ひとくいおに

 とてつもなく高い、とうのようながけのような山がありました。その山はひとつではなく、十以上が集まって立っていました。山の頂上は平らにならされ、いくつかには家がたち、またいくつかには学校がたち、またまたいくつかには果物屋や薬屋や服屋といった生活に必要な物を売る店がたっていました。そこに百人以上の人が住んでいました。
 山と山をつないでいるのは、山のツルやツタで作られたがんじょうなつり橋でした。何本ものつり橋が、山同士をつなげているので、上から見ればくもの巣のかたちに見えました。人々はつり橋をわたって、どこの山へでも行けます。とても古い橋でしたが、何度も直したり強くしたりして、通る者たちを怖がらせることはありませんでした。
 けれど、この山に住む人たちには、古い言い伝えがありました。この山のふもとに人くいのおにが住んでいるというのです。長老でさえそれを信じていましたから、ほかの人々が信じないということはありません。それに、夜中におそろしいうめき声が聞こえるのです。人々は、これはおにがお腹をすかせて生き物をさがしているときの鳴き声だと思っておびえていました。
 さて。山にひとつだけある大きな学校に、ほかの子よりも体の小さな少年がいました。少年の名はアカザといいました。アカザは十五人の友だちから、体がひとりだけ小さいことで毎日ばかにされていました。まるで昔話に出てくる小人みたいだと言うのです。友だちはアカザのことを、小人のようにずるがしこくていやしいと思っていました。
 アカザが小さく生まれたのは、たまたまとしか言えませんでした。こどもでも体が大きい人ばかりが住むこの山では、アカザは少しだけ目立っていたのです。
 お母さんは、体が小さいことを気にするアカザに、
「そのうち大きくなるわよ、心配しないで」
 いつもそう言ってくれました。それはとても優しい言葉でしたが、家に帰ってきても、自分だけ小さいことがとても不安でした。

「アカザはチビだからおつむが弱いんだ」
 学校の休み時間。先生が教室から出ていくと、友だちはそんなことを言いました。なぜなら、アカザが言葉のもんだいにこたえられなかったからです。
「そうだ、そうだ」
 ほかの友だちが言いました。いつも、アカザがちょっとしっぱいをするとこうなのです。
「ぼく、頭は悪くないよ!」
 そう言いましたが、あんまりまわりにからかわれると、本当にそうかもしれないと不安になってきてしまいます。けれどそんなとき、いつもお母さんの言葉を思い出します。そして、いつかぜったいに友だちを見かえしてやろう、という気分になるのでした。

 アカザが十二歳になり、もうすぐ冬になろうとしている、ある朝。ふとんの中で、アカザはとつぜんこんなことを思いついたのです。
「ぼく、きっとこの山をおりてみるぞ」
 もちろん、今までそんなことを考えたこともありません。お父さんもお母さんも山の下に住む人くいおにをこわがっていましたし、とうぜんアカザだっておにをおそれていました。
 でも、友だちにばかにされつづけるのはもうこりごりです。自分だってきっとなにかができるはずだと思いました。
 お父さんとお母さんにそれを話すと、ものすごくはんたいされました。
「そんなことしてないで、少しは大きくなることを考えなさい。お前は小さいんだから」
「でも父さん、ぼく、もう決めたんだ。ぜったいに、帰ってくるから」
 これにはふたりとも、まいってしまいました。アカザの目は本気です。
「たのむよ、父さん。ぼくにとても強いひもを作ってほしいんだ」
 その日学校へいくと、授業がはじまる前に、アカザは友だちに言いました。
「ぼくは、あさって、この山をおりるよ」
 とつぜんの言葉に、みんなおどろきをかくせませんでした。
「アカザが? どうしてそんなことをする気になったの?」
「むりだって。だって、のろまだもん」
「おににくわれるよ。そんなことも気がつかないなんて、やっぱりばかだ」
「アカザにはできないよ」
 みんな口々に、好きかってなことを言いました。でも、アカザは気にしません。学校へくる前に長老にももう話したのです。長老はむずかしい顔をしていましたが、すぐにもどるやくそくで、山をおりてもいいことに決まりました。
 ついに、アカザが山をおりる朝がやってきました。お父さんとお母さんは何度もアカザをだきしめました。
「アカザ。ぜったいに、生きて、かえってくるのよ。戻ってくる頃には、大きく、肉をたっぷりつけてきてね」
 お母さんはそう言ってまただきしめました。お父さんが、二日間いっしょうけんめい作ったツルのロープは、とても長く、しっかりしていました。これは切れることなく、アカザをつないでいられそうです。
「ありがとう、父さん、母さん。行ってきます」
 ふと、家のかげにだれかがいるのが見えました。よく見ると学校の友だちでした。
「こんなところで、君たちなにしてるの」
「いや、その、本当のことだったのか」
 アカザがたずねるとひとりがこたえ、みんなは首をすくめました。どうやら本当に山をおりるのか見にきたみたいです。友だちが言いました。
「ぼくには、アカザがこの山をおりるなんて、やっぱりできないと思うな」
 アカザはそんなことはない、と思いましたが口にはださず、じゃあ、とあいさつをしました。
 こしにロープを巻き、ぐん手をはめました。食べ物の入ったリュックサックをせおって、アカザはみんながみまもる中、ひとり山をおりていきました。

