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ひとりで歌うおんなのこ

朝の静けさに包まれた町の、そこかしこが穴ぼこの石の円形劇場で、女の子は歌っていました。雲が流れてきて、たずねます。
「どうして誰もいないのに歌っているんだい」
「歌いたいからよ」
女の子は笑って言いました。


「ひとりでさみしくないのかい」
「こうして、あなたみたいに声をかけてくれる人がいるもの、さみしくないわ。あなたもひとりなのね?」
女の子がそう聞くと、雲はばかにしたように笑って言いました。
「ぼくは友達がいるんだ。じゃあね」
言うが早いか、雲は風にのってぴゅうっとどこかへ行ってしまいました。女の子は、雲がいたところを見つめてから、ちいさくさよならと言いました。


昼の繁華街のにぎやかさが、円形劇場にも聞こえてきました。女の子はまたひとり、壊れたステージで歌っていました。すると小鳥がやってきて、
「こんにちは。あなたは町へは行かないの? 人はみんな行ってるわよ」
とききました。
「町はうるさくて、自分の歌がきこえないの」
と、答えました。それからこうも言いました。
「あなたの声もとってもきれいだけど、町じゃ誰にも聞こえていないと思うわ」
小鳥は、町では有名なアーティストともてはやされていたので「失礼しちゃうわ」と怒って、すばやく町へと舞い戻ってしまいました。
女の子は小鳥の落としていった金色の羽を髪にさし、空に手を振りました。


夕方になりました。女の子が石の階段にこしかけてひと休みしていると、猫がうろうろとやってきました。
「こんばんは。なに、しているんだい、こんなところで」
猫がかぼそい声で聞きました。
「歌うのがつかれたから休んでいるの。あなたは?」
「おいらはご飯を探してる。あんた、なにか食べ物、持ってない? ペコペコなんだ……」
 女の子はすまなそうに言いました。「ごめんなさい、食べ物は何もないのよ。わたし、歌しか歌えないの。でも、町へ行けばきっとなにかあると思うわ。ちょっと待っていて」
「ああ、おいらは、もうだめだ。これ以上、動けないんだ。食べ物は、いいから。その、歌をおくれよ。ぼくに、とっておきの歌を、おくれよ……」
 女の子は夕暮れに沈んでいく寂れた劇場で、子守唄を歌いました。猫の背中をなでながら、ゆっくり、ゆっくり、歌いました。

「こんばんは。きれいな歌声ですね」
 空にお月様が現れ、女の子に話しかけました。もう夜が始まっていたのです。
女の子は涙をふいて答えました。
「猫さんが、死んでしまったの。おなかをすかせて、死んでしまったの」
「猫は、最後におなかをいっぱいにしたいと言っていたのですか?」
「いいえ、歌ってくれと言いました。だからわたしは歌っていたんです」
 お月様は女の子と猫にあたたかい光を注いで言いました。
「猫はきっと幸せだったでしょう。孤独に死ぬより、よほど嬉しかったことでしょう」

 お月様は、朝がやってくるまで女の子と猫を、きらきらと照らし続けたということです。

 なにもかも、お月様にはお見通しなのです。

ーThe ENDー

image by:Cdd20

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