、いつもアニーズ通りを一定の間を空けてぼちぼちと並んでいた。
 しかしその晩は少しだけ違った。ある一本の街灯の下に、さらに冷たいものがあった。

 男はその朝、朝から吐き気と頭痛に震えが止まらなかった。それというのも、昨夜は飲んだくれてしまい、飲み屋

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ひとくいおに

 とてつもなく高い、とうのようながけのような山がありました。その山はひとつではなく、十以上が集まって立っていました。山の頂上は平らにならされ、いくつかには家がたち、またいくつかには学校がたち、またまたいくつかには果物屋や薬屋や服屋といった生活に必要な物を売る店がたっていました。そこに百人以上の人が住んでいました。
 山と山をつないでいるのは、山のツルやツタで作られたがんじょうなつり橋でした。何本も

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羊の夢

羊の夢

 薄茶色の壁に散らばる、えんじ色の小花と若草色の蔓。窓は木枠で縁取られていて、薄い黄色のカーテンがゆったりと束ねられている。オーガンジーのレース編みのカーテンが、淡く夕方のひかりを部屋に透かしていた。

明確なかたちのない影は、床に届くまでにぼやけてしまっている。
 そこは小さな屋根裏だった。唯一の出入口である小人の通り道のような、小さな扉ですら、この部屋では大きく見えるほどだった。

 天井は窓

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ヤン博士の数奇な人生

ヤン博士は孤独な男だった。好きな女性とは結ばれず、理想の結婚生活は理想のままに終わってしまう人生に嫌気がさしていた。

かなしさがもし、キャンディのように口に放りこめるものだったなら、憎しみや恨みは溶けてなくなり、人々はしあわせに暮らせるかもしれない。

そう考えたヤン博士は、まず、かなしみを抽出する機械を作ろうと考えた。脳波を測定する機械に自分の体をつなぎ、かなしみを感じた時の数値を計測。繰り返

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