 いったい、どれくらいおりていったでしょう。さいしょこそかべのようにまっすぐだった山も、いつしかななめになり、ずんずんおりていくと、すこしずつ楽になっていきました。気がつくと、ぐん手は黒くよごれていて、足はひどくつかれていました。だんだんしゃ面がゆるやかになってきたところで、アカザはすわりこみました。もう、手も足もくたくたです。リュックからすいとうを取り出して、お茶を三口のみました。それからお母さんが作ってくれただんごを三つ食べました。
 空を見上げると、木々のすき間からきれいな青空が見えます。そこに、一本の橋がかかっていました。あれは、アカザの家の山から学校のある山へとつながる橋だと思いました。離れて見てみると、橋はとても細くてたよりなく見えました。
 アカザは、もう人くいおにのことなんてさっぱりと忘れていました。それよりもこの先になにがあるのかが気になっていたのです。だからとにかく一歩ずつおりていくことに集中していました。
 夕方になり、あたりがずいぶん暗くしずみはじめたときです。アカザのこしにまいたロープが、木々にこすれてちぎれていることに気がつきました。真っ暗な中で、いつちぎれたのか分かりません。けれどいまさらどうすることもできませんでした。
 しばらく歩いていると、ついに山の中にひとつの小屋を見つけました。のき下のランプが明るく光っていたので、そこにだれかがいることが一目で分かりました。アカザは近よっていって、とびらをたたきました。
「はい」
 中からでてきたのは、ひとりの、小さな女の人でした。その人はアカザを見るなりとつぜんこう言いました。
「あなた、もしかしてアカザ?」
 どうして名前を知っているのだろうとアカザは思いました。けれど、その声をきいたしゅんかん、なんとも言えないふしぎな気持ちになったのです。女の人はまた言いました。
「ああ、ずっと、まっていたのよ。よかった、本当によかった……」
 そう言ってアカザをだきしめました。アカザたちの声をきいた男の人が、中からとんでやってくるのが分かりました。
「アカザなのか? ああ、生きていた……」
「ぼくのこと、知っているんですか」
 そうたずねると、男の人と女の人はなみだを流しながら言いました。
「アカザはわたしたちの、むすこよ。あなたは昔、この山の上にすむ人くいおににつれさられてしまったの」
 なんと、今まで自分のりょうしんだと思っていた人たちは、人くいおにだったのです。だから体もみんなより小さかったのだとアカザは思いました。それに、女の人の体にだきつくと、とってもあたたかくてあまいにおいがして心が落ちついたのが、本当のお母さんであるあかしでした。
「ずっとお前のかえりをまっていたよ。さあ、早くふもとの村までもどろう。もう家族がそろっているんだから、だいじょうぶだ」
 お父さんが、二人を強くだきしめて言いました。
 本当の家族を手にいれたアカザは、おにたちのことを考えました。
 上を見ても、もうつり橋のかげは見えませんでしたが、どこかから大きな声が呼んでいるような気がしました。

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